愛があまりに遠すぎる2
高校に上がってしばらく経った頃、時期外れの転入生がやって来た。
訳アリというのが見てわかるボサボサの髪の毛と顔を隠すような大きな眼鏡。
髪と眼鏡で分かりにくくても小顔で小柄なので本来の姿はかわいいタイプの顔立ちで愛くるしさがあるんだろうと思った。
俺にはどうでもいいことだった。何の興味もなかった。
彼のこともあって落ち込む俺に副会長がゲームを提案した。
俺と彼に何があったのかは知らなくても俺の機嫌が彼によって変わることをみんな知っていた。
悪趣味なゲームでも中学の荒れた時期に比べたらかわいいものだ。
会計も書記も生徒会役員はみんながそのゲームに乗った。
転入生に気のあるふりをして全校生徒をからかうというゲームだ。
誰が一番最初にくだらないことはやめろというか役員内で賭けた。
きっと生徒会役員の親衛隊やクラスメイトたちだろう。
風紀委員長も悪乗りして協力はしないまでも邪魔しないことを誓ってくれた。
俺たちは酷く軽く考えていた。これが人の心をもてあそぶことだとも思っていない。
転入生に優しくして好きだと言って構い倒す。
一人でやっていると寒いけれどみんなでやるとなかなか楽しかった。
みんなで何かをするということが何であっても面白いのかもしれない。
ただ予定外だったのは転入生が本当に俺たちに好かれていると勘違いして権力を振りかざし始めたことだ。
親衛隊を解散しろとか行事がおかしいとか学園の在り方にケチをつけてくる。
ウザったいので適当に流していたら理事長から圧力がかかってきた。どうやら理事長も大声で矛盾したことを喚かれるのが面倒だと思ったらしい。理事長側にそういった声が届くことがないように転入生のお守りを生徒会役員に丸投げしてきた。
普通に考えれば俺たちが始めたゲームが発端で学園が荒れ始めたので俺たちがまとめ直さなければならない。でも、頑張ろうという気にはならなかった。親衛隊も含めて学園の人間たちは俺たちが転入生に惚れておかしくなったなんて思っている。俺たちをそんな人間だと判断した相手のために頑張ろうという気持ちになれない。
演技だとか冗談だとか悪ふざけだとか思わずに学園の生徒たちは俺たちを転入生に惚れるような人種だと考えている。
そう思うと馬鹿らしくてやっていられない。副会長は自分が提案した手前なにも言えずに転入生の前で引き気味の笑い。会計は飽きていたし書記はもう面倒で無言を貫く。風紀委員長はちょっとやりすぎだと困り顔で静観。
始めるのは簡単でも終わらせるのは難しい。
俺たちはみんなして学園を見下げていて生徒たちに失望していた。これは初等部の頃から変わらない。生徒会役員たちを含めて俺の周りにいる人間は総じて人間不信をこじらせている。他人に優しくない。
転入生がイジメられることになっても当然の自浄作用の結果だから自業自得としか思えない。
浮いていたら排斥される。出る杭として打たれるのとは違う。
全部が馬鹿馬鹿しくて俺の気分は沈み切っていた。
周りがどれだけ気を遣ってくれたところでダメなものはダメ。
俺は世界とまともに向き合えない。
期待も不満もしがらみも全部がわずらわしいだけだった。
それなのに俺の沈む気持ちを変えてくれたのは絶望をくれた彼だった。
俺の中の悪い流れを変えてくれるのはいつでも彼だった。彼は俺を導いてくれる。
きっと心の底から求めているのは彼だけだからゲームでも何でも一瞬の憂さ晴らしにしかならないのかもしれない。
彼はいつでも自分にとても素直だ。そして俺には出来ないことを平然とする。
彼は嘘を吐くことがなかった。誤魔化しを知らない。
そんな彼が俺を見る。
真っ直ぐな瞳で俺を見て転入生が必要か不必要かを聞いてきた。
俺はもうゲームの駒扱いした転入生に対する罪悪感も何もなかったので不要だと告げた。
彼は苛烈で過激だった。陰湿さなどまるでない正攻法とも言えるやり取りで転入生を追い出した。
悪い方へと転がっていくその流れを無理矢理に加速させたのだ。だが、それは転入生にとっても必要なことだっただろう。転入生はこの学園が嫌いだった。ずっと否定し続けていたのだ。
転入生の授業妨害、器物破損、その他さまざまな迷惑行為を羅列して転入生の両親、親戚筋に根回しした上で理事長に後ろ盾にならないように話をつけていた。本来俺がするべきことを彼がやってくれた。
高校一年から俺の親衛隊に入って毎日放課後に生徒会役員専用の建物付近をうろついていた彼。
俺に会えば申し訳なさそうな顔をして時に怯えた顔をする。
きっと俺が裏切られた気持ちを燃え上がらせて睨みつけてしまうからだ。
愛していればいるほどに裏切りは許せない。
肉便器なんて単語が彼の口から出てくるのが信じがたかった。俺がそんな人間に思われているのも心外だった。肉体的な関係だけを求めているわけがない。性欲処理をするためだけの愛がない関係ならいらない。
愛しているのだから愛されたいと望むのは当然のことだろう。
誰だって愛する人には愛して欲しいと思う。
一方的な愛じゃなく相手からの愛も欲しい。
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