番外:下鴨家の人々プラス「海問題 対峙してわかる退治の難しさ」

下鴨康介視点。


「コー君、僕は何も悪いことをしていないよね」
 
 
 気分的に先制攻撃をされた感覚になる時点で「悪いことをした」とオレは返事をした。仕方がない。だって、近づいたら自分は悪くないと言い出すから「オレはいま不快になった」と事実を伝えなければならない。
 
 こういうことをいうと弘文が隣にいたら叱られてしまうけれど、何を言われても気にしないと胡散臭く笑っているのだから真心を届けるのも優しさだと思う。
 
「弘文から『俺は兄弟関係に口を挟まない』って二人とも言われてたんだよね? だから、空気感がギクシャクしている」
「康介くん、切り込んでくるね」
 
 久道さんが余裕のなさそうな顔をする。困り顔というよりも今すぐに弘子を抱きしめてぐるぐる回りだしたいという顔だ。弘子もそういう扱いをされるのが好きなタイプだから好きなだけぐるぐるしてやるといい。深弘は三半規管が弱いのか揺さぶられるのは大っ嫌いだけれど、弘子はジェットコースターもマッサージチェアも好きだ。
 
「久道さん、弘子を背中に乗せて震えるのもいいと思います」
「ごめん……親切心かもしれないけど、羞恥プレイかな?」
「コウちゃんの目にはひーにゃんが生まれたての小鹿のように見えるってことね」

 弘子が自信満々に話を脱線させた。

「生まれたての小鹿に人が乗ったら小鹿の今後はどうなるんだろう……」
「複雑骨折かな?」
 
 久道兄も乗ってきた。まともに話す気がないらしい。ここに大人らしい大人は弘文しかいないんだろう。深弘を膝に乗せて寝かせている。オレが席を立ったら弘文が座っているので最初から自分のために会長に席を用意させたような気がする。弘文はそういうところがある。一石二鳥、一挙両得。損得勘定が一方向ではなく多方面に広がっている。
 
 オレと結婚したときに木鳴のおばあちゃんの話をした。それは本当のことだ。
 この前のオレにワガママを言っていい自由を与えてくれるための結婚だっていうのも本当。
 
 弘文の言動は一つの意味じゃない。
 いつも色んなことをしているからこそ弘文は現在過去未来前後左右上下と様々な方向を見ている。
 その弘文がオレが昔のことを久道兄に話をつけに行くのを歓迎していて、基本的に久道兄を庇いだてるような発言を続けているということは思った以上に久道兄はヤバイ人だ。
 
 久道さんの反応よりも弘文が相手をどう取り扱っているのかのほうが評価メーターがわかりやすい。
 
 
「弘文は人と人がいれば摩擦が生じるって言ってる。摩擦っていうのは引っ掛かりで、引っ掛かりが顕著だとトゲになって相手を傷つける」
 
 あまりこういうことは口にしないけれど、攻撃的な態度ばかりとると弘子自身が反省タイムに入ってかわいそうなので親としてちょっぴりフォロー。
 弘子の肩に手を置くと「やりすぎないようにコウちゃんに任せる。でも、必要になったら私は前に出る」と返された。オレに似ていると思っていたけれど、こういう冷静さは弘文ゆずりだ。オレが決着をつけるべきだと思ってくれているところも弘文と同じなんだろう。
 
「ぬめぬめして、ぬちゃっとした感じは気持ち悪いけど、弘文はきっと潤滑油って受け取るんだろうな。人と人とをぶつかり合せ過ぎないようにするために必要なクッション材。だから、弘文はあなたを悪く言わない」
「コー君も僕のこと悪く思っていないよね」
「いやいや、さっき悪いって言ったばっかりです。オレは意図的にマズイ飯を食べさせられたことを忘れてません」
「ヒナちゃんが食べていたんじゃないの?」
「残飯が残飯処理係として活躍したのは結果論であって、そこまで込みで計画したわけじゃないだろうし、そもそも計画もしてないはずだ」
 
 久道兄は首をかしげて微笑む。ここで笑うからこそ怪しい人間すぎる。
 
「囁きかけて不正を誘導して最終的に予定した範囲に現実がおさまったとしても自分の成果だと思うなんて恥ずかしいだろ。だって、それって全部、弘文がやってるんだから」
 
 久道さんと弘子が「は?」「え?」と声を上げる。
 この二人は久道兄と何を話すつもりで向かい合っていたんだろう。どうしてここで驚くんだ。
 
「所詮は弘文の許す範囲の弘文の機嫌を損ねないレベルの言動で弘文が許容できる程度の嫌がらせしかしてないって話をしてるんだよ。だから、久道さんはプライドとか捨ててさっさと弘文に『あいつマジムカつくから自重するように言って』ってチクり続ければいい」
「えぇぇ?」
「たぶん、久道さんの感じる不快感とかあっさり終わる。オレは手を出さないとか弘文が言ってるのは完全にフリじゃん。手を貸すって言ってるようなもんだよ。弘文は少年漫画の住人だから頼られたら見捨てない。そういう奴なのは久道さんが一番わかってるだろ」
 
 久道さんが肩をすくめて「そう言われればそうだけど……」と言いながら気が進まなそうなので「オレたちは久道さんに世話になってるよ」と口にする。
 
「弘文に大きな借りを作ったら、オレたち家族に対して借りを返してくれればいい。貸し借りでいえば下鴨一家としての借りの方が大きくなっていく気がするし。だから、やりたくないことはやらなくていい。やれるやつに任せておけばいい」
 
 これは弘文自身が口にしていたことだ。適材適所に人を配置するのが賢い人間で全部を自分でやろうとするのは大間違いだと言っていた。
 
 そして、いろいろとオレの知らない情報を想像で補完して考えると弘文にとって久道兄は組織の中でちょうどいい潤滑油という道具だった。しかも、ただの道具じゃない。久道兄は道具であろうとした道具だ。
 
 弘子が「底抜け善人なお人好しか今世紀最大の悪党か」と言っていたのがなんとなく聞こえていたが、オレや久道さんに今世紀最大の悪党と思われていいと感じてどんな行動もとれる底抜け善人なお人好しというのが弘文か見る久道兄の姿なんだろう。
 
 オレに押しつけられた飲食物にあらわれている陰湿さに善人やお人好しなんていう印象はないが、報告だけ聞く弘文からすれば、多少のやり過ぎがあっても五体満足で元気な下鴨康介がいるので何も疑わない。
 
 弘文にさえ嫌われたり拒絶されなければいいという底の浅さがある。だからオレはゲームの不正にも転校生にもイライラしていた。弘文はオレのものだから手を出すなあっちに行けと親衛隊を追い払うように叫びたかった。転校生が久道兄だと知らなかったせいでショックで動けなかったがそんなことも織り込み済みのはずだ。
 
「弘文に性格が悪いってバレてるのに変わらずに性格が悪いって最悪のパターンじゃないか」
 
 心を入れ替える気がない人だというのは「怒ってないよね」とオレに聞いた時点で確定している。
 悪意があるからこそ陰湿的な企てをするわけじゃない。性根が腐っていて性格が悪すぎるから行動に現れるんだ。弘文は根っからの困ったさんに甘い。そんなのはオレが一番知っている。言って直らないものは仕方がないと思っている。
 
 でも、レールを敷いて誘導していく。そして、正しいことを強いるのだ。
 
 弘文が気を回せばもっと平和で穏やかな世界が訪れたかもしれないが、そんな弘文におんぶにだっこで生きていくのは久道さんもオレも望んでいない。自分のことは自分でやれっていうのが弘文で、自分で出来ないことは人を使えっていうのも弘文。
 
 最初から全部を弘文に任せるなんて格好の悪いことは誰もしたくないという気持ちを逆手に取っているのが久道兄だ。
 
 弘文というルールの枠内で自分にできることをしようとして、陰湿な気持ち悪さをこちらに投げつけてくる。悪意のない悪人なんてこれ以上になく地雷物件だが、弘文は見守るのだ。仲間だから。少年漫画の住人だから。仲間を信じるのだ。弘文の姿勢は格好いいが放置できない。
 
 ここはもう、強権の発動しかない。そのためのオレだ。
 
 
2017/09/14
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