003 悪い大人だ……

 王家の人間は金髪金眼であることが多い。
 第一王子であるフォルクハルトと俺の隣に立っている国王陛下は金髪碧眼だ。
 顔立ちは第二王子のカールハインツを渋めにした美丈夫だが、性格は二人のどちらとも被らない。
 
 横目で陛下を見るなど不作法だが、たまたま散歩中に出会った設定であり、二人とも同じ花を気にした。だから、立場を気にせず立ち話をしている。ということになっている。
 
 実際は、未来の話という国王陛下という立場の人間が信じるべきではない妄言に付き合わせている。
 
「嘘を語ったつもりも、これから語るつもりもありませんが、私から見た未来の形にすぎません」
「もちろん理解している。クロトの目的は時を戻す際に願ったことだ。それを応援して、助けて、支えることはあっても邪魔することはしない」
「……陛下」
「これは王としての言葉ではなく、アウグストという私個人としての約束だ」
「もったいないお言葉です」
 
 軽く頭を下げるが、あくまで花を見ているという体(てい)だ。
 七歳とはいえ侯爵家の人間が陛下と話し込んでいるのを見られるのはマズい。
 俺の話ではなく、俺を使って父が何かを企んでいるという噂が立ちかねない。
 プロセチアの力は公言していないが、ある程度の地位にいるものなら誰でも知っている。
 奇跡の余波を受けていない人間は、おとぎ話や迷信だと考えてくれるが、陛下のように取り込もうとする人間やその逆もいる。
 
「君にとっての過去であり、私にとっての未来だったはずの提案は白紙がいいのかな?」
「おふたりには?」
「まだ何も。四人が顔を合わせた雰囲気で……父としての希望を口にしようと思っていたんだが――強制してしまった?」
 
 断ってもいいと言われたところで「うちの子と婚約しないか」と陛下に言われたら、七歳の俺が対応できるわけがない。普通に考えれば親を通す話だが、プロセチア家の人間に限って言えば、本人に言わなければ始まらない。
 今のように時間を戻してしまったら、裏側での動きは意味がない。
 本人に教えておけば、人よりも長い時間、そのことを考えることができる。
 
「陛下の言動に強制力はありません。いつだって、思いやりだけがありました」
「そう? フォルにあげる前に味見をしたいと思ってるような恥知らずだけれど、君にとっての過去の私は尊敬に値する人物だったのかい」
「節度を守って、最後まではされませんでしたよ」
 
 陛下は男の身でありながら、男に嫁ぐことになる俺を気にしてくださった。
 男同士のやり方を事前に手ずから教えてくれた。
 
「悪い大人だ……」
「何も知らなかったら、初夜に相手を拒絶して傷つける可能性がありましたから、必要な知識だったかと」
「すでに心構えはできているなら、今回は不要かい?」
「はい、手解きを受けた腕前が見たいというのなら頑張らせていただきますが……どうされますか?」

 陛下が急にしゃがみこんだ。
 お身体が悪いのだろうか。
 
「……口説いている?」
「誤解です」
「今の私とはほぼ初対面だから気を遣っている。けれど、戻ってくる前はもっと気安かっただろう?」
 
 肯定するのは、問題がある気がして口を閉じる。
 陛下は駆けつけてきた護衛を「アリを見ているんだ」と追い払い、二人の空間を維持した。
 お茶目なところがあるのは、護衛にも知られているのか俺を警戒している様子はない。
 ユーティのほうを見るとフォルクと目が合った。
 にらまれることには慣れているので、手を振ると目をそらされた。
 
「生意気な盛りだと思ったら、かわいいところもあるね」
「フォルクハルトのこと、お好きですね?」
「うん? 含みがあるかな。もしかしなくても、私はあの子をイジメてしまっていた?」
「王になるには試練も必要だと……私もそう思います」
 
 具体的に何をしていたのかは知らないが、陛下に対する反発や反骨精神でフォルクはいろいろな経験をした。
 俺もフォルクに引っ張られて、ときには大変な思いもした。
 それでも陛下が考えたフォルクの成長の機会を潰すわけにはいかないと付き合った。
 
「まぶしいぐらいに盲目的な信頼と親愛が羨ましくも憎らしいぐらいだけれど、そうだね。何も積み上げていない状態の私でも悔しさを覚えてしまうのだから、君と同じ時間を過ごした私はフォルに意地悪だっただろう」
 
 至近距離でジッと覗きこまれる。
 何もかもを説明できてはいないのに陛下は全てを知っている気がしてならない。
 
「――人目のある所では他人のふりをする。それをここまで徹底するほどに噂が流れたとしたら、それは偶然ではなく必然だ。邪な者の戯れの指先よりも噂好きの侍女たちの囀りのほうが害がない」
 
 陛下の言う通り、俺が陛下に寵愛を受けていると噂された。
 俺との仲を誤解されると迷惑をかけてしまうと感じて振る舞いに気を付けるようにした。
 けれども、その噂によって俺は守られていたようだ。
 侯爵家の人間であるとはいえ、子供なので侮る人間はいる。

 成り上がりはともかく根っからの貴族の享楽主義は目を覆いたくなるものがある。
 陛下は自分が居ないところでも噂によって俺を守ってくれていた。
 危うい場面がいくつもあっても、寸でのところ助かっていたのは陛下のご威光のたまものだ。
 
「そんなキラキラとした瞳で見つめられると、ときめいちゃうな」
 
 顔の前に手をかざされたので目を閉じる。
 近づいてくる気配、おでこにやわらかな感触。
 
「何をされてもいいという顔をするものではないよ」
「陛下が私に不利益をもたらすとは思えません」
「だったら良いと笑って済ませたいところだが、聞いている限りと言うよりも、今の君を見ている限りだと――」
 
 言葉を飲み込む陛下の視線の先にはフォルクがいた。
 にらんでいるというよりも瞳に困惑が滲んでいる気がする。
 同い年の俺のことを陛下が目にかけているのが不快なのだろう。
 今はまだ戸惑いで、次第に嫉妬心から俺の言葉に耳を傾けなくなっていく。
 仕方がないので裏方として暗躍しすぎたのも、フォルクにはずる賢く見えたはずだ。
 
 陛下にはその件について一度相談させていただいたことがある。
 
 フォルク自身が乗り越えるべき心の問題だとおっしゃられた。
 確かにその通りだろうが、立場上、素直に甘えられないフォルクに配慮することなく俺は浮かれていた。
 
 俺に置き換えると父が使用人の子供をわが子以上にかわいがる状態だ。
 能力を評価し、目をかけて、愛情をもって接する。
 想像すると特に不快感はない。
 当家に将来的に仕える、優秀な人間を父が発掘して育てようとしていることは喜ばしい。
 同い年であるなら、俺の友人候補だと考えてくれているだろうから配慮も感じる。
 
 将来が有望であるということは、現在はただの子供だということだ。
 
 陛下が俺に力を貸すことがあったとしても、それは次代の王であるフォルクが苦労をしないための心尽くし。
 自身の利益よりも次の代を見据えた王としての判断であると同時に父としての子への愛だ。
 
 陛下はフォルクの癇癪に付き合う必要はないとおっしゃっていた。
 フォルク自身が解決しなければならない心の問題だから、放っておくようにと。
 冷たいとは思わなかったが、陛下らしくないと感じていたが大きな間違いだ。
 助けるばかりが愛ではない。
 自分で気づき、立ち向かい、受け入れる、力がなければ王として、人として、一人前にはならない。
 
 俺は陛下の真意を理解することもなく、フォルクを助け続けてしまっていた。
 心配だとしても手を一切貸さないことだって必要だ。
 第一王子として恥ずかしくない立ち振る舞いをするようにと小言を口にしていたこともあるが、これも悪い。
 相手に聞き入れられない指摘の仕方は間違っている。
 自分の意見や知識をひけらかしていたに過ぎない。
 相手のことを考えない自己満足な言葉は誰にも響かない。
 
「陛下はいつだって正しいですね」
「人間だから失敗もあるさ」
「失敗から人は学ぶものです。私も時を戻したことを無駄にしないよう、以前とは別の視点で頑張ろうと思います」
 
 力強く宣言すると頭を撫でられた。
 
 
2019/08/13
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