番外:下鴨家の人々プラス「海問題20」

久道視点。
 
 
 ヒロとヒナ以外はもれなく迷彩柄の服と猫耳というヘブン。
 弘子ちゃんがヒナを知っていたことも、康介くんに近づけたのも意外だった。
 信頼しているというよりも犬に上下関係を教えるような行動に出た上で康介くんのとなりには弘子ちゃん自身を配置した。
 
 俺やヒロではなく自分を康介くんの盾にするつもりでいるのはある意味とても賢いのかもしれない。正直、ヒナとはいろいろとしがらみが積み重なっている。ヒナ自身が単純なやつなので全てを脇に置いて俺に酒を奢ってくれるような人間だが、善人ではない。気に入らなければ子供の手足などへし折る。比喩や噂ではなくヒナはそういう人間だ。
 
 いくらヒロが自分の目の届く範囲において行動を抑制し続けてもヒナの根本的な部分は変えられない。ヒナの根本は暴力的ということじゃない。病的な人間不信だ。
 
 そして、俺とたぶんヒロも結構な人間嫌いなので俺たち三人は仲良くなくても「言いたいことは分からなくもない」というゆるい共感の中にいた。
 
 ヒロは仲間の枠に入れたやつの言動を否定しない。全部肯定的にとり、良い方に解釈していく。これは心から信頼しているわけではなく尻尾を出すのを虎視眈々と狙う性格の悪さがあると思う。ヒロは人を手のひらの上で転がしたり、利用することを躊躇ったりしない。
 
 俺が溜まり場から追い出したり、ボコったやつの詳細をヒロは聞いたことがない。俺の判断を信じているなんて、そんなにわかりやすくかわいい奴じゃない。
 ヒロはいつだって本音と建前の使い分けが上手い。時には自分すら騙すほどの大嘘吐きになれる。嘘に慣れてしまっている。
 
 ヒナはヒロと比較すると単純すぎてめまいがする。気に入らない奴は殴る蹴るねじ切る。ヒロがチームの人間たちと清掃活動しながら絆を深めているのとは逆にヒナを徒党を組まない。ヒナを慕う人間は正直ただのストーカーだ。病的な人間不信者なのでヒナに話しかけたりヒナの前に出ずに付き従う。
 
 ヒナの言動に惹かれたらしい集団だというのにヒナ自身に認められていないというかわいそうな奴らだ。ヒナに喧嘩を売ったらここぞとばかりにヒナに自分たちの存在をアピールしようとして警察沙汰になる暴行すら辞さない。ヒナにちょっかいを出すのは蜂の巣に石を投げるようなものだ。触らない、見つめないが当時、街を歩くヒナの注意書き。
 
 外へのアプローチがまったく違う二人が同じ職場にいるのはどう考えても康介くんが理由だろう。ヒナは単純なので行動の理由さえ作ってしまえばいい。ヒロは人を使うのが上手いので悪くないコンビだ。周囲が二人の関係を理解するかはともかく。
 
 ヒナと康介くんに面識があるのは驚きだ。てっきり全く知らないのだと思っていた。あんなにちゃんと分かるなんて、街中であれだけ無視していたことが何だったのかビックリする。
 
 心当たりがあるのならバンダナとサングラス姿の人間をヒナと認識していた、バンダナとサングラスのないヒナを知り合いだと思わなかったということだ。俺もうっかり予告なく髪型を変えたら康介くんに認識されなかったことがある。ヒロはどんな髪型でどんな髪の色で周りにどれだけ人がいてもすぐに見つけるのとは正反対。ヒナと俺でうまい酒が飲めるわけだ。
 
 
「弘子の言ってたこと、ちゃんと分かってる」
 
 
 腕の中で寝ている深弘ちゃんの写真を撮っているヒロに弓鷹くんが話しかける。二人の間にあったギクシャクとした空気は消えていた。こうなることが分かった上でのチーム分けなのか、こうさせるための切っ掛け作りだったのか。弘子ちゃんの考えは読み切れない。
 
「弘子ちゃんはこれが自分の反抗期だって言ってたよ」
「……コウちゃんの良い部分は自分だけが知ってればいいっていうヒロくんへの挑戦」
 
 弓鷹くんの言葉にヒロが表情に困る。自覚がないのか、自覚していても態度を変える気がないのか。弓鷹くんは虫の巣穴を見つけたのかしゃがみこんで写真を撮る。
 
「さっき話したけど俺たちはコウちゃんから子守唄みたいにヒロくんの話はいくらでも聞いてるんだけど、コウちゃん自身のことは全然知らない。下鴨の人たちにコウちゃんのことを聞いてもぼやけてて把握できない。実体のない空想の話をしてるみたい」
「普通のやつには普通としか言えないってことだろ。おとなしい子供だったなら特にああだった、こうだったってエピソードもないだろうし」
 
 ヒロがフォローするように口にしたことが癇に障ったのか「ヒロくんの目から見てコウちゃんは主体性がないように見える?」と尖った声で問いかける。判断基準をどこに置くのかはともかく康介くんは主体しかないように見える。客観性がゼロだ。それがかわいいというか、許せてしまう。心の内が不明瞭なことがあっても行動はいつでもシンプルにヒロに向かってる。
 
「ヒロくんにとってコウちゃんって破天荒なんでしょ。木鳴のおばあちゃんはコウちゃんが居なかったらヒロくんは仲間に囲まれながら孤独に死んでいったって言ってたよ。誰もヒロくんの中には入れなかったけどコウちゃんだけは違ったって、おばあちゃんは言ってた」

 意外と見る目があることに驚く。康介くんが居なかったら、ヒロはたしかに長生きをしたとしてもずっと孤独だろう。誰かと人生を分かち合おうとなんてしない。そこまで他人に興味がないのか、人間不信だからか。
 
 ヒロの口から自分の両親や祖父母のことが出てくることはない。聞いてなくても息子や娘の成長を語りたがるヒロだが自分のそもそもの家族については黙秘。先程のヒロの言い分からすると語るべきエピソードがないことになる。
 言葉を探すようなヒロを弓鷹くんは冷静に見上げて「まったくさぁ」と溜め息をついた。 

「康介の話をしろってことか」
「下鴨の人たちよりヒロくんが知ってるはずでしょ。違うっていうの」
「違っちゃいないだろうけどな……康介は今のまんまの学生時代だったぞ」
「そうでもねえだろ、ヒロ。息子に惚気るのが恥ずかしいって?」

 茶化すと蹴られた。
 ヒロにブーツや硬い靴を渡さなくてよかった。
 迷彩服と猫耳集団の中でひとりヒロはタンクトップにハーフパンツというラフな格好。休日のおっさんでしかない格好でも鍛えている体のせいか康介くん的に眼福らしい。水着のときに見まくっていたのに二の腕や腹筋を触ってヒロに怒られていた。

「弘子の言う人にコウちゃんを自慢したいっていうのは久道さんからだけじゃなくってヒロくんにコウちゃんについて語らせたいって、そういうこと。……その顔だとやっぱ分かってなかった。弘子、瑠璃川さんから何か色々聞いてたみたいだけど、そうするとなおさら、ヒロくんはなんで言わないんだってなるだろ」
 
 小さく「俺だけじゃなく弘子も」と弓鷹くんは付け足した。
 メールのメッセージに目を通したと思ったらメモ帳を取り出して書きとめる。どうやら見つけた虫はめずらしいものであったらしい。瑠璃川のことだから自分だけではなく他人も巻き込んで調べてるんだろう。返信が早い。
 
「コウちゃん、風紀委員長と会ったって」
「あぁ、久道の弟だ。血は繋がってない。弟が来てるなら兄も来てるんじゃないのか」
「最悪じゃねえーか。ってか、ヒナと同じ空間に置いてるとかヒロってマジ鬼畜」
「本人が気にしないっていうから……。頭おかしいけど、ヒナはなんだかんだで便利なんだよ。俺を尾行するやつを闇討ちしといてくれるし、あれで経理の仕事むいてるし」
 
 ヒロの自宅を襲撃する理由はいくつもあるだろうが、ヒナとしては自分が康介くんに会えないのに他のやつが会うのはずるいぐらいの感覚だ。泥酔状態のヒロが拉致られて危うく乱交パーティーというおぞましいことになりかけたのを俺が止められたのもヒナ情報。
 
 ヒナは飲み会なんかに行かない人間なので誘われても聞き流していたらしいが、飲み会の情報自体は無視しない。飲み会で人が出払っている会社の中でヒロのデスク周辺を漁るヒナ。もちろん、目的はヒロではなくヒロが持っているだろう康介くんに由来するもの。結果は「お仕事お疲れ様です。息抜きにはチョコだ!」というかわいい手書きメモを発見。そのメモを盗るのではなく写真に撮って満足するヒナはその道のプロだ。
 
 自分で買ったチョコを食べながら写真に撮った康介くんのメモに幸せを感じるヒナ。危なくて頭がおかしいヒナだが、ここだけ切り取ると微笑ましくなる不思議。ヒロのことだからメモを残したのはわざとかもしれない。優しさだとしたら心が狭すぎる。
 
 ともかく、真面目なヒロはもしもの時ように新品の下着やシャツなんかをデスクに入れている。これは俺たちの世代の生徒会役員だったら、みんなが知っている。ヒナが乱交計画を知ったのもヒロのデスクから下着やシャツを持っていくやつを見たことから発覚した。
 
 ヒナのことだから不審者認定をして拷問まがいのことをして情報を聞き出したんだろう。考え方がシンプルだからこそヒナの仕事は早い。俺がヒロが何もされる前に駆けつけられたのはヒナの頭のネジが消えていたおかげだ。
 それを思うとヒロの会社から追い出すべきはヒナではなく俺の兄弟を名乗る他人たちだろう。アイツらの気持ちは生涯理解したくない。目をそらしても透けて見えるおぞましさ。
 
 
2017/08/28
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