番外:下鴨家の人々プラス「海問題21」

下鴨弘文視点。
 
 
 弘子が鈴之介を自分のグループに入れている時点で勝ちに来ていると思っていたが、あちら側の圧勝すぎる。点数に差がつきすぎた。
 プロポーズする宣言をした二時間前の俺が泣いている。
 
 弓鷹も久道もがんばったが、鈴之介の無敵ぶりを舐めていた。弘子が放置した植物図鑑なんかを手持無沙汰だからと目を通す真面目な子。優等生に無駄な時間はない。植物博士を気取る予定がなくても目にした知識をきちんと吸収している。
 
 弘子は植物ではなく野生動物を狙って見事に高得点を連発。
 写真として面白い構図が多いので評価したくなる。
 
 
「お前はたなぼた男なのか」
 
 
 瑠璃川の用意した高級食材を前にして「家で食べないやつがいいよなー」と子供たちに同意を求める康介。特に何もしなくても勝つ陣営に所属しがちなのは下鴨として特殊な磁場が形成されているのか。
 
「ぼた餅ないだろ。弘文からの愛の囁きイベントがキャンセルされたんだぞ!」
 
 拗ねた顔の康介を撮り続けるヒナ。フラッシュがたかれているので無音でも視覚的にうるさい。康介におもいきり変な顔をさせたくなるが、弘子に怒られそうなので何とかこらえる。
 
「棚から落ちてきたぼた餅とかカビてないか心配になるから食べるなら餅は自分で買う。棚からとか、正体不明すぎて怖い」
「ことわざにケチつけるなよ。面倒くせえな」
 
 暑いのか上半身を脱ごうとする康介を弓鷹がカメラを見ながら止める。ヒナのシャッターは止まらない。何千枚どころか何万枚でも撮る気でいる。おおよその選別もヒナがして、最終チェックが俺や弘子になるはずだ。被写体が自分でも康介は関わろうとはしないだろう。
 
「あ、なあ残飯ってやっぱり今でも残飯がいいのか?」
「お前、ヒナに残飯って呼びかけるの止めろよ」
 
 その辺の木の枝で攻撃してきても不思議じゃない。さっきまで平気だったことが次の瞬間にダメになるという気分屋なところがヒナにはある。殺さないまでも傷つけて自分の跡を残したいという頭のおかしさが発症しないとも限らない。
 
「いま気づいたけど弘文、久道さん、ヒナでヒヒヒか。どうでもいいけどヒばっかり」
「特に意味のないことを言うために俺の発言無視しやがったのか」
「昔は久道さんを久道さんって呼ぶことなんかなかったから良かったけど、今はヒって音だすと反応する人多いなって」
「弘子を弘子にしたのはお前だって覚えてるよな」
 
 目を細めて「ヒヒヒばっかりより残飯があるほうが分かりやすいって言いたかった」と不満気だ。理由にならない理由で残飯呼びされる人間の気持ちを考えない康介。堂々とした人でなしっぷりだが、子供たちは聞き流しているのか夕飯よりも花火の予定で盛り上がっている。子供たちのたくましさの原因が康介だとしても常識から逸脱しすぎるのは問題だ。
 
「で、残飯は残飯じゃないと口にしたくない感じか? 大皿料理の余りがお前、みたいな」
 
 自分に語りかけられているのをヒナはしばらく理解しなかった。残飯呼びで反応できなかったというよりは康介が自分の声をかけると思わなかったらしい。ヒナの怒りや悲しみが急に爆発しないか緊張して見ていると首を横に振るだけで返事をした。久道もヒナが何かしないように警戒しているが、俺よりも楽観視しているのか笑っている。
 
「味覚壊れてるかチャレンジャーかと思ってたけど、違うんだよな。オレが渡すと全部処理してくれるから、そういう係の人間だと思ってて、礼を言わないで悪かった」
 
 過去の自分を反省していたのなら一歩大人になったのかと思うが、ヒナを変わらずに残飯呼びするとなると矛盾する。いや、康介の言葉通りならお礼の言い忘れだけを謝っていて、自分の当時の言動自体は反省していない。キレたヒナにカメラを投げつけられてもおかしくない康介だが、自体はそれどころではない。どうやらサングラスの奥でヒナは泣いている。
 
 康介に対してハードルが下がりすぎて元々おかしい頭がもっとおかしくなったんだろう。あわれんでいる俺の気配を察したのかヒナが林檎を手に取った。確実に投げつけてくる流れだが康介が空気を読まずに「ジュース作って」とねだる。
 
 カメラを置いて食材の近くにまとめられていたグラスをとって用意されている簡易な流しの方に歩いていく。康介もその後ろをついてくので流れで俺も後に続いた。
 
 母方の親戚筋が由来らしいヒナの常人とはかけ離れた握力。本人にとって口にしないがきっとコンプレックスなものを康介の望みのままに見せつける。常識のない康介は人の握力でリンゴジュースを作ることに違和感を覚えない。
 
「やっぱリンゴが絞られてるの見ると百パーセントジュースって感じするな。瓶に入って売ってるのちょっと嘘っぽい」
「お前が氷を入れてる時点で百パーじゃなくなったけどな」
「弘文だってぬるいビール飲まないだろ。オレもジュースは冷えてるのがいい」
 
 勝手な言い分を口にする康介に軽くうなずき返すだけのヒナ。
 未だかつて見たことのない借りてきた猫のようなヒナが切ない。
 守りたい支えたい助けたいなんて一瞬も思わないが普通のヒナの言動を思うと悲惨だ。
 
「ヒナに対して多少の情があったんなら、もっと相応しい態度があっただろ」
「たとえば?」
「友達になるとか、か?」
 
 今というより昔の話だ。俺たちの陣営の中にヒナがいたなら多少の内輪もめはどうにでも処理できた。久道と俺が殴り合っても笑い話でしかないのと同じでヒナのキレっぷりも問題ないレベルに落とし込めたはずだ。
 
「友達は女がいっぱい出来たからいい」
「そういう言い方すんなよ。女っていうかママ友だろ。用途が違う」
 
 弘子から「友達に対して用途って、ヒロくんのが違う」と鋭い指摘が飛んできた。康介は「ママは女じゃないっていう差別発言」とズレたツッコミ。話を脱線させる天才か何かか。
 
「ヒナが久道の兄貴を病院送りにしたって話しただろ」
「だから?」
 
 嫌そうな顔をする康介は自分が当事者である自覚がない。直接的に手を下さなくても流れを作った康介に罪がないはずがない。誰もが康介に面と向かって言わないので俺が言わなければならなくなる。
 
「お前がヒナを無視してなければ久道の兄貴は怪我しなかったって言ってるんだよ」
「それは違う。結果として生け贄の役割としてお前らが落としどころにしただけで、俺はアイツを叩きのめす理由があった」
 
 淡々とビックリするほど静かにヒナが口を開く。他人と会話を拒絶するように「あ?」とか「はあ!?」と柄の悪い威嚇をすることがないのは康介がいるからか。
 
「たのまれたから」
 
 こんなタイミングで俺の知らない事実を出してもらっても困る。
 
 学生時代というあいまいになりそうな昔のことだが、鮮明に思い出せる。
 久道の兄貴がヒナに襲われたという連絡に仲間たちはみんな動揺した。ヒナがいずれ爆発すると誰もが思っていたからだ。ヒナに話しかけられても延々と無視する康介。不思議と康介自身を攻撃することはなかったが、ヒナもヒナのストーカーともいえるキレたやつらも俺たちを攻撃してきた。
 
 俺の会社に入ってしばらくしてからヒナに聞いたところ、俺の使いを名乗るやつらが康介を襲うようにヒナに働きかけたらしい。つまりヒナの俺たちへの攻撃は康介を敵視する人間への個人攻撃。ヒナの取り巻きはそこまで事情を知らないので俺のチームと揉めていると解釈した。
 
 ヒナが康介に食い下がるようにしていたのを見て反射的に殴り飛ばし続けていた俺にもすこしばかりの責任はある。無意味にチーム同士の対立をあおってしまった。
 
 だから、ヒナが自分の周りにいるやつらが動かないように俺のチーム内でそこそこ重要人物だと認知されている久道の兄貴を衆人環視のもとで病院送りにしたんだと思った。闇討ちではなく正面から堂々と向き合ってヒナは久道の兄貴をボロ雑巾にした。
 
 見舞いに行った病院で久道の兄貴は「これでみんなが平和になるなら」と言って笑っていた。退院後の不幸も含めていろいろと申し訳ないことになった。康介が気に病まないように俺たちに口止めまでしていた。久道は義理とはいえ兄貴の変わり果てた姿にしばらく荒れていた。
 
 内情を知らない人間からしたら康介に袖にされた腹いせに包帯を巻いて目立つ格好の久道の兄貴をターゲットにした頭のおかしい暴力的な人間の犯行だ。ヒナを多少なり知っている俺からすると康介の態度にキレた苛立ちと周囲へのパフォーマンスの一挙両得として久道の兄貴をボコったんだと思った。
 
 暴行相手に久道の兄貴を選んだのはヒナの気まぐれか目立つ見た目が理由だと疑っていなかった。
 その前提が覆される。
 
「たのまれたって、誰にだ」
 
 頼まれたからといってヒナが動くわけがない。実際、康介をどうにかする依頼をヒナは蹴っている。
 ヒナの視線が康介に向く。
 いや、その奥で弘子と話している久道だろうか。
 
 
2017/08/29
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