番外:下鴨家の人々プラス「海問題 久道にとっての現実と真実1」

久道視点。
 
 
「邪魔だと思うなら来るなよ。迷惑なやつだな」
 
 
 いつもなら康介くんのこういった態度にヒロからたしなめる言葉がかかる。
 どうやら弘子ちゃんと鈴くんにジャガイモにケチャップはおいしいと力説していて俺たちに意識を向けていない。
 
 弓鷹くんが具の多いピザを片手に反応に困った顔を俺に向ける。
 子供に対してだけ視野が広いのか康介くんはジャガイモをヒナの口に詰めて空になった皿を弓鷹くんに渡す。具をこぼしてもいいようにという配慮だが、あつあつのジャガイモによってヒナの口はたぶん火傷した。
 
 ヒナは気にしないだろうが、扱いの雑さが酷い。今に始まったことではないが、会話している相手とあっさりと視線を外す。
 
 康介くんにとって重要なのは弓鷹くんだった。
 名前を知らず、顔も覚えていない相手じゃない。
 
 
「弓鷹、ピザって実は手で食べなくていいんだぞ。イタリアではフォークとナイフで食べている」
「具が落ちちゃわない?」
「くるくる巻いて食べる……これだと巻けないな。マルゲリータはないのか」
「いっぱい具があるほうが美味しいって弘子がゆずらなかった」
「後先考えない子はかわいいな」
 
 親バカ発言をする康介くんにツッコミを入れることのない弓鷹くん。具をこぼさないように小さな口で食べている姿はかわいい。横から「和むね」と言われて寒気がした。康介くんへの相槌か、俺の内心への同意なのか。どちらにしても近寄って欲しくない。言葉を交わせば絡めとられるのが分かっているので物理的な距離をとるのが一番だ。
 
 コレの最も厄介な部分は善人であるところだ。
 善意が人を殺すところを俺は何度となく見てしまった。
 
 
 たとえば、いろんな物語でたびたび登場する楽園の問題。
 蛇にそそのかされた人間は知恵の実を食べて神の怒りに触れて楽園を追放される。
 この蛇はサタン、魔王であると言われている。
 けれど、蛇に悪意はあったのだろうか。
 何も知らずにいる相手に知恵をつけさせたのは悪いことだろうか。
 楽園から追放されたのではなく、知恵をつけたことで人間は神の作った楽園から出ることを選んだのではないのか。
 
 様々な解釈により、このエピソードは目にするのだが、蛇の気持ちがどこにあるのか俺は未だに決めかねている。
 
 ヒロは善意だと思っている。だから俺は疑うべきだ。
 俺とヒロの関係が普通の友人同士とは違うのはこういうところだろう。
 
 全部悪いのは俺だ。
 俺から始まっている。
 俺から始めたのだから、終わりにするのも俺からじゃないとおかしくなる。
 
 居場所がないと泣いた俺にヒロは簡単に「じゃあ、俺の補佐をよろしくな」と自分自身を投げてよこした。木鳴弘文の優しさは自分自身への薄情さから来るのかもしれない。
 
 俺が判断ミスをしてヒロが怪我をしてもヒロは何も言わない。ヒロが信じているのは俺ではなく、俺を信じた自分だからだ。俺のミスはヒロの判断ミス。それは今も昔も変わらない。同時にヒロがそうやって自分を投げつけたのは俺だけじゃない。
 
 居場所のない人間たちに自分のそばという居場所を与えたのが木鳴弘文だった。
 出会ってすぐに相手や敵対する喧嘩相手を信頼するヒロ。
 これは飴と鞭とか北風と太陽とか怖い刑事と優しい刑事とか敵と友とか、そういった効果を狙っている。
 一人じゃできないことをすることによって俺に居場所を与えている。
 俺は自分がどんな立場でどんな立ち振る舞いになっても構うことはなかったからヒロのポジションとは逆の場所に行く。それで組織はバランスが取れる。
 
 他の誰かだって同じことをするかもしれないし、していたのかもしれないが、一番効率がよくきちんと動けていたのは俺だったはずだ。ヒロの作った理想図が俺にも見えていたからたずねることはないし、疑うことはないし、不安だってない。
 
 変化は親の再婚だ。
 何度も繰り返された俺と相手の家族との顔合わせ。すっぽかさないように俺の背中を押したのはヒロだった。
 
 
「家族みんなで食べてるんでしょう。だから、僕もおにいちゃんとして参加させてもらいたいなあって」
 
 
 穏やかな微笑みは悪意に満ち満ちている。同時に善意のかたまりであるから手に負えない。気持ち悪くて吐き気がしてもヒロに対応させるわけにもいかない。俺たちの役割分担が壊れてしまう。すでに崩壊しているのを見ないふりを続けている。木鳴弘文はもういない。ヒロは下鴨弘文であって、向う見ずに振る舞う木鳴弘文ではない。
 
 自分のことを自分で対応する大人に俺こそがならなければいけないのに出来ていない。
 だからこそ、ヒロは俺を見捨てられずにそばにおいている。
 昔の約束を律儀に守り続けているバカみたいな義理堅さ。
 
 子供に嫌われても怒られてもヒロはきっと俺を責めない。
 女々しく俺が何かを言ったとしても「お前を信じたのは俺だ」といつものように口にするだろう。
 父や兄がいたのならこういう存在なのかと思う一方で、こんなやつと家族になるのは死んでも嫌だと下鴨一家に同情する。
 
 
『あなたは下鴨康介に性的な興奮を覚えますか?』
 
 
 弘子ちゃんが瑠璃川とヒナにした問いかけ。俺にはされなかったもの。
 物心ついたころから顔を合わせているので今更だと思ったのか、聞くまでもなくわかるからか。
 
 
「弟はひー君に怒られるのが嫌だって出てこないんだけど」
「……あぁ、包帯にいさんか。そのうさんくさい言い回しとか変わらないな」
「あはは。やっぱり、包帯ないとわかってくれないんだぁ。ショックだなあ」
 
 たいしてショックでもなさそうに笑う。
 
「久道さんにメチャクチャ嫌われてるっぽいのにすごい根性してるな」
「えぇ? ひー君とは仲良し兄弟のつもりなんだけどなあ」
「それって弘文がよく言う、お前が思うならそうなんじゃねえのってやつかー、うんうん。わかった」
「コー君ひどいよぉ。むかし結構仲良くしてたと思うんだけどなあ」
 
 唇を尖らせる中年男は気持ちが悪いだけだ。いくら未だに中性的なところがあっても、そろそろオッサンと言いたくなる年齢なのだから、仕草が昔から変わらないのは問題しかない。
 
「包帯にいさんってオレのことわりとどうでもよかったでしょ」
「うーん? なんで、そう思うの」
「久道さんの反応しか気にしてなかったから。今も昔も?」
 
 康介くんは見ていないようで見ている。
 見ているようで見ていないヒロとは逆だ。
 ヒロの場合はあえて見ないで俺に「見てろよ」と任せているのでまた別の話だけれど。
 
「それなら別に怒ってないよね」
「なにが? ですか」
 
 誰なのか分かったからか、康介くんが言葉遣いを微妙に直してきた。
 ヒロが年上にはきちんとしろと何度となく言ったのが時々成功している。
 
「こうして僕が来たこととか、高校の時に転校して来たたこととか、ヒナちゃんに殴られちゃった理由とか」
「怒られることした自覚あるんですか」
「ないんだよねえ。でも、ほらひー君がお前を殺すって顔で僕を見てくるでしょう。悲しいねえ」
 
 まるで悲しんでいない顔で笑っているのが不快すぎる。
 
「そういうところじゃないですか。弘文は兄弟のことは兄弟で勝手にやってろって思ってるけど、オレと娘は居るなら居るで立場をわきまえろよって思ってますけど」
 
 口の中にまだジャガイモが入っているのか弘子ちゃんがピザ前に戻ってきた。
 もぐもぐ動いているくちびるの端にケチャップが見える。結局ヒロからケチャップのかかったジャガイモをもらったんだろう。
 
「弘子ちゃん、ケチャップついてる」
「ヒロくんのように舐め取りたいという願望がだだ漏れ?」
「いえいえ、レディにそんなことはいたしません」
 
 ティッシュを渡そうとするとくちびるをぺろっと舐めた。
 逆側だと弓鷹くんにツッコミを入れられて「知ってる」と言いながら袖で口元をふく雑さはヒロが何度かやっているのを見たと懐かしくなる。
 気を抜くべきじゃなかった。見ると笑みを深め、弘子ちゃんに酒を持っていない方の手で触れようとしている。
 
「私が誰でも彼でも撫でられるような安い女だと思っているなら大間違いっ」
「うちの弘子はいつでもお高く留まってるから、悪いな」
 
 ヒロが酒を受け取りながら弘子ちゃんをなだめるふりをして「それは悪口っ」と怒らせた。
 弘子ちゃんの空気の入れ替え方はヒロゆずりなのかもしれない。
 
 ヒロの視線は「気にすんな」と言っているが、気にしないわけにもいかない。
 このまま放置したら、いろんなものを台無しにしすぎる。
 
 
2017/09/06
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