番外:下鴨家の人々プラス「海問題 下鴨弘文から補足と決定」

下鴨弘文視点。


 自分が一番強く恨まれていると笑いながら言いながら「弘文に一生、恨まれることをするのと弘文の記憶から消えるのと弘文の役に立つのと何がいいですか」と口にする康介はいい根性している。自分に挑みかかるか、そのまま去るか、あるいはお茶を濁すような現状維持かをたずねた。
 
 今まで真正面から選択肢自体を見せられたことがないからか久道の兄貴は狼狽えていた。
 
 
「ヒロくんはコウちゃんを恨んでるの」
 
 
 鈴之介がよくわからないと首をかしげてるので「俺の話をアイツは全然聞かねえからな」と返すと「それってヒロくんもだよ」と言われた。
 
 性格的に俺は温厚じゃないがネチネチと引きずったりもしない。
 あえて言えば、居ないというのに引っかかり続ける母親のことや居るのに居ない父親のことなんかは女々しく考えもする。
 
「康介が憎たらしいのは分かってねえのに分かってるとこかな」
 
 何度か殺してやろうかというほど康介に苛立ったことがある。平気で俺も自分も子供も捨てられるような言動をする康介。俺から離れようとする康介のことはそれこそ殺したいのかもしれない。
 
 康介が訳の分からないことを言っている時、そこで俺が悪いのかとか、俺が間違ってるのかと考え込んでも始まらない。俺が譲歩する必要はない。
 
 俺は悪くないと一貫して主張し続けていれば康介は落ち着くのか納得するのかよくわからない自暴自棄をやめる。
 康介が面倒くさいのは出会ったころからずっとなので気にしていられない。
 聞き流しすぎだと言われることもあるが、康介の方が俺の言い分を聞き流している。
 頭の回転は速い癖に理解が遅い。俺に対して考えることをサボっているんじゃないだろうか。
 
「ヒロくんって会社のこと、どうでもいいの」
「金を稼ぐ場所は必要だろ。誰にでも」

 鈴之介は「あぁ、ヒロくんって上に立ちたがりって、わけじゃないんだ」と勝手に納得した。
 社員数が増えて規模がデカくなるとしがらみが増えて面倒で面倒で。
 康介がやるならそれでいい。久道の兄貴もそういう方向に持っていくために康介を突っついているんじゃないだろうか。
 昔の康介なら「全部オレがやる」と社員を全員解雇するぐらいの無茶をしようとするが、今は違う。さすがに大人になった。
 
 結局、久道の兄貴は「弘文に一生、恨まれることをするのと弘文の記憶から消えるのと弘文の役に立つのと何がいいですか」というよくわからない選択肢の中で俺に役に立つというものを選んでくれた。
 
 性格的に現状維持しか選べねえだろうと思いながら、あいつはなんだかんだで優しいと俺は思うことにした。
 
 想像だがあいつは同性愛者が嫌いなんだろう。
 そのくせ異性愛者でもない。
 笑いながら他人の輪の中に溶け込んでいるのに愛情に対しての理解がない。
 誰かが誰かを好きだとか、そういったところから発生する揉め事に冷たい。
 以前、久道が修羅場を更に修羅場にするとあいつに対して言っていたことがある。
 荒れさせるのは自分が手に入らない、自分が持ちえないものへの憧れや嫉妬心と憎悪といったところだろう。
 
 俺に対して気安いのは久道の友達だからではなく、同性から言い寄られても断りはするが拒絶せず、異性にも一定の距離を置いていたからだ。誰かと肉体的にどうにかなるのは考えられない。精神的にだって無理だ。
 
 久道は俺のそういう「無理」という感覚に対して、自分は平気だからと請け負った。
 久道の兄貴はそんな久道を見ていたからか俺の「無理」を自分にとっても「無理」なことにした。
 自分も同じなのだと擬態するのは会話の手段として有効だが、あいつはどこからどこまでが偽装で、どこからどこまでが本音かを自分にも嘘を吐いて分からなくする。だから、あいつの真実には興味も意味もない。
 
「弘文、細かいことは後にするけど、オレは社長になるし、久道さんを秘書に雇うし、久道兄は開拓地送りでいいんだよね」
 
 開拓地というのは冗談だ。
 愛想がいいのと人を見る目があるのは間違いないのでそれを正しく使おうという話らしい。
 康介の言う通り能力は正しく使うべきだが、本人に使う気がないのならどうしようもないと俺は思っていた。
 それこそ、下鴨康介のことだ。
 生徒会副会長として有能であっても役職にも仕事にも固執しないから面倒くさい。
 弓鷹がぼそっと康介への報酬は俺だと言っていた。
 副会長をやっていた時も本人が似たようなことを言っていた。
 俺と一緒に生徒会室という空間にいるためだけに副会長をするのだと舐めた発言だ。

 自分のためにやるということをいつまでたっても覚えないのかと思ったら「出来る旦那として弘文に楽をさせてあげる」と自信ありげに言いだした。俺のためではあるが自分がしたいからするということらしい。
 
 弘子は「納得いかんっ。これではヒロくんの一人勝ちでしょう」と言い出した。俺が勝つと悪いみたいだ。なんでだよ。
 
「康介が言い出したら聞かないのは分かってただろ。だから、ありがとうな」
 
 手を振る俺にショックを受けたような分かっていたような複雑な表情をする。
 弘子に「なんでお礼言うの」と言われたがわざわざ頼んでいたワインを運んできた上に社員が二人増えたのは俺にとってプラスだ。
 
「なんなのっ!! 正義は勝つとは限らないって掛け声でジャンケンしだす男子を見た時ぐらいに気持ち悪いっ」
「地方や年代によるだろうがよくあるやつだぞ、それ」
「コウちゃんを泣かした奴に優しくするなんておかしいでしょ。お礼ってなんですか!? 百四十文字以内で説明して」

 ツイッターにでも投稿したいのか謎の発言をする弘子。
 
「康介、泣かされたのか?」
「弘文に泣かされたっていうのを実感したらなんか笑えた」

 怒る弘子に反して康介はスッキリした顔をしている。
 俺に泣かされるのが好きだという趣旨の発言なら表情から分からないだけで頭の中身は卑猥なことが詰まっているんだろうか。
 
「俺はお前をよく泣かしているかもな」
 
 ベッドでの話を夜が更けてきたからといって急に吹っかけてくるだろうか。
 疑問はあったが聞き返すタイミングでもないので頷いておく。
 
「弘文は今後ドSを名乗るべきだ。そして、ハーレムは解散」
「ハーレムなんていないっ。お前はいい加減にしろよ」
「社長になってちゃんと全部確認する」
「しろしろ。社員の八割は筋肉たちだ」
「弘文が筋肉好きだなんてっ。ガチムチ男を愛人に」
「うせぇ! お前こっち来い」
 
 どちらかといえば康介の方が軽率に浮気をしそうだ。
 子供たちから変な目で見られるので康介を放置しておくと面倒くさい。
 手招きした俺を無視することなく近寄ってきたと思えば人の上腕二頭筋を突いて「弘文は細マッチョ?」と言い出す。
 
「あ、ちょ、ヒロくん、あの人帰っちゃうけど」
「話は終わっただろ?」
 
 何が問題なのかと弘子に聞くと「信じられない無神経さ」と言われた。
 
「ヒロって去るやつに雑だよね。残ってたら適当に構うだろうけど」
「ひーにゃん笑い事じゃない! さよなら、またね、バイバイぐらい言っていくものじゃないのですか?」
「大人は大体はそれじゃあ、だな」
「それじゃあ、なに? 言葉が続きそうでモヤモヤする」
「大人になるっていうのはモヤモヤを抱えることだな」
 
 適当な受け答えを弘子にしていると康介が「馬鹿にされてるっ」と煽るようなことを言ってきた。
 
「弘子がせっかく納得していたのに」
「してません! ヒロくんはもっと誠意を見せて自分にできる最大限の力を示して」
「よくわからないが……、康介が社長になるから学校から家じゃなくて会社に来ていいぞ」

 既婚者が増えているので社内に託児所を作ろうかという話もある。
 そういうところの調整や金策は苦手なので久道の兄貴任せなところはあったが、康介の方が上手くいきそうなのは分かる。
 俺への言い分は筋が通らないわけのわからないことが多いが、理詰めの話ができないわけじゃない。
 法的な話や契約関係の話は康介の方が向いている。
 だからこそ俺は康介に婚姻届をまず見せたのだ。
 どれだけの重さがある決意表明だったとしても伝わないなら意味がない。
 長い間、意味がなかったのだと気づけずにいた。
 
 弓鷹を見て、指輪を思い出し、プロポーズについて考える。
 上手くいかないものだと思いながらも「好きに使える社員たちを用意する」と弘子に約束する。
 ヒナを筆頭して康介や子供たちに会いたいとうるさい社員たちは多かった。
 弘子に遊ばれて通常業務に戻りたがるか使われたがるか、仕えたがるか。
 
「瑠璃ドンは?」
「瑠璃川は休みの日なら付き合ってくれるよな」
「え、えぇ?」
 
 自分の名前が出ると思わなかった瑠璃川はうろたえる。
 康介が「会長、また遊ぼう」と言うと反射行動のように頷いた。
 瑠璃川は自分がもてあそばれるのだと分かっていてもホイホイやってくるのだろう。
 
「ヒロくんに何かをするとコウちゃんから苦情が来ますのでヒロくんの持ち物である野郎どもで一旦手を打ちましょう」
「社員と瑠璃川は俺の持ち物じゃないからな。弘子は何かしたかったか?」
 
 言っていいぞと口にすると目を見開いて驚かれた。
 康介に俺は浮気をしていないと言った時と同じリアクションだ。
 俺はそんなに優しくない父親に見えているのか。どういうことなんだ。
 
 
2017/10/04
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