016 磁場狂い

 我が国はティルナノーグという正式名よりも【磁場狂い】【才能殺し】【妖精の吹き溜まり】【はみ出し者の祝福の地】という国の特徴のほうが有名だ。
 これらは違う言葉でもほぼ同じ意味になる。
 
 この地は妖精の国という不可視の場所と重なることで、磁場と呼ばれるものが狂っている。
 磁場とは魔力的現象を説明するために用いられる言葉だ。
 異世界からやってきた学者の論文以外に使われていない単語なので、誰もが口にしているというのに完全には理解していない。
 
 磁場が狂っていることで、他国でありふれた技術である、魔法や魔術や呪術など我が国では行使できない。
 
 最高にして最悪なことに一定の期間滞在すると世界的な魔法使いや魔術師も無能力者に成り果てる。
 これは国内で力が使えないのではなく、他国に移動しても失われた力は戻らない。
 
 国内で何らかの力を持った人間も日々生まれはするが、同じだけ力は気づいたら失っている。
 そのためこの国は【才能殺し】と呼ばれて、何らかの能力を持っている者たちが国内に潜伏することはない。潜伏しているうちに力を失うので使い物にならないからだ。
 移民としてやってくる者たちは、この事情を知ってなお我が国を祝福の地と呼ぶ。
 
 俺は実感としてわからないが、それほどまでに他国の環境が悪いのだろう。
 
 磁場狂いの影響は才能殺しだけではなく、魔石という世界的に珍しいものを生み出している。
 魔法や魔術というのは小規模なものは他国の庶民でも使える。
 生活を送る上で使えないと話にならない。
 我が国では必要最低限の魔法も使えないことが多いので、マジックアイテムで生活を安定させている。
 
 水も、光も、温度や湿度の調整も、洗濯や掃除に便利場道具も全部がマジックアイテムだ。
 
 他国の貴族が所有するマジックアイテムと同じ量、豊かな領地に暮らす我が国の庶民は所持している。
 土地と同じで領主である貴族が領民たちにマジックアイテムを貸し与えて、不便のない生活を送らせているからだ。
 マジックアイテムが高価であるのは動力源になっている魔石が高価だからだ。
 規格外の魔石産出国である我が国はマジックアイテムを安価に制作できる。
 
 これから行くミーデルガム家は魔石を採掘する鉱山を領地に複数所有している侯爵家だ。
 
 影から支えるプロセチア家とは逆にミーデルガム家は堂々と王家にゴマをする。
 王家のために行動するのはいいことだと思うが、父は気に入らないらしい。
 派閥争いでないにしても当主同士は仲がよくない。陛下が問題にしていないので、侯爵家同士の見下し合いは下位貴族や庶民の娯楽なのかもしれない。いわゆる、興行だ。どちらかが負けるか事前に話し合いをしながらも本気での殴り合いを面白がったりする。俺は分からないが、フォルクは楽しんでいた。
 
 
「王都とはまた街並みが違いますね」
 
 
 一緒の馬車に乗ることに緊張していたアロイスだが、慣れたのか窓の外を見る。
 あまりよくない振る舞いだが、窓ガラスは外から見えないマジックアイテムに変更済みだ。
 何かがあってからでは遅いので、ゾフィアを呼び寄せて内密に馬車を改造している。
 
「王都よりも、ぜいたくそうな家が多い、のです?」
 
 ユーティがおそるおそる気づいたことを口にする。
 正解と言って微笑むと花がほころぶ笑顔を見せてくれた。
 たったの数日間でユーティは劇的に変化した。

 年上でお姉さんぶってくれるゾフィアのおかげもあるし、安全でおいしい食事を提供してくれるアロイスのおかげもあるし、不器用で不格好ながらも誠実にユーティに尽くしているボリスのおかげもある。
 
 安心な洋服、安心な食事、安心な従者。
 
 緊張感と悲壮感がユーティから日に日に抜けていっている。
 おねしょは肉体の年齢からすれば不思議ではない。
 ちゃんと食べて水分を摂るようになった結果とも言える。
 健康的だ。
 
「お兄さま?」
「いや、ボリスのおかげで、ユーティの髪にお花が咲いたと思ってね」
 
 笑っている原因は今朝のことを思い出したからだが、理由は視線の先にある花に向ける。
 この花は領地から王都に移動する際に持ってきたお気に入りの花だ。
 髪や瞳の色が変わるように花の色も変わるのはよくあることだが、花の種類も変わるのは珍しい。
 朝に起きて、どんな花が咲いているのか楽しみになる鉢植えだ。
 
「まだ動いていますか?」
「無理をしなければ帰りまで動けるって」
「お兄さまはお花の言葉がわかるのですね」
 
 ふふとユーティが、からかうようにかわいく笑う。
 花を操作するのは珍しい力じゃない。
 十人中九人は持っていると言えるほどにありふれている。
 俺のように花が雑用をこなしてくれることは、異常だ。
 操作しているのではなく、自動的と言うよりも自律思考で動いてくれる。
 
 元々が、俺が命令する前に花たちは動き出してくれた。
 髪を整えたり、服を用意したり、部屋を掃除することは自分で出来ることではあるが、手間だ。
 安全のために仕方ないと納得はしても、本を読む時間が削られてしまうと溜め息を吐いた。
 すると自分に任せてくれとばかりに花たちは使用人がするべき仕事を請け負ってくれた。
 
「以前も今回も世話になるね」
 
 ユーティの頭で一番目立つところに宝物庫から拝借した髪飾り。
 となりに小さくベルの形をした俺の花。
 光で薄い色合いが様々に変わるものの、髪飾りの邪魔をしていない慎ましやかな淑女。
 
 花と繋がりを感じるので、ユーティに何かあれば俺に分かると教えている。
 そのことがユーティがゆったりとくつろいだ気分でいてくれる理由なら嬉しい。
 
「このことは内緒だよ」
「はい、クロトさま。もちろんです」
 
 アロイスに告げると顔を真っ赤にして力強くうなずかれた。
 くちびるの前に人差し指を立てるポーズは、何かまずかったのだろうか。
 人畜無害な顔の十三歳は俺たちとは比べ物にならないほどに力が強い。
 
 高齢とはいえティメオと組み手をしてアロイスが負けなかったことにだいぶ驚いた。
 
 ティメオは日々の鍛錬を怠らないので、年齢に反して筋肉量がすごい。
 執事の服に身を包んでいると着やせしているので気づかないが、家宝の巨大剣を振り回せそうな筋肉をしている。
 ちなみに俺は十七歳の時にも持ち上げられなかった。
 ユーティがすごく怖がっていたので、屋敷の玄関に飾っていたものを今では地下にしまい込んでいる。
 
「アロイスが護衛の資格をとれてよかったです」
「あんなにすぐに資格をいただけるものなんですね」
 
 ユーティの言葉に照れつつ微笑むアロイスは純朴な少年そのものだ。
 試験官を半殺しにしたとは思えない善人顔に俺は苦笑いになる。
 ティメオとの手合わせからすぐに護衛の資格を取らせた。
 特例での審査になったが、貴族は順番を守らない。
 侯爵家は特に自分たちが基準であり、他が合わせるべきというのが大前提でいい。
 
 アロイスは適当な理由で同伴させる予定だったが、資格があるなら堂々と護衛を名乗らせることが出来る。
 
「頼りにしているよ」
「そうよ、アロイス! お兄さまから離れてはいけませんよ」
「はいっ」
 
 ユーティの言葉に背筋を伸ばす生真面目なアロイスは護衛には見えない。
 それが逆にいい。
 プロセチア家が連れているのに百戦錬磨のギラギラとしたわかりやすい護衛ではない。だからこそ、警戒する対象になる。
 
2019/08/30
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