番外:下鴨家の人々プラス「海問題 弘文と康介、対話の重要性を知る」

下鴨康介視点。
 
 
 うさんくさい笑顔の相手からお酒を受け取って礼を言う弘文。
 弘子に足を踏まれて「ヒロくんのバカ」とかわいく怒られているがオレだって気分がよくない。
 
 紙袋を覗き込むとお酒は赤ワインだった。夕飯の後にチーズでも食べながら飲む気だ。ひとりじゃなくて久道さんとなのか久道兄ふくめてなのか。
 
 どちらにしてもお酒を飲まないオレは横でちびちびとつまみのチーズを食べるだけで面白くない。弘文にチーズばっかり食べすぎて肌が荒れるとか余計な心配をされるに決まっている。

 ときどき久道さんとの晩酌タイムがあったりするけれど、翌日を考えて炭酸という健全すぎてわけがわからなかったりする。お酒が好きとか嫌いとか以前に禁酒なのかもしれない。ビールは除外で。
 
 
「康介、何か勘違いしてるだろ」
 
 
 オレがもやもやしている時に限って耳元で名前を呼んでくるのは本当にズルい。
 全然オレのことを見ていないようでいて急なタイミングで甘やかしてくる。
 
「お前が欲しがってたから瑠璃川に頼んでおいた」
「オレ、ワインなんて……」
 
 飲まないと口にしようとして見覚えのあるパッケージと会長が持っているクーラーボックスに目が行く。弘文がワインボトルの先端でオレの頬を突っついてくる。
 
「なんかの特集でバニラアイスに赤ワインかけてただろ。お前、自分もやりたいって」
「人前でお酒は一滴も飲むなって! 弘文がっ」
 
 だから、レストランに行くのは諦めたのだ。ワインのかかったアイスの味は想像できるのだが、出演者の反応が良すぎた。オレの想像以上の味なのかと思うと一口食べたくなった。
 
「家で飲みきれないと困るが、ここなら残しても瑠璃川がちゃんと処理する」
 
 先輩として拒否権を許さない「そうだな、瑠璃川」という昔に聞いたような相槌の求め方に会長は大きくうなずく。大の大人がぺこぺこして会長は三下の香りを漂わせすぎる。
 
「アイスはデザートな」
 
 オレが今すぐにでも食べようと前のめりになった気持ちを弘文が引き留める。すぐに食べたいと口にしなかったのは「待っていられるな?」と念押しされたからじゃない。腰を抱いてきたからだ。だいぶ密着している。上着を脱いだというか、上部分を腰に巻きつける形に脱皮したのでタンクトップで腕や脇がさらされている。弘文の視線が舐めたいとか触りたいと訴えているが、子供の目だってあるので戸惑う。
 
 髪の毛を切って涼しげになったせいか首筋に弘文の吐息がかかることが増えた。舐められたり噛まれたり匂いを嗅ぐように鼻を押し当ててくる弘文はエッチだ。その気があるのかないのか、分からないあたりがズルい。
 
「立って食べ続けて疲れただろ。ちょっと座ってろ」
 
 変なところで紳士的な弘文はキャンプ用の簡易な椅子を会長に持ってこさせた。自分が椅子を用意するわけじゃないところが弘文らしい。視線ひとつで会長は使いぱしりである。取り引き相手として対等と言いながらもこの扱いに甘んじるのが会長らしい。
 
 弘子が久道兄にガルガル噛みついているのを放置する両親の図はいいんだろうか。
 会長が弘文と久道兄と久道さんとオレとぐるぐる見て落ち着きのない犬みたいになっている。
 
 鈴之介が「チーズと一緒に焼いたじゃがいもはケチャップも合うと思う」と弘文のフォローをオレに囁いてくる。そんなに悪くないよという長男からの優しさを無下には出来ないのでケチャップ全面否定派のオレも歩み寄ることを決意する。それにはまず弘文がジャガイモを何もつけずに食べるべきだ。味がないものなんて食べないと弘文は一口も口にせずにケチャップをかけだした。オレが食べているものにもかけようとしてきた。
 
 ジャガイモを守って服が汚れることになったけれど、これは悪いのは弘文だ。自分のジャガイモだけではなく人のジャガイモまでケチャップまみれにしようとするなんて酷い話だ。許してはいけない冒涜だ。人権侵害だ。
 
「オレのにケチャップかけないで、自分のケチャップかけたジャガイモをオレにくれればいいのにっ」
「いや、お前が俺に何もかけてないジャガイモを食べさせようとしたからだろ」
「だって美味しかったから! 弘文もそのまま食べればよかったのに」
「大きなお世話だ。俺は味が薄いものを有り難がったりしない。素材の味より美味しい味だ。もっと言えば俺の舌に合う味がいい」
「それは絶対に嘘だ。弘文は下着とかシチュエーションとかに興味ない。比類なき全裸派だ。服は邪魔だと思ってる」
「ああ、そこは否定しないな。……何もつけないジャガイモ食べるわ」
 
 気の利く長男が手つかずのジャガイモを弘文に渡している。これはオレたちの言い合いを見越して多めにジャガイモを用意した弓鷹が偉いのかもしれない。
 弘子が久道さんの背中を叩こうとしておしりを叩くというちょっとした羞恥プレイをしているが、微笑ましい扱いなんだろうか。弘文はどこか満足気だ。ジャガイモにはマヨネーズがかけられていてどうしてそうなったのかと責めたくなった。口を開けたらマヨネーズのかかったジャガイモを入れられた。
 
 オレを黙らせるために食べ物を入れたりキスをするのは教育上よくない。鈴之介と弓鷹が微妙な顔をしている。
 
「弘子がやってたマヨがけも悪くないな。でも、マヨだけだとパンチに欠ける。七味をかけたい」
 
 会長が調味料置き場から持ってきて弘文に渡していた。弘文が七味マヨネーズのジャガイモをオレに食べさせる。
 
「これならちょっぴり醤油も欲しい」
「味濃いの好きだな」
「弘文に言われたくないっ」
「……調味料要らないさんだったんじゃねえの」
「いらないじゃなくって、何もなくても美味しかったのが驚いたんだよ。感動して弘文に勧めたのにケチャップかけるから……」
「食べたくなかったわけじゃなくてな……お前が食べて食べてってうるさいから台無しにしたくなったというか」
 
 意地悪なことを言いだしているがいつもの弘文でもある。オレがスマートに切り出していたら弘文のドS心も刺激されないのかもしれないけれど、弘文に美味しさを伝えたくてついつい前のめり気味になってしまった。
 
 弘文は「ちょっと落ち着け」という言葉の代わりにこういう意地悪をする。今に始まったことじゃない。それで言い争うことは学生時代にだってあった。弘文がオレにだけ意地悪で嘘つきだなんて知っている。他の誰にもそういうイタズラを仕掛けないのにオレだけからかってくる。
 
 だから、オレは、オレだけが弘文の特別だ。
 
 他の誰も弘文とジャガイモのことで言い合ったりしない。誰がどんなジャガイモを食べていても弘文は気にしないし、自分に勧めてきてもこだわることなんかない。受け入れて受け流していく。ジャガイモのことなんかきっと記憶に残さない。でも、きっと赤ワインをアイスにかけたがったオレを覚えていたように何かのときにジャガイモネタでいじられる。オレとのことは覚えててくれる。だって、特別だから。
 
 なんで、オレは自分が弘文にとって特別じゃないなんてバカみたいなことを思ったんだろう。
 こんなにずっと特別扱いされている。
 好かれてない、構われてないと拗ねる理由なんて見当たらない。
 
 弘文がこんなにもオレのものなのに。
 
 
 つらそうな久道さんの表情にいつかの自分を思い出す。
 悔しくて悲しくて心が潰れそうだった記憶。
 
『身体には気を付けてね。子供が産めなくなったら大変だ』
 
 弘文からオレの何をどこまで聞いたのか、知らないが転校生はそう言った。
 オレの脳裏には両親が浮かんだ。
 そして、いつの間にか弘文にすり替わっていた。
 弘文はきっとオレが産んでも産まなくても関係なかったはずなのに、オレはオレの価値を子供を産むことだけだと決めつけた。弘文の性格を考えればそんなはずもないのにオレは特別だと思われていなかったショックを両性という価値にすり替えた。特別じゃなくても傍にいるために理由を求めた。
 
『副会長は僕がやっておくから学園も生徒会も何も気にしないで大丈夫だよ』
 
 あの微笑みは「君の居場所はここには残ってないよ」と言っていた。勝者の嫌な笑いだ。言葉だけならこちらを心配する良い人にも思えるが表情が裏切っていた。
 
 オレはその言葉も自分の中にあったいろいろな感情も忘れることにした。
 
 弘文との結婚も上手く処理しきれていなかったから、弘文の特別だと思った転校生のことを考えないように意識から締め出した。それでも、ことあるごとに見え隠れする姿が気持ち悪くて腹立たしかった。何より、弘文が分かってくれないのが悲しかった。弘文の特別は変わらずにオレのままだから、当たり前だ。オレの複雑な気持ちというか、複雑になってしまった原因がオレの勘違いだからこそ弘文はピンと来ない。
 
 目の前にあるものが見えずに文句を言い続けるバカを見る目をされていた。
 その上でジャガイモにケチャップをかけるような意地悪が追加されるから分かりにくい。
 
「弘文が間に入ったらあの兄弟の関係って改善するんじゃないの」
「お前が他人に興味を持つとは成長したな」
「……どうして、友達なのに放っておくんだよ。冷たいんじゃない」
「友達だからだよ。俺と久道は幼なじみの腐れ縁だからな、大体わかる。だからだ」

 何が「だからだ」なのかさっぱり分からない。言葉を短縮しすぎて言葉自体が消えている。
 
「あいつが俺に返せない借りなんか作りたくねえって話だよ。俺は一方的に久道の荷物を背負ってやるなんて気持ち悪いことはしない。何よりあいつがそれを望んでない。恩を仇で返されても気にしねえけど、久道がそういうタイプじゃないのはわかるだろ」
 
 久道さんが居候中に弘文がこき使うのは指示を出しやすいからではなく弘文なりの優しさらしい。伝わらなかったら優しさにならない気もすると思ってから、きっちり伝わっていたのを思い出す。ご飯作ってくれたり子供の面倒を見てくれたり大活躍な久道さんは嫌だとか疲れたとか言わないで楽しそうだった。
 
 弘文の親友だから心が広い人なんだと思い込んでいた。いいや、それもそれで正しい。オレよりも長い間ずっと弘文と居た人だ。心が狭いはずがない。弘子のわがままを嫌な顔一つしないで付き合うなんて保育士でも小学校の先生でも無理だろう。
 
「久道さんに嫌がられるってアレやばい奴じゃん」
 
 うわあと思わず声が出たオレに弘文が笑う。
 雄々しいというか、すごく格好いい笑い方だ。
 
「じゃあ、ヒナをけしかけたことを謝ってこいよ」
「はあ!? 聞いてた? 残飯は自分が残飯を食べることになった原因をつきとめて犯人に至ったんだって」
「残飯のくだりは聞いてねえ気がするけど……嫌がらせがどうのっていうのは本人が俺に言ってはいた。許可はしてないが先に自己申告してきたぞ。みんなで不正を働きますって」
「ああ!?」
「柄が悪いぞ。ヒナが真似する」
 
 うちの賢い長男と次男は真似しないらしい。
 
「放っておくと毒とか変な薬を飲ませられるかもしれないから、変わった食べ物とかを食べさせたらって……まずくても食べ物は食べ物だからな。輸入食品は」

 弘文は「ちゃんと俺も食べただろ」と肩をすくめる。

「嫌がらせはするけどレベルを下げとくって?」
「俺は何度もお前に態度を改めろって言ったぞ。聞かなかったのはお前だ。その点では自業自得だろ。……食べられなくても俺たちがいない間にどこかに捨てたりするぐらいの知恵はあると思ったから罰ゲームは放置にしといただろ」
 
 廃墟で置いてきぼりを食らわされたオレはマズイ飲食物をどこかに隠したと思われていたらしい。実際は残飯が処理してくれていた。
 
「ちゃんと食べなくていいって言っておいてくれたら残飯は残飯にならなかったのにっ」
「お前のヒナの呼び方についてはお前が決めてることだろ。……食べなくていいって言ったらお前はついてきただろ。そのうち、我慢できずにゲーム無視し続けたしな。あのころ、あっちこっちと俺たちは喧嘩してた。お前にうろちょろされても困るから、足止めとして久道の兄貴の提案はちょうどいい落としどころだったんだよ」
 
 喧嘩の原因はどこなんだろう。
 それこそ久道兄が原因で弘文が喧嘩に駆り出されたんじゃないのだろうか。
 咳払いをして残飯が存在を主張した。カメラは手放していない。
 
「毒が入っていなくても人が口にするべきじゃない量の香辛料が含まれていた」
「カラシとかワサビとか!! こっちはお笑い芸人じゃねえってのっ」
「味覚障害になりかけた」
「まったく残飯に謝ってもらいたい!!」
 
 オレが渡したものを律儀に口にしていた残飯の頑張りを弘文は知らない。弘文の会社の人間ならお給料アップされるべきだ。久道兄より高給取りになってないとかわいそうだ。今日まで忘れていたのにオレも大人になった。人のことを思いやれる。残飯のことは覚えておこう。
 
「なら、そういうことでいいんじゃねえか」
「どういうこと」
「ヒナが久道の兄貴を殴って病院送りにしたのは罰ゲームの中にあった嫌がらせの余波を食らったから」
「うん? オレが頼んだからじゃないってこと? 頼んだつもりがあったわけでもないんだけど……うん、と……オレの分の恨みはオレが晴らせってこと?」
 
 弘文が久道兄に謝っておけと言っていた意味がわかったというか反転した。
 オレ自身が報復行動をするために残飯が動いたことを謝っておけということだ。
 残飯が負わせた傷がかわいそうと言いながらオレに復讐を勧める弘文はド鬼畜野郎すぎる。
 
 弘文は教育方針が自分のことは自分でするというものだから残飯を使って間接的に久道兄を仕留めたオレを叱っていた。今の今まで伝わっていなかったのはオレの理解力ではなく弘文の言葉の足りなさのせいだ。弘文はオレをエスパーだと思ってる。
 
 それとも久道さんなら分かるんだろうか。
 それなら、弘文の言葉の足りなさを理解できないオレが悪いといえなくもない。
 
「久道さんに敗北感を覚えても仕方がないって学んでるのに……」
 
 悔しくてぐぬぬ呻くと「弘子の加勢に行ってやれ」と言われた。弘文はいつでも格好いいが弓鷹は不満気に「ヒロくんは一切動かないんだ」と唇を尖らせた。
 
 弘文はリーダーでトップだから動いたら終わりだ。まずは見届け人だろう。
 
 
2017/09/08
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