番外:下鴨と関係ない人「とある洋菓子店の店員」

とある洋菓子店の店員視点。


 私には今、ものすごく気になっている人がいる。
 子持ちなので好きとか嫌いとか、そんなことじゃない。
 
 平日、毎日十五時前後にやってきてくれるお客さま。
 彼なのか、彼女なのか実はちょっぴり判断がつかない。
 声を聞いた覚えがあまりない。
 
 平均的な身長の私が見上げることになるぐらいに背が高い。といっても、あの人から筋肉質な男性らしいゴツさを感じたりはしない。女性的ではなくても女にだって高い身長で肩幅がある人はいる。
 
 大き目のサングラスは似合いすぎていて逆に違和感を覚えてしまう。駅が近いわけでも人通りが多いわけでもない街中で見かけるのは不自然。駅前のポスターになっていそうなオーラがあるのに買っていくのはケーキかサンドウィッチ。
 
 注文は指さしてされるので日本語が読めない可能性を考えてしまう。
 抱き上げているお子さんの服装や顔立ちがスウェーデンやフィンランド系なので、あの人も、北欧のご出身なのかと想像する。
 
 顔立ちだけで人種が分かるほど海外に精通していないけれど、テレビで見る色白でかわいい海外の子が目の前にいるので話しかけたい。自分の出身地の話なんかはポピュラーな会話の導入だ。
 
 そんなことを思いながらも注文された品物をお渡しして終わる日々。
 
 
 ある日、お店は店舗を増築する形で洋菓子店からカフェに生まれ変わることになった。
 店長である叔父さんは一旦、改装の名目でお店を閉めるつもりだったらしい。
 私は一度定着したお客様が離れると主張して規模が小さくなっても洋菓子店としての営業は続けるべきだと主張した。
 お店がなくなったと思ったあの人がもう来てくれなくなるかもしれない。
 平日に毎日来てくれるのは奇跡だ。
 
 最低でも工事に三週間ほどかかるというから、別のお店に通うことになったら戻ってきてくれないかもしれない。
 販売員として店にずっと立っている私を信用して叔父さんは店を完全に閉めるのをやめてくれた。
 あの人とのつながりが切れなくてよかったと思いながら、カフェができることを話すという役目が出来た。
 
 私はこの時、あの人のことも、何もわかっていなかった。
 
 
 
 業者さんとして出入りするガテン系イケメン集団に圧倒されつつ私は驚いた。
 あの人が一つ以上のケーキを買って行ったのだ。
 公園で子供と二人で食べているようだから、フォークを二つつけるか悩んだりしていたあの日が嘘みたい。
 二つのケーキに二つのフォークをつけるように頼んだあの人は十五時ではなくランダムな時間に一人で現れる。
 サングラスはしていないことも多くてケーキを選ぶときは身体がゆらゆらと楽しげに揺れていたりする。
 
 率直に言ってかわいい。
 
 サングラスがないだけで年齢が学生さんぐらいに低く見える。
 平日なので学生がケーキを買いに来るわけがないと分かっているけれど、そのぐらいに若々しい。
 
 ケーキを持っていくあの人がどこに向かうのか気になった。
 公園なら子供はどうしたんだろう。
 誰とケーキを食べているんだろう。
 ものすごく気になっていたせいか私はおつりを渡し間違ってしまった。
 大失態だ。
 
 厨房にいる叔父さんに声をかけて私はあの人を追いかける。
 
 公園の中に入るのが見えた。
 
 私はスパイ映画にでも参加している気分であの人を探す。
 公園のベンチに座っていたあの人に声をかける前にその膝の上にいる相手に気づく。
 顔は見えないけれど、確実に男性だ。
 
 大き目な体をベンチに横たえてあの人の膝を枕にしている。
 羨ましい恋人同士、いいや、夫婦の風景なのかもしれない。
 あの人が愛おしそうに満足げに膝に乗せられた頭を撫でていた。
 身長は高くても細い印象があるあの人には膝枕はつらそうだと思うけれど、きっとこんなツッコミは無粋だ。
 
 どうしようかと立ち尽くす私にあの人の視線が向けられる。
 口を開いた私に人差し指を唇の前に立てて小さな声で「あした」と告げられた。
 おつりのことや、謝罪したい気持ちから私は公園まで走ってきたわけじゃない。
 公園で目の前の人がどう過ごしているのかを知りたかった。
 そんな気持ちを見破られてしまった気まずさから私は頭を下げてお店に引き返す。
 
 さっさとおつりの説明をして謝れと思う一方で、膝の上で寝ているだろう人を起こしたのなら、あの人はもうお店に来てくれない気がした。明日とわざわざ言ってくれているのに前のめりに踏み込むことなど私はできない。
 
 明日あの人の接客をするのは私だ。
 レジを閉めるのも私だ。
 あの場でおつりのことを切り出すのが常識的で正しいと思いながらできなかった。
 常識ではなくあの人の言い分を尊重したいと、どうしてか思ってしまった。
 
 
 翌日、いつもより心持ち早い時間に訪れたあの人は「昨日はごめん。スプーン忘れたとかでもないよね」と意外なほどフランクに話しかけられた。声で性別は残念ながら分からない。指輪をしているし、膝枕をしていた相手は男性なので男らしさのある女性なのかと思うべきなのに私は保留にしていた。
 
 男性だと断言するだけの情報が少ないけれど、同性だと思えない気配がどうしてかある。
 天使だとか性別がないと言われる方がしっくりくる。そういう雰囲気を目の前の人は持っていた。
 子供を連れていたのに生活感を感じなかったのだ。
 育児疲れがまったく見られない。
 
 子供の年齢から考えてとりつくろってもお母さんたちはどこか疲れている。
 逆に子供と接する頻度や時間のせいなのかお父さんたちは子供と一緒に居ても元気であることが多い。
 
 洋菓子店で接客している私の印象ではあるけれど、子供の元気さに大人はいつでも振り回されている。
 
 
「お釣り銭を渡し間違えてしまいました。大変申し訳ありませんでした」
「……それで、わざわざ。来てくれたのを追い返して悪かった」
「いえ、今日も来てくださるかもしれないと思ってはいましたが、そのお金のことでしたので……」
 
 疲れなどまるで感じさせない美しい人は私からレシートとおつりを受け取る。
 
「今日は昨日と同じのを」

 指さしての注文ではなく口で言ってくれた。
 もちろん何を購入されたのか覚えているのでケーキを取って確認してもらい箱に入れる。
 当たり前にフォークを二つ入れようとして「フォークは一つにしておいて」と言われた。
 見ると少し悪戯っぽくウインクされた。死んでもいいと思いながらも私の手はちゃんと機械的に動いていた。
 
「フォークはおひとつお付けいたしました」
 
 淡々と聞こえるように吐き出しながら今度はきちんとおつりをお渡しをしてお店から出ていく姿に頭を下げる。扉が閉まったことを確認してレジまで戻ってから全力で身悶えた。
 
 お客さんは居ないとはいえ、表情を顔に出したくない私は歯を食いしばって震えることになる。
 カフェを作るための工事の音がうるさいと思っても冷静になれない。
 
 一本のフォークで膝枕していた人と二つのケーキを食べるのだろう。
 それが心底嬉しいのだと微笑む姿は神々しいが「かわいい」と言いたくなった。
 
 
 そんな私は知らない。
 カフェが出来上がってオープン初日になぜかあの人が私と同じ服装で接客スタッフをしてくれることを知らない。
 翌日に男性用のウエイター服での接客。
 どちらも一つのテーブル以外に愛想がなかったけれど、似合っていた。似合いすぎていた。
 様づけして崇めたいところだけれど、立場上そうもいかない。
 
 私は心を鬼にして愛想笑いをお願いした。
 決して、私が彼だということを知った下鴨康介さんの笑顔を見たかったからではない。
 
 
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康介の行動の理由についてはハロウィンにてという前振り。
あるいはべつに続きとしてこちらに掲載してもいいです。
 
 
2017/10/03
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