3
生徒会長、神呂木(かむろぎ)全一(ぜんいち)は欲求不満だ、なんてことはもちろん誰にもバレちゃいけない。
バレちゃいけないと思っている時点で迂闊な俺はすぐにボロが出てしまいそうだ。
「なぁ、神呂木(かむろぎ)会長? もっと読みたいんじゃない?」
「センパイ……ちかい」
顔をぐいぐい近づけてくる相手に全力で逃げたくなるが、BL漫画は借りたい。正直言って、読みたい。
「ゼンちゃんって呼んでいい?」
「それはダメ」
ちゃんづけは気持ち悪い。
勘十のことは好きにカンちゃんと呼べばいいが、俺はゼンちゃんと呼ばれたくない。センパイに絶対服従なんていうアホみたいな状況になる気はない。
「神呂木会長」
「なんですか、センパイ」
「すげー! ツンツンじゃないのに感じるバリア―が、たまらんねぇ」
「はい?」
「つれないところも含めてかわいいなって」
「どうかしてますね」
自分と同じぐらいの身長の男に対してカワイイと形容する相手が信じられない。年下だったら全部カワイイと思う世界に住んでるんだろうか。
「まあ、神呂木が、かわいくなったのはカンちゃんの影響かな」
「漫画に出てきそうなセリフ」
「でも、そうでしょ。神呂木って入学して早々、誰とも話さなかったって聞いたよ」
「話してましたよ。自分の席の近くのやつと軽く雑談ぐらいします」
「消しゴム貸してレベルでしょ」
「俺は消しゴムを忘れたことがないです」
そういうことじゃないと笑われながら背中を叩かれる。
筆記用具は忘れないがティッシュがないとか、そういうことで困ったことはある。
くしゃみした瞬間の事故で手を押さえたものの、鼻水が出るというやらかし。
俺の前の後ろの席にいた勘十が無言でポケットティッシュをくれた。それ以降、なんだかんだで一緒にいるようになった。
勘十のポケットを探ると飴やグミといったお菓子が出てくる。
頭を使ったら糖分補給というのが勘十の考えらしい。
丸坊主が似合いそうな体育会系な見た目な勘十の思わぬかわいさというか、意外な習慣がセンパイの貸してくれたBL漫画でいうところのキュンポイントだろう。
お試しという形で勘十と付き合うことになったが、ちゃんと好きになったというのは伝えていて両思いだ。
ただし、今の俺は煩悩に支配されていて、普通じゃないかもしれない。
「まあいいやー。懐かない猫ほどかわいいし。かわいがりたくなるし」
「センパイってBL漫画どれだけ持ってるんですか」
「オレの言葉を意味深に受け取ってそわそわしねえのなぁー」
「どれだけ持ってるんです?」
「塩対応というか、反応ガン無視? あー、漫画は千冊ぐらいはあるかな。読み返さないやつとかは実家の妹のところに送ってる」
「妹もいい迷惑ですね」
「妹さんは幸せですねって言葉を待ってたよ!! まあねぇ、妹は趣味違うから時々苦情が来る」
興味のない漫画なんて紙の束だから邪魔なだけだ。
送られてきても困るだろう。
「漫画をカンちゃんと一緒に読んでたりする? リア充的な行動?」
「勘十には見せてないです。俺がセンパイから借りたものだから又貸しみたいになりますから」
「いいよ、気にしないで。カンちゃん、勧めても読んでくれないから神呂木経由で読んでくれるならありがたい」
漫画を読ませて、さり気なく「こういうシチュエーションっていいよな」というコメントを引き出すべきかもしれない。
「センパイは勘十に読ませたいんですか」
「だって、あの真面目くんは漫画を害悪だと思ってるからね」
「え」
「有害書籍? とかに指定された本を見せたせいかもしれないけど」
「はあ、センパイがいつだって全面的に悪いんですね」
「ゆるいように見えて鋭い神呂木節、好きだー」
面倒になったので「十冊ぐらいまとめて貸してください」と伝えてセンパイの足を蹴る。
本気の蹴りじゃないが「いたい、ひどいっ」と言いながら距離を取ってくれるので、そのまま教室に行く。
センパイと話しているといつまでもその場で足止めを食ってしまう。
今では苦手意識はそこまでなく、嫌いじゃないが面倒な人の筆頭になる。
2018/03/11
prev /
next