002 七歳の顔ではない

 プロセチア家は世界をやり直す力がある。
 ただし、一人につき一回限り。ごくごく個人的な望みを叶えるためにしか力は使えない。
 戦争を回避するためとか、世界を救うためといったタイミングで時間を戻すことはできない。
 自分や自分に近しい人のちょっとした不幸を回避したり、関係性を変えるためにしか使えない。
 副産物で戦争を回避することは可能だが、最初から戦争を回避するために動けない。
 けれど旦那や子供を救うために世界をやり直すことはきっと出来る。
 
 陛下が望んでいるのは、プロセチアの血ではなく俺や妹が王子たちと親密になること。
 
 婚約者にならずとも友人の死をやり直すためのきっかけにして、結果として戦争や暴動は回避される。
 今までそういったことが何度もあったのだろう。
 王家はプロセチア家と良好な関係であろうとし続けている。
 
 
 フォルクハルトは馬鹿なことをした。
 俺の持つ力をあまり理解していなかったのだろう。
 
 婚約解消が馬鹿なことではなく、サエコの妊娠だ。
 
 それが嘘でも本当でも醜聞がすぎる。
 俺の婚約者ではなくなった時点で、フォルクの立場が悪くなっている。
 その上、中等部のユーティにまで聞こえている噂は内容問わずアウト。
 
 噂が広まらない方法や噂の止め方なんてものをフォルクは知らない。
 
 今まで婚約者だったので、俺がやっていた。
 婚約を解消したのだから、これからは自分がしなければならないのだが考えなかったのだろう。
 思いつきもしなかったのかもしれない。
 
 わざわざ俺から教えてやる義理はないと感じてしまった時点で、婚約解消が不服だったのかもしれない。
 傷ついていたのかもしれない。
 悲しかったのかもしれない。
 悔しさは微笑みに隠しながらも自覚はあった。
 出会ってからの時間の全部をフォルクハルトに使っていた。
 
 自分の感情に俺は遅れて気づくことが多い。
 だからこそ、ユーティは泣いたのだろう。
 このままでいいはずがないと泣いてくれたのだ。
 
「おにいさま、どうされました?」
 
 幼いユーティが俺のズボンを引っ張った。
 俺の指先は切れていない。
 時間はきちんと戻ったらしい。
 それだけ、俺の誓いは強かった。
 強く強く望まなければ、時を戻すことはできない。
 たった一度の奇跡だからこそ、何より強い気持ちが必要になる。
 俺は妹が傷つくことが一番イヤだったのだ。
 自己否定の言葉で自分を切り刻むユーティを見たくなかった。
 泣き続けるユーティの未来を否定したかった。
 
「ユーティ、ユースティティア……先程までの君の記憶は何かな?」
「おにい、さま?」

 首をかしげるユーティ。
 外出用のフリルの多いドレス。
 赤みがかった金色の髪を飾る宝石細工。
 赤褐色の瞳は涙に濡れる代わりに戸惑いに揺れている。
 
「俺は時間を戻してここに居る。君にも時間を戻す前の記憶があるんじゃないかと思ったのだけれど」
「わかりません」

 申し訳なさそうに首を横に振る妹に微笑みかける。
 すると照れ臭そうにはにかみで答えてくれた。
 手を握ると肩から力を抜く。
 他人を恐れる妹がこうして全幅の信頼を向けてくれることが誇らしい。

「かわいい妹、君は何歳だい」
「三歳になります」
 
 指を三本立てるユーティに微笑む。
 ユーティが三歳なら俺は七歳だ。
 
 周囲を見渡すと先程まで四人で話をしていた庭園だ。
 王宮の庭園で三歳のユーティと一緒にいるということは、十年前の王子たちとの初対面だろう。
 フォルクが七歳、カールが五歳。
 ユーティはカールに一目ぼれをしていた気がする。
 
 今回俺がするべきことは、俺自身の恋と同時に妹の恋愛のアシストだ。
 
 以前はフォルクが起こした揉め事の処理などに時間を割いて、ユーティとカールを見守る時間を取れなかった。
 そもそも、俺とフォルクが結婚するなら、ユーティとカールは結婚の必要がない。
 国益を考えるならそれぞれ別の国から婿や嫁をもらうべきだ。
 そんな考えを持っていた。
 ユーティからは自分の気持ちを知りながら応援してくれない、薄情な兄に見えていたかもしれない。
 それなのにユーティは、俺の幸せを願ってくれていた。
 
 王になるのはカールがいいと思っていたのだから、フォルクと婚約せずユーティを応援すればいい。
 簡単なことだ。
 
 
◆◆◆
 
 
 たまたま庭園にいたプロセチア兄妹に王子二人を連れて散歩していた陛下が遭遇したという筋書きになっている。
 当時七歳の俺は回りくどいことをする意味が分からなかったが、これは俺たちへの配慮だ。
 婚約者候補との顔合わせではなく、偶然の対面なのでまだ逃げられる。
 
 あいさつもそこそこに陛下はユーティと遊ぶようにフォルクとカールを追い払った。
 何も口にしていないのに何もかも分かった顔をなさる。
 
「七歳の顔ではないからね。わかるさ」
 
 陛下の微笑みに苦い笑いを返してしまう。不敬だ。
 自分が時間を戻してここにいること、時間を戻すことになった理由を伝える。
 責めることもなく「仕方がないね」と納得してくださった。
 一度だけの奇跡を陛下からすれば無駄に使ったように見えたはずだ。
 それなのに「君たちの力はそういうものだ」と受け入れている。
 心が広いのが王の器なのか、本心を腹の中に隠しているのか。
  
 
2019/08/11
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