007 自分の嘘に気づく

 ユーティが時間を戻したことが判明したのが、この世界で半年前の時期になる。
 自分が時を戻すことができる力を持っているとユーティは知らなかったのだろう。
 どこの時間からいつ戻ったのか聞いていない。
 
 奇跡の力は偶然発動しない。
 髪と血と願いをそろえて時間は戻る。
 
 聞いた限りプロセチア家はボロボロにされた状態だった。
 ユーティは誰にも何も教えられていなかったと見るべきだ。
 自分が時間を戻してここに居るのだと訴えなかった。
 子供の戯言を信じてもらえないと判断したのだろう。
 あるいは、状況が分からなかった可能性もある。
 今わの際の夢として、あたらしい生活を送ろうとした。
 
 けれど、ユーティにとって恐るべき現実が目の前にやってきた。
 
 両親に毒を盛ったり、俺を誘拐させたり、ユーティを迫害したり、好き放題してくれたらしい使用人たちの就任だ。彼らはプロセチア家が領地の人間を使用人として雇用することを知っていた。昨日今日ではない、長期的な手法で暗殺と乗っ取りを計画していた。
 
 ユーティが戻ってきてくれなければ、露見しえない乗っ取り計画。
 普通なら非効率的なので、思いついても試そうとはしない馬鹿げた話。
 
 彼らは自分たちが生まれる前から計画されていた穴だらけのお粗末な作戦を信仰していた。
 ユーティと合わないからという理由で解雇されかけて、計画が始まる前に終わろうとしたことに激高した。
 こともあろうにユーティを叩いて言うことを聞かせようとした。
 ユーティが困らせるからしつけている。自分たちは使用人として侯爵家のためになる。そんな訴えを信じるはずがない。
 
 いくらいい使用人を気取ったところで、侯爵令嬢を叩く人間の言い分が正しいわけがない。
 媚びたところでユーティの怯えが消えないために力で押し切ろうとしたのだろうが、完全に裏目に出た。
 俺も両親も元々の使用人たちもユーティを尊重しない人間を屋敷に置く気はない。
 
 だが、ユーティの態度から戻ってきた可能性を考えて、いくつかの質問をした。
 そして、自分がプロセチア家の人間として時間を戻したことを自覚したユーティは、戸惑いながらも打ち明けてくれた。
 ユーティの認識において敵ばかりの世界で、つたないながらに必死に訴えてくれた。これから起こる悲劇がどんなものであるのか俺に教えてくれた。
 
 組織だって動いているので、使用人として入り込んだ先兵を排除するだけでは意味がない。
 泳がす目的で解雇を見送り、領地の屋敷にそのまま置いた。
 そして、ユーティの精神安定のためと言って王都の屋敷に俺たちは住むことにした。
 領地の屋敷にいる母が心配ではあるが、娘を叩き、未来で自分たちを毒殺するような人間に慈悲をかける人でもない。
 公爵夫人として振る舞いながら、彼らを監視しているだろう。
 ユーティの話からでは組織の規模が不明瞭だった。
 
「敵も味方もすべて俺が把握しているから、怯えなくてもいいんだよ」
「ほんとう、ですか」
「俺はユーティに嘘なんか吐かない」
 
 微笑んで口にしてから、自分の嘘に気づく。
 嘘を吐く気はなくても、事実ばかりを告げたりしない。
 
「いつだって俺は本気だよ。それが後で嘘になってしまったらごめんね」
「おにいさまらしい、ズルい言い方です」
「ユーティはそんな俺を許してくれるだろう?」
「……はい、ゆるします。おにいさまがわたくしをゆるしてくれたように、わたくしもおにいさまをゆるします」
 
 ユーティの中身が何歳であっても、現在は三歳児。
 内容に反して発音が舌足らずで、かわいらしい。
 
「とはいえ、味方が少ないのは気になるところだね」
 
 俺の言葉にユーティが肩を落とす。
 時間を戻して情報を持っていても子供の体では限界がある。
 
「問題はないよ。ユーティのおかげで、随分と猶予はあるから安心して任せてくれ」
「わたくしに出来ることがありましたら、おてつだいします」
「もちろんお願いするね」
 
 そう、笑って見たものの、これこそが嘘かもしれない。
 涙をぬぐったユーティがキリっとした顔で俺を見上げるので「ミーデルガム家の茶会へ行く前に友達を作ろうか」と提案する。
 以前の失敗をなぞる必要はない。
 備えあれば憂いなしだ。
 これは異世界からやってきた以前の誰かが口癖にしていたらしい。
 
 
2019/08/15
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