蛇足なオマケ 肉便器使用状況2
中学時代のつたない日々にショックで泣いていた僕。
幼い頃にクレヨンで描いた雑な絵を見せられて何を描いたのか説明しろと言われた気分は木佐木会長に抱きしめられても癒えない。
頭では家族の絵だと分かっていてもこれは何だと言われても「さあ? なんでしょう」としか言えず、羞恥心に身悶える。下手であることは罪だ。
僕は完璧主義者なのかもしれない。だから肉便器であることを決めたのだ。僕でも手が届くだろう至高の場所。積極的に自分からそのポジションに収まろうと思う人間が少なくても僕は道具になりたかった。
愛され愛でられ尊ばれる道具。
性欲というある種、人に晒せないものを全て包み込む存在。
涙が止まらない僕を慰めるためにベッドに連れて行き身体で慰めることにしたらしい会長。
肉便器とはいえ生きているのでケアは大切。そういう心配りが出来る会長はとても素敵だ。昔からマメな人だった。
だから僕は会長なら僕の持ち主に相応しいと思った。
道具になりたいけれど安い量産品になるつもりはない。誰よりも何よりも価値のある道具。
たとえば生徒会役員室がある近くに飾られた木佐木冬空が作り上げた仕掛け時計。
鳥肌が立つほど美しい木彫りの二匹の猫とそれを見つめる少年二人。一本の木からどんぐりに猫がじゃれている見事な質感からそれに呆れているようなもう一匹の猫の姿。少年たちの表情は見た時や角度によって違って感じるのでの二人の会話は幾千通りも想像できる。木佐木冬空の作品群はこちらの想像力を刺激する。
作品によっては完璧な回答が用意されているけれど二匹の猫と二人の少年のような受け取り方次第でどれだけでも広げられるものも少なくない。依頼されて制作したか木佐木冬空が自主的に作り上げたのかで違うのだと会長の自宅にあった木佐木冬空の作品のおかげで分かった。依頼人がいる場合は依頼人のためのものとして明確な回答を用意して木佐木冬空は作り上げていた。
その精神性に惹かれる。
愛されて重宝される最高の道具。
人々を魅了するオブジェ。
僕もその位置に立ちたい。
だから、去年の転入生を僕は退学させた。
生徒会役員専用の建物付近を僕は散歩コースにしていたのは会長の様子を見ることも理由の一つだけれど仕掛け時計の音色を聞くためでもあった。木の反響や経年劣化なども考慮された木佐木冬空の作品。見ているだけでエネルギーをもらえる。
ガラスケースの中にあるそれを見ている時に生徒会役員室から出てきたらしい転入生とかち合ってしまった。
生徒会役員たち全員を虜にしたらしい転入生の手腕は少し気になったけれど僕は会長の親衛隊の人間なので仲良くする気はない。何より木佐木冬空の作品を見る崇高な時間を邪魔されたくなかった。それなのになぜか馴れ馴れしく話しかけてくる転入生。
会長は俺が夢中になって見ていると声をかけたりしないで放置していてくれる気の利いた人だった。
僕のことを分かっているな、なんて思っていたけれど僕は会長のことを分かっていなかった。
お互いに益のない告白を僕は別の人間から二度、受けていてそれに対して反省も後悔もない。
高梨君も会長も何を考えていたのか分からないせいで僕は僕の修正するべき点を見つけられない。
会長の中の僕へのイメージアップ戦略として学園中が持てあましている転入生を排除したのは多分正解だった。
初等部の頃から知っている生徒会役員をはじめ委員会の委員長をしている彼らはあまり積極的な人たちじゃない。
物事に対する興味が薄い。
僕が動いたら手伝ってくれたので会長と同じように喚いて暴れまわる転入生は学園に不要だと思ったのだろう。
親衛隊長を差し置いた行動でも汚れ役は下っ端の仕事だ。
そういう大義名分の下で僕は転入生排除の指揮をとった。
本来なら退学などではなく警告などで反省を促したいところ。
けれど転入生は許されない大罪人だ。
親衛隊がよく言う会長の心を盗んだとかそういうことじゃない。
木佐木冬空の作品を囲うガラスケースを故意でなくとも割った上にその犯行を僕に擦り付けてきた。「お前が俺の方を見て話さないから」という訳の分からない理由はいま思い出しても筋が通らない。
あまり知られていないことだがガラスケース自体も木佐木冬空が素材を決めた特注のものだ。僕個人としてはガラスケースを含めて木佐木冬空の作品だと感じていた。ガラスケースを壊したぐらいで怒るなと口にする転入生に僕の大して広くない心がアウト判定を下すのは当然だった。
理事長や転入生の力になりそうな人間にはみんな連絡をした。
転入生の悪辣な行為、とくに木佐木冬空の作品を壊して侮辱したということを特に筆頭に挙げれば誰も転入生に手を貸そうとはしなかった。家族ですら。木佐木冬空の作品を愛しているのは何も僕だけじゃない。権力者に愛好家が多いからこそ取り扱いには注意しなければならない。
ガラスケースを壊したことに対して転入生は「そんなことぐらいで」と口にした。僕や他の木佐木冬空の作品を好きな人間全てを敵に回す発言だ。「そんなこと」と言われてしまうものを有り難がっている僕たちは転入生には異様に見えただろう。
異常で異様で共感できなくて構わない。
僕たちは僕たちが好きだと思っているそれだけで愛は完結している。
感情の共有は求めちゃいない。
でも、去年の転入生に会長が惹かれたのなら「俺の考えを理解しろ」と強く訴え続ける姿勢は僕も見習うべきなのかもしれない。
中学の頃の映像を見たせいか僕の心は過去に飛んでいた。
心配そうなこちらを思いやるような優しい会長の顔。
ベッドの上で似つかわしくない。
肉便器として僕が言うべきなのは性的な感情を高めるものかもしれない。
けれど、会長が求めているものはそれじゃない。
なら――恋人のように甘えるのが正しいんだろう。
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