017 俺はそれほど嫌いじゃない
ミーデルガム家は陛下が住む王宮よりもこじんまりとしたサイズだが、城に住んでいる。
王宮と同等かそれ以上の城など作ったら反逆者もいいところだ。
庶民に対して権威は見せるべきだが、陛下を超えてはならない。
高位の貴族が王家を蔑ろにすれば、下位の貴族や庶民もまた王家を蔑ろにして国がまとまらなくなる。
魔石の産地として潤っているミーデルガム家だが愚かではないので、その点をわきまえているのだが、庭が煌びやかだ。
門から城の中に入るまでに鮮やかな色彩の花が出迎えてくれる。ボリスが居たなら庭師の数とどれだけの手間をかけているのかを教えてくれたかもしれない。
御者に馬車の速度を落とすように伝える。
「目がチカチカしますわ」
「アロイス、わかる?」
「花の間や花自体に表面を磨いた魔石を配置しているのでしょうか? この光の乱反射は」
クモという生き物がいる。
彼らは糸を吐き出して獲物を捕まえるための罠を張る。
家や樹木を傷めることがあるので害虫として駆除されてしまうのだが、俺はそれほど嫌いじゃない。
彼らの吐き出した糸やその糸に光る朝露がとても美しかったのだ。
美しい庭を維持するためにクモが駆除されるのは仕方がないかもしれないが、朝露のきらめきが永遠に見ることが出来ないのは悲しい。そんな話をミーデルガム家の当主であるユストゥス――ユスおじさまに話したら、こうなった。
乱反射する光を楽しみたいのだろうという心遣いなのだが、あまりにも華美。
ふと見つけた美しいものというニュアンスではなくなっている。
全面的にギラギラしているが、庭師の技術力なのか下品なことにはなっていない。
「魔石が植物を丈夫にしたり、長持ちさせるのは知っている?」
「はい、商店でも魔石の粉を練りこんだ鉢植えを販売しております」
「俺はユスおじさまから魔石の粉をいただいて、植物を育てさせてもらっている。無償で」
「…………それは」
メッツィラ商会の次男として頭の中で数字が動いているのだろう。アロイスは青い顔をした。
只より高い物はないと考えられるからこそ、メッツィラ商会はアロイスを後継ぎに置きたいのだろう。
アロイスの兄のカッツェロなら無料の言葉に喜ぶだけで危機感など抱かない。
「魔石の粉を受け取るのなら廃棄物を押し付けることになる。それなら処分費を俺に払わなければならないと、ユスおじさまから、粉と共に少なくない額のお金をいただいている」
「それは…………だいじょうぶ、なのでしょうか?」
「当主同士の仲が悪くても、次期当主である俺とおじさまの関係が良好であるというのは誰の目にも明らかでいいんじゃないかな」
魔石の粉はもちろんゴミではない。
ゴミではないが、ミーデルガム家の当主からすればゴミよりもある。
俺におこづかい付きで渡すことをユスおじさまは損だと感じておられない。
「他国では魔石が貴重すぎて粉を合成して疑似的に魔石を作り出していると聞きます」
「魔石には輸出の制限があるからね。とはいえ、マジックアイテムの制作に必要不可欠だから他国も考えるさ」
表向きこの輸出の制限は、自国民の生活のためにマジックアイテムを作る魔石は確保しておきたいということになっている。他国の人々は魔法や魔術や呪術で生活の質を向上できるかもしれないが、我が国はそうではない。
自国優先の政策を他国に口出しされるいわれはない。
他国の人々は魔法や魔術や呪術で生活の質を向上できるかもしれないが、我が国はそうではない。
マジックアイテムが生活する上で必需品だというのは、他国の人間も納得するしかない理由になる。
庶民からしてもマジックアイテムは貴重品で高価な品であることには変わらないが、生活に必要なものは領主である貴族から借りている。
そして、領主である貴族たちが庶民に貸し与えているマジックアイテムは、一部を除いてそこまで質が高くない。
これは暴動対策だ。
庶民の生活は他国よりも豊かであると思わせるのは必要だが、余裕がありすぎるとおかしな考えに憑りつかれる。
ほどほどの豊かさと労働の楽しみの中に生きるのが庶民の幸せだ。
自国民のためと他国へ向けた言葉に嘘はない。自国にいる貴族たちのために庶民や他国に魔石という力を与えすぎないのは重要なことだ。
魔石の形で他国に渡して軍事利用されてはたまらない。
マジックアイテムの輸出なら、国内の技師が潤うし、大量生産できないのである程度は問題ない。
以前は安いマジックアイテムから、核となる魔石をとり集め、その魔石を使った強力な兵器で我が国に殴り込みをかけてきた国もある。【才能殺し】の土地ではあるが、飢え知らずの豊かな大地と大量の魔石は魅力的なのだろう。
ともかく、魔石を加工する際に出る粉やクズ魔石なんかは、お金を出して買いたい商人たちがいる一方で、ミーデルガム家の当主であるユスおじさまからすればゴミだ。いくらでもある。
「王都では魔石が使われている商品は、特別な日の買い物という印象でしたが……場所が変われば常識も変わりますね」
「宝石として価値がある魔石ならここでも特別だけどね。わざわざ俺がユスおじさまに会いに城に行くと手紙を出したから用意してくださったのだろう」
時間を戻す前、俺とフォルクの婚約を発表したミーデルガム家の茶会は王都でおこなわれた。
侯爵家はそれぞれが王都に屋敷を持っている。
貴族たちを集めて茶会をするのはお金がかかるが、ミーデルガム家からすれば大した出費ではない。ユスおじさまの義理の妹が人を招くのが好きなこともあり、ミーデルガム家の茶会はそこそこの頻度でおこなわれている。
王都ではなく、ミーデルガム家の領地にある城を茶会の会場にしたのは他でもない。
これから、ここで人が死ぬからだ。
2019/09/06
※ミーデルガム家は(ちょっと違うけれど)庭にダイヤモンドをばら撒いて「キラキラしてきれい」とかやってるのはレベルの違う金持ちすぎてヤバいっていう話。