番外:下鴨と関係ない人々「とある観察者を見守る変人」

ヒナの部下っぽい何か視点。

※位置を調整する可能性があります。
(○○のエピソードの後か前に置いておきたいな、みたいなことがあったら動かします)
 
 
 愛社精神が極端に低いというよりも主(あるじ)以外はどうでもいいというのが俺の正直な気持ちだ。
 どうでもいいのだが、俺はなぜか栗をむいている。
 栗というのは意外にむきにくい。渋皮が残ると見た目が汚くて気になるし、主から不器用な人間だと思われてしまう。
 優しい主はきっと俺の不器用さを笑ったりはしないだろうが、器用さが必要になる仕事を回すのを避けるようになるだろう。
 俺は器用な人間だが、ただ自分の口に入るわけでもない業務外の栗の皮むきに嫌気がさしている。
 こんな地獄のような作業をしている理由は一つ。
 月森さんがしているからだ。
 いや、主が望んでいるからだ。
 
「日帰りの家族旅行というのかしら。栗拾いをしました」
「大量」
「でしょう? 私はとても頑張りました。大満足の山狩りなのです」
「意味がちょっと違う」
「この働きに見合った品を、そうですね。コウちゃんが作ったものを何かくすねて来ましょう」
「泥棒癖をつけないようにって言われたから、大丈夫だ」
「むう。ヒロくんはゆーずーが利かない。ゆずが嫌いだから?」
 
 唇を尖らせて不満気な下鴨弘子。
 いやいや、下鴨一家のためになんで俺たちが栗の皮むきをしないとならないんだと叫びたいが月森さんは淡々と作業している。この人はどれだけ人格者なんだろう。人の愚痴に対して微笑んで相槌を打つことはあっても自分から現状に対して不満を口にしない。
 
 俺は主が居なかったら即座に会社を辞めるレベルに疲れている。
 
「ここに弘子いるか?」
 
 ノックと同時に扉が開いた。
 こんなことをやりだすのは下鴨弘文だ。
 元社長としてなのか好き勝手する無神経男だ。
 もし、室内で誰かが何かをしていたらどうするつもりなんだろう。
 ノックをしたら一拍おけ。これは常識だ。
 
「お、弘子いたか」
「なになに、もう帰るの? 随分とお早いですね」
「いや、報告待ちでちょっと時間できたから」
「そんなに娘の顔が見たいと?」
「それもあるけどな」
 
 なんだかんだで父親を慕っているのか現れた下鴨弘文に飛びつくような下鴨弘子。
 頭を撫でられながら楽しげな顔を見せる。
 いつも主に愚痴りだすのが嘘のような媚の売りようだ。
 これが女の二面性なんだろうか。
 
「俺?」
「あー、なんつうか」
 
 主の声に耳をすませつつ無心になって栗をむいていた俺をチラ見してくる下鴨弘文。
 言い難いなら席を外そうかと月森さんが切り出すので俺も弁えていますという顔をする。
 ハンカチを噛みしめたい気持ちと大人の対応をする月森さんに心から拍手を送る。俺たちはこいつが食べるだろう栗をむいてやっているのだ。
 だというのに邪魔者扱いなど人として間違っている。
 主は気にしていないと俺たちを作業に戻らせた。
 そうだ。俺たちは何を聞いたとしても下鴨弘文を陥れたりなどしない。
 愛社精神はないし、下鴨弘文第一主義者たちに混じるつもりもないが、波風を立てるつもりもない。
 主が望まないことをするわけがない。
 
「ヒナって」
「なに」
「オセロ弱いのか」
 
 なに言ってんだコイツは、と叫ばなかった俺はとても偉い。
 包丁が指を傷つけることもなかった。耐えた。
 
「久道とそういう話になって、いや、オセロの強さの話をしてただけで悪い意味じゃない」
「うん」
 
 首を縦に振るだけではなくきちんと相槌を打つあたりが主の丁寧さだろう。
 俺に対しては視線だけか、視線すらないこともあるが、月森さんとは目を見て報告を聞いている。
 
「で、オセロ弱いのか?」
「……やる?」
 
 下鴨弘子という子供が居座る託児所化したせいで無駄にボードゲームが増え始めていた。
 オセロも将棋も囲碁もチェスもパソコンを使ってやればいいと思う俺だが主が現物を使うことを望むのならば止めはしない。子供は電気のないゲームで遊ぶのも大事だ。
 
 
 
 結果、主と下鴨弘文はゲームをやりきることなく終わった。
 いいや、正確に言えば盤上を白と黒の駒が埋まる前に主が打つ場所がなくなり終了。
 下鴨弘文は意外と強いのかと驚きつつ栗をむく。
 昔から人間を使った陣取り合戦をしていただけはあると思って少し感心する。
 
「私も! 私ともやろうぞ!!」
 
 手を挙げて元気よく主の前に躍り出た下鴨弘子。
 子供はかわいそうだ。身の程を知らない。
 そう思っていた俺の前に意外な結果が突きつけられた。
 思わず指を怪我してしまった。
 
 月森さんに心配されながら部屋から離脱したのでその後にあった会話を俺は知らない。
 
 主はオセロの強い月森さんと互角か時にそれ以上の強さを見せていた。
 それがどうして子供に負けるんだろう。
 もしかしたら下鴨弘子が特別強いのではなく優しい主が手加減したのだろうか。
 それはありそうな話だ。
 主は子供に甘い。
 
 悔しさは月森さんに丁寧に優しく治療されて忘れたかったが、忘れられない。
 もっと栗を無心でむく俺を労われと主ではなく下鴨弘文に思ったが気づいたら下鴨弘子を連れて部屋から消えていた。
 帰ったのかもしれない。お気楽な社長一家だ。
 
「接待」
「はい?」
「そういうのいらない」
「はい」
 
 淡々として温度のない声はサングラスがなかったとしても感情を読むことが出来なかっただろう。
 俺は主が月森さんに何を言ってるのか分からなかったが、月森さんは察しがついたらしい。さすがだ。
 
 
 後日、主から見たことのない形状のハサミっぽいものを渡される。
 月森さん曰く、栗をむく用のキッチン用品だというから喜ぶべきか悲しむべきか分からない。
 包丁で指を怪我した俺を慮ってくださったのだろうが、むくべき栗が延々とやってくることを想像すると気が重い。
 だが、主からの初めての贈り物なので喜んで神棚に飾るべきだ。
 俺は栗むき器を置く用の場所を用意したが、下鴨弘子という破天荒な小学生女子により祭るものが栗むき器ではなく下鴨康介の写真になった。
 
 この会社は随分とエクセントリックだ。
 例外は月森さんぐらいだ。
 
 
2017/12/05
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