番外:下鴨と関係ない人「不必要な×××」

×××視点。 

 
 僕は自分を不形態の泥だと思った。
 どんな形にも変えられて自由な存在。
 そう思っていたけれど、木鳴弘文は「不自由でかわいそうだな」と嗤った。
 そこに惹かれたあたり僕は泥ではなくヘドロだったのかもしれない。
 それとも乾燥して表面がひび割れていたのかな。
 
 
 義理の弟に血のつながった弟が惚れた。
 男が男を好きになること自体は否定しないけれど、相手が悪い。
 全然脈のない相手を好きになるなんて不毛だ。
 でも僕は弟思いということになっているので弟のために行動する。
 血のつながった弟のために先日弟になった相手がどんなことをしているのか素行確認。
 家族の維持のためにも必要な行動だろう。僕は何もおかしなことはしていない。
 
 義理の弟は不良集団なのにわりと良いことをしているので判断に困った。
 
 悪い子ではないけれど良い子ではない。型にはまったことが嫌なのかなあと変装して近寄ったら全速力で逃げられた。バレるとは思っていたので驚かないが嫌われすぎだ。とても警戒されて威嚇するように一方的に帰れと言われた。反抗期の少年の言動としては普通なのかもしれないと思ってもビックリする。
 
 僕は敵意というものと無縁に生きていたのだとこの時に知った。
 人から嫌われない立ち回りばかりしていたのでひー君の態度には驚くばかりだ。
 
 何もしていないのに嫌われる僕を木鳴弘文は笑った。
 こんなに面白いものはないと涙さえ浮かべて「かわいそうに」と僕に言う。
 
 何がなのかと聞く前に木鳴弘文は頭をトントンと指で押してきたと思ったら「抜けてるよな」と言われた。
 それがドジだという意味での抜けているではなく、頭のネジが抜けているという意味だと気づいたのは病院のベッドの上だ。
 
『何が悪いのか分からねえんだろ』
 
 包帯だらけの僕に「ごめんな」と木鳴弘文は言う。
 僕は何もかもが分からなかったけれど「こういうこともあるよ」と微笑んだ。
 
『その場その場は取り繕えても全体はそこまで見てねえんだよな、お前』
 
 木鳴弘文は「俺もだけど」と嗤う。
 自嘲なんだと思った。ずっと初対面の時から僕を見て木鳴弘文は自分を嘲笑っていた。
 
『自分がやるべきだっていう感覚、俺はわりと分かる。憎まれ役でも敬われる役でも俺以外がやるならそれでいい。俺しかやれないなら俺が請け負おうって思う』
 
 世界を構成するパーツとしての自分。それを木鳴弘文は強く感じているらしい。
 仕方がないかもしれない。木鳴弘文が手を伸ばして保護しなければ救えなかった命や関係性は多い。
 優しさを与えられていなかった子供たちを木鳴弘文は同胞として拾っていった。
 心に抱える淋しさを道しるべにしてかわいそうな子たちを見つけてしまう。
 
 僕がかわいそうなのかと問われるとよくわからない。
 
 笑っていないと実の父に殴られる家庭環境が十歳まで続いた。
 兄として正しい姿だと思ったので弟の代わりに殴られていた。
 弟が殴られそうになったらお皿を割って自分が殴られるように仕向ける。
 いつだって僕の行動は成功していた。
 
 場所が家でなかったとしても同じだ。
 学校でも僕は笑い続けた。
 誰かが吐き出す憎しみや憤りを吸収して気持ちがスッとする手伝いをする。
 殴るのが楽しい奴には殴らせてやる。僕ではなく別のやつを殴られる役として用意することも覚えた。ちょっとしたコツやタイミングが合えばなんとかなるものだと思った。
 
 僕以外の誰でも同じような手法でトラブルを処理しているはずだ。
 世界には憎しみが溜まっているから爆発する前に発散しなければいけない。
 それをできる位置にいる僕があれこれと手を回すのは何もおかしなことじゃない。
 
 
 あるところにAさんが居ました。
 Aさんのことを好きなBくんが居ました。
 二人は付き合いだしましたが趣味が合わないので一緒に居てもギクシャクします。
 Bくんを好きなCくんが居ました。
 男同士だし、Aさんと付き合っているのでBくんを諦めるべきだと思いながらCくんは男の人に身体を売りました。
 セフレや男の恋人ではなく援助交際です。犯罪です。
 これはよくありません。
 
 ということで僕はBくんに親友のCくんの状況を教えました。
 すぐにCくんの気持ちを受け入れられなくても恋人であるAさんと上手くいっていないBくんは仲良しのCくんのそばにいることを選びました。
 Aさんには淋しくないようにCくんの話をBくんにする前に合いそうな相手を紹介しています。
 Aさんが浮気セックスしているのを見てCくんの一途な気持ちがBくんに響いたのかもしれませんが、それはたまたま偶然です。
 
 と、まあこういったことに学生時代、僕は何度も関与した。
 木鳴弘文に僕は正しいのかなとたずねるといつでも「正しいと思ったからお前は動いたんだろ」と返される。それは僕を肯定しているということだ。嬉しくなるし安心する。
 
 もしAさんが僕にハメられたと言い出しても、CくんにBくんに教えるなんてひどいと言い出しても木鳴弘文が「お前にとっては三人全員が不幸になっても三人全員が幸せになっても関係ないからいつでも同じ行動をするだろうな」とわかってくれる。
 
 彼らの関係がどちらに転んでも僕には関係ないけれど、有耶無耶にしているのは気持ちが悪い。
 Aさんが妥協してBくんと付き合っているのを隠して笑っている姿は気持ちが悪い。
 Bくんが何も見えず、何も聞かず、何も考えない姿も気持ちが悪い。
 Cくんが性的マイノリティで臆病になるだけではなくBくんを理由に悪いことをするのは最低だ。
 犯罪行為をしながらBくんとの幸せを夢見るCくんは汚物だ。
 
 血のつながった僕の弟は好きなだけだ。好きな気持ちを溜めこんでいるだけで好きな相手に何のリアクションもしないのはCくんと一緒だけれど援助交際になんて手を出していない。犯罪なんかしない。男に抱かれたいだけのCくんみたいな汚物とは違う。
 
 そう思うと生まれてからずっと守ってきた弟が綺麗な天使に思えて安心する。
 僕の気持ちを木鳴弘文は「たまねぎを剥いていったら何もないって見せかけて中身腐ってるみたいな状態だな」と嗤う。
 自己中心的な感覚や私怨を常識と厚意とお節介でコーティングするのはそんなにおかしなことじゃない。ありふれていると思う。
 
 
 どうにかして弟たちが付き合ったりしないかと僕はいろいろと考えた。
 一番は僕と木鳴弘文が付き合うことだ。
 
 ひー君は木鳴弘文と双子ごっこをしているみたい。
 ミラー効果ってやつなのか、同じものを食べて同じ音楽を聞いて同じ好みだからこそ、木鳴弘文が僕を好きになったら嫌っている僕を好きになるだろうし、男と付き合うことに対して前向きになって弟を見てくれるかもしれない。
 
 木鳴弘文は僕の提案を笑い飛ばした。
 二重の意味でないと言う。
 
 僕を木鳴弘文が好きにならないし付き合わないから、ひー君もまた僕を好きになったりしない。
 これは確かにその通りだった。
 
 
 下鴨康介とひー君の関係を見れば完全なる片思いで木鳴弘文に彼氏としてアリなのか聞いたら下鴨康介と付き合ってなどいないと言われた。どう考えても付き合ってる。ひー君が木鳴弘文の感覚に引っ張られているのは分かりきっているのになんで放っておくのか分からない。
 
 二人の子供が住む家族の中にひー君を引きこんで住まわせる木鳴弘文の感覚は謎だ。
 ひー君が嫌いで嫌がらせをしているんだろうか。
 僕たちの家にひー君の部屋はちゃんとある。学生時代は寮生活がほとんどだったので部屋にあるものが僕が義理の父からお金をもらって揃えたものだ。
 離職中でお金に困ってそうなひー君が実家である自分の場所に帰ってこない理由が分からない。
 
 僕はそういったひー君の謎を探るためもあるし、楽しかったので木鳴弘文の力になることにした。
 学生時代にやりすぎてひー君の居場所を奪ったと思われて怒っているんだろうかと思うこともある。
 木鳴弘文の役に立つ右腕ポジションみたいなものにひー君が固執しているなら僕はちょっと怒られても仕方がない。
 
 他は何も悪いことをしていない。
 そう思っていたけれど、すこしだけ、下鴨康介は苦しみぬけばいいのにとは思った。Cくんに対して思ったような強い気持ちじゃない。すこしだけの嫌悪。他のみんなも感じていた嫌いの気持ち。
 それをひー君が僕に怒るのは筋違いだ。下鴨康介、彼自身が僕に言わなければならない。
 
 彼の性格を考えてそんな日は来ないだろうと思っていたら違った。
 木鳴弘文が「お前の想像の外側にいるやつと話し合えるか」といつか言っていた言葉を思い出す。
 
 
2017/09/29
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