雑草の名を持つ彼はこの世界で一番美しい | ナノ

  俺とチガヤくん


 朝比奈の家の次男というのが俺、朝比奈夕陽の一番初めにくるプロフィール紹介。
 学園限定で言えば「生徒会会計」なんていう肩書もついてくる。
 この学園では朝比奈の次男坊よりも重視されるかもしれない。
 
 老人の白髪とは違う光沢のある青みがかった銀髪とアイスブルーの瞳。
 白い肌や顔のパーツから日本人だと思われることはまずない容姿。
 着やせするので身長百七十を超えてるものの華奢に見られがちだ。
 
 頭から寒色ばかりで冷たく思われそうな雰囲気を緩和するため愛想笑いとゆるい口調が癖になった。
 そして、細身な体に不釣り合いな大量のアクセサリー。
 悪趣味に飾り立ててバカを演じる。
 モテ男やチャラ男会計と言われる存在。それが俺だった。
 
 自分の顔の造りはちゃんと把握してる。
 十人並みの平凡なんて夢のまた夢。
 普通というカテゴリーには生まれた時から縁遠い。
 選ばれた人間だと驕るだけのプライドはないが自分の容姿を低く見積もるつもりもない。
 
 親衛隊だっているし、生徒会役員になって人の視線に晒され続けてる。
 毎夜、小柄な男で性欲を満たしているのだから不人気だなんて思わない。
 
 それでも実のところ自分が綺麗かと言われると疑問があった。
 
 生き様とか心根とかそういったものが貧相で浅ましいと思ってしまう。
 俺の造形が醜かったら人類全体の美の基準が下がると客観的に判断できる。
 だとしても、俺は俺を綺麗とは思えない。
 
 自分のことは自分が一番よく分かる。
 
 家柄、古い血潮、そんなものは問題じゃない。
 一か所にまとめられると人は腐っていくのだ。
 滞ってしまう。
 
 俺は腐っている。
 外から見て異常だとしてもその中では普通だと押し通す。
 すると知らない間に腐敗する。
 この学園で俺達は腐っていく。
 
 閉鎖的な全寮制男子校。
 狂わないでいられるわけがない。
 成績順で決められるクラスは殆ど中身が入れ替わらない。
 クラス替えが行われないメリットが多くても俺にはデメリットが目についた。
 
 様々な暗黙のルールや派閥がある。
 爪弾きにされても生きていけるだけの覚悟があっても暮らしていけない。
 爪弾きにされないように気を配らなければここでは生活できない。
 
 心を殺すなんて格好いい言い回しは通用しない。
 この学園ではみんなが心を生かす術を知らない。

 上に立つために必要なこと、社会とは理不尽であること、そういったものを中高の六年という長くも短い間、教え込まれる。
 家族仲が悪かったり、面倒ばかりを起こしたり、集団生活が苦手なら全寮制という環境は最適かもしれない。
 
 集団で生活することが前提でありながら集まっている人間の性格上、個々人での繋がりは無視される。
 親の会社やどこのどこの階級に属しているのか、問題になるのはそこ。
 自分自身の社交性や見た目や成績はそのあとになる。
 
 親がある程度の立場にいるなら誰とも話すことなく過ごすこともできる。
 中流程度の家庭の人間でも騒ぎを起こしさえしなければ容姿や成績で差別されない。
 イジメられることもパシリにされることもないので爪弾きにされた人間の逃亡場所にはもってこい。
 自由な楽園あるいは箱庭。
 どちらの印象も間違いじゃないなんて、まるで世界の果てだなんて感傷的になったりする。
 
 
「チガヤくん、おはよう」
 
 
 自分から人に声をかけるのはとても珍しい。
 年下にあいさつするなんて初めてかもしれない。
 肩にかけたタオルで汗をふいていたチガヤくんが俺を見て「おはようございます、先輩」と言って笑った。
 爽やかでどこまでも初々しさのある照れたような笑い。
 自主訓練を見られるのが恥ずかしいのかもしれない。
 
 こっそりと走り込みをしているチガヤくん。
 かわいいと思う気持ちのままに抱きしめてあげたい。
 
「がんばってるね」
「いえ、まだまだです」
 
 褒めるとすこし困ったように笑ってから「ありがとうございます」とお礼を口にして満面の笑み。
 笑顔にはいくつもの種類があるのだと俺は初めて知った。
 何かに気づいたようにチガヤくんが「あ」と枝の間にある蜘蛛の巣を見た。
 
「朝露に濡れたクモの巣って真珠のネックレスですよね!」
 
 興奮気味に指をさして口にするチガヤくん。
 綺麗でかわいいチガヤくん。
 無邪気に「クモはいつもすごいなぁ」なんて言っている。
 
 俺はきっとチガヤくんの中ではただの通りすがりの先輩なんだろう。
 そう思うと襲い掛かる絶望感に息が止まりそうになる。
 それでも、自分の醜さをチガヤくんにさらけ出したりチガヤくんに幻滅されるよりはマシだ。
 チガヤくんを汚してしまわないように俺は何もしない。
 
「先輩は日差しの感じで髪の色が微妙に変わるんですね」
「そう?」
「はい、とても綺麗です」
 
 まるで幼い子供のように一つ下の彼の言葉で有頂天になる。
 自分は他人から見ると間抜けだろう。
 わざわざ苦手な早起きをして散歩の途中の顔で声をかける。
 
「俺とかの黒は吸収しますけど、先輩は反射するんですね」

 染めたことがなさそうなチガヤくんの黒髪が愛しい。
 外で走っているので健康的に焼けた肌。
 精悍な顔立ちは男でしかないのに俺の心をつかんで離さない。
 むくむことのない男らしいシャープな横顔。
 短く切られたことでさらされているうなじや後頭部の輪郭。
 爽やかなスポーツ少年のオーラを発しながら暑苦しくなくチガヤくんは涼しげだ。
 汗臭い運動部のイメージと重ならないのは競技が陸上だからだけではなく身体が発展途上だからかもしれない。
 しっかりとした筋肉が見えるのに運動部としては細いと感じてしまう。
 
「なんだか、見る場所で色を変える宝石みたいです」
 
 俺のことをそんな風に例える人間は今までいなかった。
 チガヤくんが言いたいのはきっとアレキサンドライトだ。
 自然光と人工の光では色が変わる宝石。
 チガヤくんに宝石に例えてもらえたことが嬉しい。
 自分の寒色カラーリングが気持ち悪くて嫌いだったのに愛着を持ってしまった。
 
「チガヤくん、宝石好き?」
「クリスタルの置き物あるじゃないですか? あれとかいいですよね」
「意外だね」
「母が小物とか集めるタイプで」
「小まめにお掃除するお母さん?」
「掃除係は俺でした」
 
 苦笑するチガヤくんは男らしく格好いい。
 同時にキスして押し倒したくなるほどかわいい。
 いい年した中年がアイドルグループに黄色い歓声をあげたくなる熱量が俺の中で発生している。
 
 いろんな情熱が俺は枯れていると思っていた。
 自分の中に何もないと泣いたはずだ。
 それが大嘘だと知ってしまった。
 
 好きになるのは一瞬だ。
 胸に突き刺さった衝撃が抜けない。
 チガヤくんによって俺の世界に色が塗られた。
 恋愛が幸せなものだと知ってしまった。
 この幸せから俺は逃げられない。
 
「先輩もいっぱい持ってそうですね」
 
 チガヤくんの視線が俺の耳や首や腕にいく。
 統一感のないバカみたいなアクセサリーの数々。
 成金趣味ですらない悪趣味さが恥ずかしい。
 
 チガヤくんが綺麗であればあるだけ今まで自分がしていたことの薄汚さを突き付けられて苦しい。
 でも、こうやってしか生きられないと羞恥に苛まれながらも言い訳をする。
 指輪をもらった相手を思い出して今すぐ指ごと捨てたくなる。
 それでも、チガヤくんが「すげーデザイン」と俺の指を見つめてくれるから一晩のぬくもりだって役に立つこともある。
 
 さみしいとかそれ以前の問題として他人がいることを俺は疑っていた。
 自分がここにいることすらも疑っていた。
 だから、他人を抱くことによって俺は自分の存在を確かめていた。
 
 誰だっていい。容姿も家柄も体格も性格も何も関係ない。
 ただ俺の下で喘がせてみる。
 すると俺の存在は証明される。
 
 抱く俺が居なければ抱かれる相手もまた居ない。
 抱かれている相手が居る限り俺はいつでもそこに居る。
 
 そのことに対して軽蔑の眼差しなんてよくあることで気になんかしない。
 誰にどう思われても自分の世界は変わらないと見限っていた。
 まだ自分が子供だなんて意識もなく狭い世界のものさしで生きていた。
 
 後悔は後から悔やむと字で書いた通り。
 チガヤくんと出会って恋を知って自分の今までの行動を後悔した。

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