012 はみ出し者の祝福の地

 ティルナノーグというのが我が国の名前だが、正式な外交の場や書類上以外でほぼ見ることがない。
 学がない庶民の中には自分が居る国がティルナノーグだと知らない可能性もある。
 磁場狂いのせいで、正確な地図が作れない。
 そのため地図は庶民が手に入れるにはあまりにも高級品になっている。
 村の名前、都市の名前、そういったものを理解していても、自分が住む国の範囲を理解していない庶民は多い。
 
 この磁場狂いというのがティルナノーグの特徴であり、我が国の通称の一つだ。
 貴族の堅苦しい席ですら、国の名前というのは口にしない。
 国の特徴を指して、国名の代わりにするのが通例だ。
 
 ティルナノーグなら【磁場狂い】【才能殺し】【妖精の吹き溜まり】【はみ出し者の祝福の地】が代表的な言い回しだ。
 
 執事であるティメオは祖父の代からプロセチア家に仕えている。
 ユーティを怯えさせないために使用人の大半に暇を出している中で、古株として俺たちを支えてくれている。
 大体のことはティメオに話をすれば用意され、対処を教えられ、円満にまとまる。
 
 他家では男の使用人の上級職を執事と呼ぶかもしれないが、プロセチア家では指定した学園を卒業したものを執事と呼んでいる。それ以外は下働きであり、家を取り仕切る執事になることはない。
 アロイスが家の厨房を任されるようになるのは、ティメオからの許可があったからこそだ。
 当主である父がティメオに雇用の決定権を任せている。
 
 領地から優秀な人材を雇うのがプロセチア家の風習だが、ティメオは例外だ。
 カラーバッシングを受けて、他国からやってきた。
 
 他国に比べて我が国は庶民が勤勉で、自給率が高く、犯罪率が低い。
 国民の大部分に該当する庶民の質が高いにもかかわらず、反乱や暴動が少ない。
 これは大変、稀なことで、諜報員が優秀なのかと他国の王族から聞かれたことがある。陛下が素晴らしい方だから庶民は今の暮らしに満足していると返したら鼻で笑われた。
 確かに理想を語ったかもしれないが、以前も今回も俺がいる限り、反逆者を許したりはしない。
 
 ティメオを初めとした移民たちが他国で受けていたカラーバッシングというのは、説明が難しい。
 
 一部の地域では髪の色と瞳の色で人間を評価する。
 我が国は、色で人を評価することはない。
 
 もちろん、王家の色彩を持っていると王家の遠縁を証明できて誇らしいものだ。これはどこの国でも同じだろう。
 過去に王弟や王女を家に迎えているのでプロセチア家の髪色は大きなくくりで言えば金髪だ。
 俺は光の当たり方で発光しているような白い金髪で、妹であるユーティは赤みがかった金髪。
 我が家では父の髪の色が太陽に似ていて、陛下に一番近いかもしれない。
 
 庶民の間にも金髪の子供が生まれることがある。
 
 これは王家の血が流れているというわけではなく、王都付近で生まれた子供にはありふれた色彩だ。
 金髪が王家の証のような髪の色だというのにありふれているという矛盾。
 それが我が国の特色と言えるものかもしれない。
 王家から祝福をいただいているとして、庶民の自慢の一つになったりもする。
 
 貴族の髪と瞳の色は変わらないが、庶民の色は頻繁に変わる。
 
 髪や目の色というのは、もともと成長段階で色が変わる。
 これは世界的な常識だが、国内ではその変化が顕著だ。
 他国ではまず見ない色の変化を起こす。
 そのため、カラーバッシングを受けた一族は我が国を訪れる。
 生まれ持った色とは全く違っていくので、カラーバッシング自体を馬鹿馬鹿しく感じるようになるという。
 本人にとっては背が低いことを指摘され、からかわれていたら、気になるものだが、大人になったらからかってきた相手よりも背が高くなったりする。自分の中での引っ掛かりや傷ついた心を我が国は癒すことが出来る。
 そのためよそから移り住んだ人間多くは【祝福の地】として、移住を許してくれた領主や陛下を敬う。
 
 他の通称の理由は人間の目では確認できない妖精の国と重なっていることで起こる異変だ。
 妖精の国とは不可視の世界。
 おとぎ話で語られる幻想の場所。
 国と国が重なり合っている理由などはいろいろあって知っているが、今は関係がないことだ。
 
 
 話はティメオに戻る。
 
 ティメオは自分の色を変えるために我が国へやってきた。
 そして、使用人の女と子供を三人作った。
 長男は父の従者として働き未婚。
 次男は祖父と共に領地にいて既婚。
 兄弟は二人とも母親の髪と瞳の色を受け継いでいた。
 
 そして、ティメオにとって生まれた土地を離れた理由である髪と瞳の色で生まれてしまった長女は冷遇された。
 ティメオも愛そうと努力をしたらしいが難しかった。
 それほどまでにカラーバッシングはティメオの心に傷を残していた。
 父が気を遣って長女を留学させたり、他国での働き口を紹介した。
 
「ティメオの娘が産んだ娘もまたティメオと同じ色彩だったために彼女は娘をティメオに会わせませんでした」
「……その件に関しては私の方に彼女から連絡が来ている。出産のお祝いを送ったが、返事がなかった。礼儀に反するのは彼女らしくないのだが」
「彼女は二人目を妊娠中に亡くなったようです」
 
 父が「なんだと」と驚いている姿を懐かしく思う。
 俺がティメオの事情を父に話した時と同じ反応だ。
 父には積み上げた時間がない分、対応を考えるように言われたが、この件に関しては早いほうがいい。
 
「残されたティメオの孫娘はカラーバッシングの対象になり、病気から寝たきりになりました」
 
 父親が娘を生け贄にして日金を稼いでいたらしい。
 庶民にはバッシング商売というものがあり、バッシングされることで金銭を得る。
 判断能力のない子供を使うのは違法だが、法の目が届かないところもある。
 
「ティメオは孫娘を保護しようとしましたが、親として権利を持つ父親に断られ資金援助を続けています」
「…………そして、プロセチア家を滅ぼすために組織に加担したか」
「父親が借金した相手が組織の関連企業でした。これは、最初からティメオ目当てだったのでしょう。父親となった男も含めて」
「ティメオの娘が死んだのは偶然か?」
「孫娘であるメティーナの見立てでは、殺害された可能性が高いです。母親としての意識が強くなり、男の言うことを聞かなくなったことで亡くなる前は口論が絶えなかったようです」
 
 幸せな家族を求めて悪い男に引っ掛かり、人生を棒に振ってしまった。
 それすら、ティメオからしたら自分との不仲が原因だと悔やんだことだろう。
 せめて生きている孫娘だけでも守るのが罪滅ぼしだ。
 
 屋敷での雇用を任されていたティメオ。
 孫娘を人質に取られて言いなりになってしまったティメオ。
 そんなティメオを思って父が軽く息を吐き出した。
 
「今はどのタイミングになる?」
「ティメオは何も知らされておりません。ツテのない若者の働き口の紹介を頼まれただけです。プロセチア家を含めた貴族の家に紹介状を持たせて送り出す。雇われるかは個人の才能次第ですが、プロセチア家のティメオ推薦ともなれば他家は侯爵家の顔を立てるために雇うでしょうね」
 
 俺の意見に父はうなずく。他家に蔓延る不穏分子は父に任せておくのが一番だ。大人同士の話し合いに子供が顔を出すのは足を引っ張ることにしかならない。
 
「自分が引き込んだ人間が毒を盛ろうとしたり、俺を誘拐しようとしたのなら、ティメオも自害したでしょう。ですが雇った人間は真面目に働いております」
「ユーティから話を聞いたときにクロトが長期戦になると言っていたのは、こういうことだったのか。ティメオに裏切る気もなく裏切らせていたわけか」

 ティメオからしたらユーティのために優秀な人材をそろえられたと思っていたはずだ。
 ユーティを怯えさせる人材を採用してしまったのもティメオだが、ユーティが反応しない人材を探したのもティメオだ。
 これは、組織の人数が多く、ティメオの洞察力によってユーティが警戒しない人間を割り出したのだろう。
 家にいる使用人がころころ変わっていた時期がある。
 
「ふむ、ティメオのことについては分かったが…………私が聞いたのは、お前の足の下にいる使用人のことだ。質問にまともに答えないのは陛下仕込みか?」
 
 陛下は分かりきった問いに答えるのは時間の無駄だとおっしゃっていた。
 それと同じで相手に何の知識もない場合は、知らないことすら分からないので質問された三歩手前の情報を与えるべきだ。
 俺が男の正体を口にすると「聞くまでもなく説明されていたか……陛下に茶化されている時と同じ気分になるな」と苦々しくつぶやく。たしかに陛下は父のことをからかうと楽しいと言っていた。ティメオも父は祖父と違って柔軟性が足りないと言っていた。
 
 
2019/08/22
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