雑草の名を持つ彼はこの世界で一番美しい | ナノ

  俺と食堂


 食堂に足を踏み入れると歓声が上がる。
 みんな道を開けてくれるし、どこを目指しているのか分かるのか、そちらを見つめて教えてくれた。
 便利だと笑みを深くすると一際大きな声が上がる。
 俺は愛されてる。不愉快なほどに。
 
 
 自分に注目が集まるのは嫌いだ。
 食堂もそんな理由から好きじゃない。来たくなかった。
 
 コツコツ貯めた予算で食堂をこれ一つじゃなくて別に作ろうと計画を立てている。
 
 けれど食堂として使えるようになるのは俺たちが卒業したあとだろう。
 顔を合わせることのない後輩への置き土産としての計画だ。
 本当ならこんな親切をする人間じゃないが、俺が発案しなければ永遠に食堂は増えない気がしたので仕方がない。同じような気持ちの奴はこの学園に腐るほどにいるだろうからいつか、誰かが心の中でお礼を言ってくれるだろう。
 
 食堂で提供する料理の値段に差をつければ使用する人間にも差が出てくる。
 庶民はあっち行けみたいな差別が起こらないことを祈りつつ、俺がいないところで何があってもどうでもいいという気持ちが強い。
 
 複数の食堂があれば人口密度が高くならないだろうという軽い考えからの計画だから細かいことはその時の生徒会で決めればいいと予算を積み立てるだけで計画の中身は適当。先輩からルールを押し付けられるのもウザいだろうからっていう気遣いも半分。
 
 チガヤくんと知り合ったことで十年後に学園を訪れてどうなったのか結果を見たい気持ちになった。
 どうでもいいという考えで惰性でやっていた生徒会会計としての業務の行きつく先を知りたくなる。
 自分が与えた選択肢をどんな風に使ったのか楽しみになる。興味のなかった未来がチガヤくんの存在のおかげで気になりだした。
 
 きっと、チガヤくんに伝えても意味が分からないだろう。
 自分は何もしていない、自分は関係ないと思うに違いない。
 俺にどれだけの変化をもたらしたのか、当事者にあたるチガヤくんすら分かるわけがない。
 
 チガヤくんのためなら不愉快な食堂にだって俺は喜んでこれるのだと知っているのは親衛隊だけだ。
 
 
「来たんですか」
 
 
 珍しいですねと言外に告げる副会長に手を振る。
 俺が注目されるのが嫌いだと知ってる副会長は不思議そうな顔をする。
 どうしたんだって、思うに決まっている。いつもの、今までの俺を知っているのだから。
 
 四人掛けの四角テーブルではなく大人数用の長方形のテーブルに会長、隣に編入生、副会長と庶務。
 書記の堅物先輩がいないのは呆れているからなのか編入生と関わりたくないからなのか。
 庶務の向かい側に編入生と同室の不良、編入生のクラス委員長と陸上部のエースであるチガヤくん。
 一席空いている。
 
「一年生と二年生の合コン会場?」
 
 それなら人数合わせしないと、なんて言って笑うと庶務は頬を引きつらせ、会長と副会長は楽しそうに笑った。
 二人とも性格が悪いから俺が何をしようと気に留めない。
 むしろ面白がる。
 どんな非道を行うのか興味があるのだ。
 
 空いていた席に座る前に会長の後ろに回って手首をつかむ。
 
 不審げな会長を無視して会長の手首を握ったまま動かしてフォークに刺さったステーキを口に入れた。
 和風だったらしいステーキソースは口に合わなかったので横に置かれたグレープルーツジュースのグラスをとって席に座る。口直しのジュースを飲みながらタッチパネルでパンケーキセットを頼む。
 ジュースの入ったグラスを会長に戻すと溜め息を吐かれた。
 
「かいちょ〜、ありがと! ご馳走さまぁ」
「半分以下じゃねえか」
「これさあ、はちみつ入れた方がおいしいよねぇ」
 
 ちょっと酸っぱすぎると言えば飲みかけのジュースのグラスとちっちゃなポットをくれた。
 パンケーキの付属されているようなかわいい入れ物に首を傾げる。
 グレープフルーツジュースにこんなものはついてこない。
 もちろんステーキセットにも。
 
「俺は新しく頼むから、それ飲んじまえよ」
 
 ニヤリと擬音がつきそうな顔で笑う会長は男前だ。
 会長は着やせするタイプで俺と違って筋肉が結構ついてる。
 そのせいかかわいい系じゃないタチとかノンケも平気でパクパクしている。
 
 体格的に同じぐらいだと思って油断すると押さえ込まれて会長の手腕にアンアン言わされるというから男として上位種ってヤツだ。
 
 そのセクシーな姿を見てたり実況中継されたこともあるから男前で色気たっぷりな笑いを見せられても「だから何?」って感じで俺は受け流せるが、周りはそうじゃない。会長の言動にきゃあきゃあ騒いでいる。いや、正確には俺を不快にさせないために騒いでは止め、叫びを押し殺しながらヒソヒソとしだしている。
 
 いくら会長がいろんな相手に手を出していても俺とは悪友みたいなものだ。
 俺達が恋愛に至ることはない。
 誰だって自分を抱こうとは思わないだろう。
 会長と俺は気が合うどころじゃなく感覚が同じだった。
 右手と左手の気分でいるから会長の食べてるものは俺のものっていう気持ちはあるし、会長も怒ったりしない。
 そこに含まれる許容は優しさとか愛しさとかそういう気持ちの悪いものじゃない。
 
 副会長はちょっとナルシー入ってるから相手を自分だと思うと興奮するのかもしれない。いや、知らないけど。
 
 ちなみに俺が座った空いていた席は会長の正面で陸上部エース、チガヤくんの隣。
 みんなに正面に座るのを嫌がられてる会長ってば不人気さん。
 笑ってるのもステーキのつまみ食いを怒らないのも、俺が来たのが嬉しいからだと思うと少し来てよかったなんて、優しい気持ちになる。九割九分戯言だけれど。

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