俺と会長
グレープフルーツジュースに会長がくれたシロップを入れながら「もうホント会長ってば気遣いの人っ。格好いい!」と過剰に褒め称える。
まんざらでもない顔で会長がうなずいているのがまたおかしい。
「会長にそんなこと言うのはアンタだけですよ」
庶務君はボソボソと呟く。
一番遠い席だが気を利かせたのか食堂内がちょうど静かだったのでちゃんと聞こえた。
食堂で響き渡ったといっていい。
「アンタ?」
何その言い方とにらめば怯えた顔をする庶務君。
ビビるぐらいなら言わなきゃいいのにとちょっとイラッとした。
同い年で同じ役員だけどお前は庶務じゃん、ただの雑用じゃん。という俺の気持ちは庶務君にも伝わっているのか視線が泳ぎまくっている。
身の程をわきまえないから後で慌てることになるのに学習しないらしい。
「いえ、なんで会長のステーキ奪ったんです?」
「はあ? 会長の皿にあるのは俺のじゃん」
「ジャイアンかよ」
疲れた呆れ顔の庶務君は高校から生徒会に入ったから全然わかってない。ダメダメだ。
俺が来てから副会長が気を利かせて自分の隣に座ってる編入生の口をハンカチで押えてる意味を分かってない。
仮にも好きになったってことになってる編入生に副会長がそんな扱いしている、その理由が分からないからダメなんだ。
「ねえ、会長ぉ庶務君の言ってることサッパリなんだけど〜」
「馬鹿なんじゃねえの、庶務が」
会長にあっさりと切り捨てられた庶務君はショックを受けましたと表情をゆがめる。
俺を含めた性格の悪い人間たちがそれを面白がると分かっちゃいない。
「まったく、ツッコミ気質ってだけで無礼が許されると思ってんじゃねーよ」
自分のことながら吐き捨てる口調にチャラさはなくヤンキーみたいになった。
口が滑ったのは俺のせいじゃない。庶務君が悪い。
見た目のせいで多分ヤンキーじゃなくて俺は雪女とかそっち系に見えるからちょっとした言動が恐ろしいらしい。知ったことじゃない。
どこからか引きつった悲鳴みたいなのが聞こえる。つい、やっちゃったと思うけれど別に心底不快ってほどじゃない。会計が庶務を邪険にしていると噂が立つかもしれないけれど、知ったことじゃない。
喜んでる感じの声はうちの親衛隊だろう。ドM集団は今日も元気そうで何よりだ。情緒不安定な怖い会計でも彼らは気にしない。
「めずらしく不機嫌だな。なんかあったか?」
会長が聞いてくる。
一年生はみんなしゃべらない。食事の手も止まってるのはともかく今は俺と会長の会話のターンだと分かっている。
庶務君と違って空気を読んでいる、いい子たち。
編入生はしゃべりたくてたまらないみたいに手を動かしているけれど、無視。
副会長って案外、力が強いので口を押さえられているのを振りほどけないだろう。それはちょっと笑える。
「さっき会長と寝たから会計様とも寝られますよね、ミャハみたいなのが来て超不愉快」
「プリン食うか」
「もう頼んだの来そうだけど貰っとく〜」
生クリームが添えられたプリン。なめらかプリンもいいけど歯ごたえのある手作りプリンもウマい。
そして、このプリン、たぶん編入生もの。
グレープフルーツジュースに入れていいってくれたシロップも編入生のパンケーキ用。
会長はナチュラルに自分の隣の席から奪って、目の前の俺の席に移動させたけど誰も何も言わない。
動きが自然すぎたからなのか俺様生徒会長様にご意見無用だからか。
「あ、副会長……ご飯食べられないでしょ。手、外していいよ」
ようやく塞がっていた口が自由になった編入生はツバを飛ばしながら「オマエ誰だよっ」と大声で叫ぶ。
予想以上の変態だと思いながら胸元に引き寄せていたプリンをひっそりと隣の席に寄せる。
プリンは編入生のツバに浸食されてはいないから普通においしいはずだ。
チガヤくんの心に安らぎを与えてくれるだろう。
俺にはパンケーキがある。
prev / next