番外:下鴨家の人々プラス「海問題18」

下鴨康介視点。
 
 
 オレが徒党を組んだ集団から受けた嫌がらせの一つにわかりやすく「仲間外れ」というものがあるが、仲間になった記憶がないので外されたとは思わない。
 
 周囲から嫌われている、自分が嫌がらせを受けていると感じたことのひとつに飲食物のすり替えがある。
 シュークリームやたこ焼きの中身がカラシだったりワサビだったりするのはゲームとして成立していたのかもしれない。
 挑戦的な期間限定の新商品を買って回し食いやジャンケンで負けた人間に食べさせる。
 
 関わりに合う気がないのでオレに持ってくるなと思っていたが、弘文がオレの口元に運んだりするから酷い。つい、食べてしまって酷い目にあった。甘いのか辛いのかよくわからないものを美味しいと言い出すやつらは頭がおかしい。
 
 弘文かオレが高校に上がる前後にお遊びから悪意ある嫌がらせへと緩やかに移行していた。
 まずくても口にできる範囲だったカラシやワサビがお笑い芸人もビックリの量になって食べ物として成立しなくなっていた。弘文は悪ふざけがいきすぎだとして多少注意はしていたけれど嫌がらせの度合いは深まっていた気がする。
 
 オレは弘文が口に入れてるものは安全でおいしいので弘文が食べているものを横取りするのが正しいと学んだ。オレが食べているものがおかしいと気づけば弘文がやめるように周囲に働きかけるのでハズレが来たら弘文にも渡しておいた。
 
 ちょっとしたイタズラの範囲がどこまでなのか、オレはわからない。
 一口も飲み干せない激マズ炭酸飲料を予告なく飲ませてくるやつらと友好関係は築けない。
 彼らからしたらオレが歩み寄る気配がないから排斥行動に出たのかもしれないが、陰湿な感じはした。
 
 喧嘩か、喧嘩の仲裁に弘文が行くときにオレの手の中に口に入れたくない謎の物体があると「食べ終わるまでここから動くなよ」と死刑宣告をしていくことがあった。
 一方的とはいえ約束なので弘文をすぐに追えない。食べ物を捨てられないので動けない。
 久道さんも「二時間もかかんないと思うから待ってて」と言って放置。
 口直しにまともな美味しいものをくれても、最初の段階で返品を許されない謎のシステム。
 オレはこの時期のせいで輸入食品はまずいものだと刷り込まれた。国産品しか信じない。パッケージの裏にある成分説明が日本語じゃないものは味も匂いも最低だ。
 
 オレと数人が残るたまり場にオレの手にある残飯を処理するためだけにサングラスとバンダナの男はやってくる。
 たぶん年齢はオレと同じだ。初めて会った時はオレより背が低かった。
 
 
「弘文がいじるから耳を直してたら風紀委員長に会ったよ。……会長と仲がいい印象とかなかったけど」
 
 
 残飯処理係といい懐かしい顔ぶれだ。
 久道さんの目が鋭くなるのは弟である風紀委員長が来ていると知らなかったんだろうか。
 
「何か言われた? いや、ってか、康介くん、ヒナを知って」
「ひよこ? それはわかんないけど、コレは残飯だろ」
 
 弘文からそれ以上口を開くなという無言の圧力があるが、本人がうなずいているのでオレは間違っていない。
 大き目のサングラスで顔が隠れがちでも、嬉しそうなのは分かる。
 
「こいつがどれだけの人間を病院送りにしたか分かってんのか」
 
 ヒソヒソと弘文に耳打ちされるけど知らない。
 オレの前ではどこからともなく現れてマズイ飯を処理してくれる不審者だった。
 
「気に病まないようって言ってくれてたから伏せてたが、久道の兄貴を病院送りにしたのはこいつだ。危険人物だ」
「へぇー」
「リアクション薄いな。この人でなしめ」
「いや、だからオレ全然関係ない話じゃない、それ」
 
 不良同士の揉め事なんか知らない。
 
「てめーがヒナを無視しまくってケンカ売りまくってただろ」
「何の話」
「ヒナは単独行動だが、沸点低いバカを引き連れてることも少なくなかった。ナイフとかスタンガンを標準装備だと思い込んでるバカどもだ。ヒナは素手で人の骨を砕くから、そっちのが厄介だけどな」
「残飯がケンカ強いとか、頭のネジが外れたやつらに好かれつつ野放しにしてたとか、……だからどうしたって?」
 
 弘文は回りくどい。さっさと結論を言ってもらいたい。
 親がふたりでヒソヒソ話しているのを子供たちが不思議そうに見ているじゃないか。
 まったく弘文は空気が読めない。
 
「両方の陣営にとって都合のいい生け贄が必要になったってこと」
 
 久道さんが補足するように右側から話しかけてくる。弘文が左側にいるからだろうけど、大人三人が顔を寄せ合ってヒソヒソしているのは変な感じだ。
 オレの中には疑問しかなかったが、弘子が出番待ちをするように仁王立ちしていたので話を打ち切った。
 弘文と久道さんの反応からしてオレに明かしていなかった過去の事件があるらしいが、詳細を知ったところで過去は過去だ。
 
「十六時前だけど、オレが一番最後だよな。弘子、ペナルティは?」
「ゆったりさんなコウちゃんがラストになるだろうという予想はぴたりと当たりました」
「元々がオレ用の罰だったってことか」
「ここに居りますお雛様、自分に撮れない下鴨康介はないと豪語する変態」
「へぇ」
「コウちゃんに会えない悲しみを私たち子供の写真を撮ることで癒そうとして現在、アルバムが百冊を突破しているとのこと」
「それは見たいな」
「俺も欲しい」
 
 オレは見たいしか言ってないのに久道さんは欲しいという。さらりと強欲。
 
「カーテンが開いていると窓際で日向ぼっこしているコウちゃんと深弘は望遠レンズで撮り放題」
「ヒナっ、運動会とかだけにしろって言っただろ。ガチ犯罪はやめろ。盗撮はアウトだ」
 
 危険人物だというわりに弘文も残飯を便利なカメラ係にしている。
 言い訳のように「ガス抜きゼロだと暴発するだろ」とオレを見てつぶやく。暴走ではなく暴発なあたり危険物の取り扱い状態だ。
 
「はいはい、まだ弘子さんの話の途中です」

 手を打ち鳴らして自分に注目を集める弘子。
 小学校に入って同年代の子たちと一緒にいる時間が増えたからか威厳が増している。
 
「うちのクラスでは定期的に親自慢大会が開催されるのです」
 
 オヤジマン大会とはなんだ。
 格好いい親父を決めるのか、ヒーロー的な、何とかマンという言い方が似合う親父を探すのか。
 
「順当にいって弘文マンが満場一致で納得の一位か」
「ヒロくんのことは置いておいて、コウちゃんをプレゼンする際に写真の少なさに気づいた私、下鴨弘子」
 
 娘に脇にどけられた弘文に「まだ親父ってほどの貫録がないから」とフォローしたら「うるさい、黙ってろ」と素っ気なく返された。弘文はすぐに拗ねる。
 
「プレゼンはプレゼントではないのです! 資料提供をヒロくんに呼びかけても渋られ、ひーにゃんはヒロくんにデータを消されがちな役立たずさん」
「面目次第もございません。少しでもエロ目線が入った構図だったりするとヒロは速攻で消すか自分だけで楽しみだすからね」
「そこでこの、お雛様っ」
 
 べべんべんべんと幻聴が聞こえてくる。
 最近、子供部屋のBGMを落語にしてるからだろうか。
 抑揚の利いた喋りになっている。
 
「ひーにゃんのようにヒロくんの圧力に屈しません。両手が砕かれ、首だけになろうともシャッターを押す意気込み」
「ヒナは本当にそうするだろうから嫌なんだよ」
「私たちが自然の写真を撮る中でひたすらコウちゃんだけを撮る変態が後ろからついてきますが、よろしいな」
 
 ここで鈴之介が手を上げて「これから暗くなっていくし、とても怖い」と当然のことを口にした。
 オレと弘子と鈴之介が同じチームなので後ろからカメラを持って追ってくる不審者は他人事じゃない。
 
「おにいはホント、妹の気持ちを尊重できないお人よ! 芸能人より数倍綺麗とか主観おつって切り捨てられてムカムカイライラして夏休みに突入した私の気持ちを分かりなさいっ」

 地団太を踏む弘子に敵う人間は誰一人いない。
 芸能人もピンからキリまでいるので弘子と言い争った相手の気持ちも分かる。
 言ってくれればオレの写真などいくらでも撮らせるし、昔のなら下鴨の家に成長記録としてアルバムがあるだろう。
 
「私の苛立ちは頂点に達し、下鴨康介写真集を作らなければ収まりが効かぬのです! 二冊組で! 一夏の思い出な形で! 資金はひーにゃんが出しますっ」
 
 オレは写真集の被写体らしい。
 残飯も久道さんも乗り気だが弘文は渋い顔。
 興奮で涙目になった猫耳軍服姿の弘子のおねだりに勝てるわけもなく「流通ルートには乗せない」と結局折れた。
 こうやって父親の威厳が日々失われていくのだとオレは弘文の背中を叩いた。怒られた。ひどい。
 
 
2017/08/26
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