番外:下鴨家の人々プラス「海問題 次男にとっての問題は復活する」

番外:下鴨家の人々プラス「海問題 下鴨康介は誰より自己中心的だ」の二十分後ぐらい。

下鴨弓鷹視点。

 
 ヒロくんとコウちゃんは何だかんだと言い合いながら二人で一つのものを食べている。
 
 兄貴が作った魚のホイル焼きだ。
 コウちゃんは塩だけで美味しく食べていてヒロくんはご飯に合わせるためにバター醤油にした。
 でも結局はシェアとか、半分ずつではなく二つの魚を一つのものとして一緒に食べている。
 バター醤油を吸ったシイタケをコウちゃんは美味しそうに口にした。
 ジャガイモと魚では感覚が違うのか、ヒロくんがコウちゃんの魚にオリーブオイルをかけても何も反応を見せない。
 
 瑠璃川さんとやってきたヒロくんの会社の人らしい相手とコウちゃんとの修羅場のようなものを兄貴はまったく気にしていない。冷めかけた魚のホイル焼きをヒロくんが手を付けてくれたことを喜んでいた。ジャガイモでお腹がいっぱいになったのかと売れ行きの悪い自分の魚を気にしていた兄貴。
 
 兄貴はやっぱり兄貴で、俺は俺でまだまだ子供なんだとこういう時に思ってしまう。
 
 ヒロくんの指示であたらしいホイル焼きを制作していた兄貴は大物だ。コウちゃんと名前も知らない人のやりとりを見ることもないヒロくんに不満を持つ俺とは違う。
 
 眠っている深弘を背もたれのある椅子に座らせて自分の上着をかけるヒロくんに兄貴はスポーツタオルを渡した。
 
 風が少し寒いので肩に羽織っているといいという優しさなんだろうが、置いていた位置が悪いのかタオルは煤で汚れていた。薄暗くなっていても分かるそれをヒロくんは気にせずに貰う。渡してから汚れに気づいた兄貴は慌てるが、微笑んで礼を言えるヒロくんは大人だし、モテる理由がわかる。
 
 ヒロくんは他人を持ち上げはするし、褒め称えることはあっても責めたりこき落としたりしない。
 
 コウちゃんに対するダメ出しが激しいので忘れがちだけれど、ヒロくんは褒めて人を伸ばすタイプだ。瑠璃川さんに対する言動は部下への指示と後輩へのかわいがりが混在しているせいだろう。
 
 今までヒロくんの態度は叱られるようなことを俺たちがしてこなかったからだと思っていた。けれど、弘子の言動をあまりヒロくんが注意しないことを考えると、この考えは間違っていたのかもしれない。
 
 コウちゃんに対してヒロくんが酷いとたびたび思うのはコウちゃんの頑張りや我慢を全然見ていないからだ。弘子がコウちゃんの代わりのように声を上げることは数えきれないが、ヒロくんには伝わらない。頑張って訴えている弘子を見ているだけでその後ろのコウちゃんは脇に置いている。
 
 今日にいろいろと俺の中のわだかまりをヒロくんにぶつけてそれで終わったつもりでいた。
 つもりはつもりだ。何も終わっていない。
 俺の訴えをヒロくんは感じてもその後ろのコウちゃんを見ない。
 これは仕方がないのかもしれない。
 
 ヒロくんはヒロくんで、コウちゃんはコウちゃんだから、俺よりもお互いがお互いで分かり合っている。同時にどこまでも噛み合わないままだ。
 これにより俺の感じる歯がゆさもまた消え去ったりしないままになってしまう。

 俺の預かっている結婚指輪をヒロくんが改めて渡したらきっとコウちゃんはとても幸せになる。でも、それは日常の一ページでしかない。コウちゃんの世界はそこで終わりにならない。ヒロくんに結婚指輪を貰った瞬間にコウちゃんは死ぬわけじゃない。
 
 コウちゃんの中にある不安感も淋しさも何かの弾みで増えたり減ったりする。生きているから当たり前だ。
 その要因はヒロくんだから、もっとどうにかしてと弘子は言うと俺も思う。
 ヒロくんは自分の価値を分かっているのにコウちゃんを幸せにしようとはしない。兄貴が昔にこだわっていたようにコウちゃんが欲しがるヒロくんからの好きって言葉をあげない。
 
 今までずっとヒロくんはコウちゃんに自分を欲しがらせておくのが好きなのかと思っていたので気にしていなかった。けれど、ヒロくんのいろんなものが無意識に滲む恐怖からなら動かない理由も分かる。進んだら死んでしまうし変わってしまう。だから、ヒロくんもコウちゃんも変わらない。ふたりとも、自分たちを生かすための手段、自分たちが息をしやすい場所を知っている。そのことは理解してあげたいと思ってしまう。だって自分の両親だから。
 
 俺はコウちゃんの味方だからこそヒロくんの味方でもある。ヒロくんの勝手さや下鴨の家の気分の悪さはあるけれど、俺の生まれた場所はここであって他じゃない。
 
 木鳴のおばあちゃんがヒロくんの両親について語ったことはとても少ない。でも、コウちゃんが真剣な顔だったから覚えている。ヒロくんの過去の話はいつも楽しそうなのにヒロくんの両親についてのことはそうじゃなかった。
 
 俺の中には覚えていても繋がらない情報がいくつかあり、それはふとした拍子に真実だという顔であたらしい形になって目の前にやってくる。
 
 俺の考えが正しいのか間違っているのかなんてどうでもいいけれど、ヒロくんはだまし絵みたいだ。自覚的に矛盾している。コウちゃんがヒロくんは走り続けないと疲れるのだとおかしなことを言っていた。今ならそれが分かる。ヒロくんは途中経過でしかない状況を保存している。コウちゃんを振り回すことになるとしてもヒロくんに他の道はない。
 
「ヒロくんってコウちゃんを自分の一部みたいに思ってる……」
 
 だから、意識的にコウちゃんを悪く言ったりする。自虐の一種なんだろう。その迷惑なコウちゃんへの愛し方を知っていたけれど、それは俺が思うよりも強くて重かった。
 
「自分の一部ってことはないけど、昔、ちょっと間違ったことはあるな」
「間違いって、なに」
「康介の強度を勘違いしてた」

 精神的な話なのか、肉体的な話なのか分からないけれど、俺が、二人の子供である俺の言葉をヒロくんは絶対に軽く考えない。コウちゃんの言っていることは聞き流すのに俺の気持ちを馬鹿にしたり茶化したりしない。ヒロくんのこういったところは有り難い。幼稚園や小学校で子供の話を聞かない大人と出会ってきたからこそヒロくんの優しさは分かる。
 
 ただその優しさはコウちゃんに向かない。コウちゃんが自分の子供ではないからだ。そしてきっと、恋人だと思ったこともない。甘い関係をコウちゃんが求めてもヒロくんからするとそれは胡散臭くていかがわしくて信じるに値しないものだから、いらないんだ。
 
 コウちゃんは必要でもコウちゃんが欲しがる関係が苦手なんてヒロくんにのしかかる矛盾はとんでもなく大変だ。投げ出したって誰も責められないものをヒロくんは爆弾みたいに抱えている。
 
「正確に言えば、材質、いや性質か?」
「……弘文、オレを何だと思ってんの」
「ダイヤモンド?」
 
 さらっと口にするヒロくんにコウちゃんが「おぉ、やった!」と喜んだ後に「あれ?」と首をかしげる。
 
「ダイヤモンドは砕けないが粉々になるし欠けるし燃えるから万能じゃねえよな」
「ほめてるの? ねえ、弘文、オレのことほめた?」
「いいから、康介はリンゴを取ってこい。弘子が作った焼きリンゴが食べごろだろ」

 コウちゃんを手で追い払うようにしてあしらうヒロくん。
 俺と話すためとはいえ、ヒロくんに邪険扱われるコウちゃんに罪悪感が湧く。
 
「ヒロくん、指輪は」
「今日か明日か、どうするかなあ」
「いつでも、同じなのかもね。ヒロくんにとってもコウちゃんにとっても」
「同じってことはないだろ。式は季節を考えないと」
 
 ぽろっと口にするヒロくんに「しぃー」と俺は思わず口の前に人差し指を立てて告げる。
 周りにはきっと聞こえていない。
 
「ヒロくん、そういうのはサプライズで発表して」
 
 コウちゃんは絶対に喜ぶ。ヒロくんの頭の中にそういったことがないと知っているからこそ、全力で喜びをかみしめる。
 
「弘子と深弘のドレス姿とか、かわいいよな」
 
 メインを自分とコウちゃんじゃなくて子供にする気だ。
 愛が足りないなんて言ったところでどうしようもない、いつもどおりすぎるヒロくん。
 
 俺が出来ることがあるのか分からないけれど、この問題は近いうちにどうにかしなければいけない。
 このままなら弘子ブチ切れが確実な大問題だ。
 
 
2017/09/19
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