番外:下鴨家の人々プラス「海問題14」
下鴨弘文視点。
弓鷹に視線を合わせようと屈むと顔を横に向かれた。
息子の反応がショックすぎるが康介が笑っている気配がするので致命的なわけではないはずだと自分に言い聞かせる。
せめてヒントをくれとねだりたいが難しそうだ。
すでに弓鷹は手がかりをくれている。
少なくともそのつもりでいるので俺が何かを聞けばそれだけで怒るか泣き出す。
弘子以外みんな聞き分けが良くて大人しく賢い子供たちは康介が自分優先でもグレることがなかった。
子供はみんな自分を優先されたがるが康介は自分至上主義だ。カメラで俺を撮影するように自分が好きなことしかしない。そこに不満がたまるのは分かる。
俺は逆に仕事をしているにもかかわらず子煩悩で優しくありがたい尊敬される父親のはずだが、弓鷹の視線からすると失敗している。
『なんでそんなに勝手なことができんの』
『ヒロくんはコウちゃんのこと好きだって思ってた。言葉にするとかしないとか関係なく、前提なんだって、でも、違う。違ったんだ』
頭をフル回転させて俺は真実に辿り着いた。
康介が俺を庇うようなフォローをしないということは康介自身も俺に思うところがある。
それでも、弓鷹のように怒るには事態が風化している。
発端は過去にあり、けれど今もまだ継続していて弓鷹の目に入る「俺の勝手」で「康介を好きじゃない」と判断されるような言動。
俺は康介の下半身を見る。
弓鷹の年齢を考えれば不思議じゃない。
第二次成長期に入って身体は変化していく。
康介の身体的特徴に嫌悪感を示すことは常識的に考えてありえるが、弓鷹からするとその可能性はない。
普通の親じゃなくて嫌だとグレても身体の話ではなく康介の性格面での話だ。
両性具有であることをマイナスでもプラスでもなく当たり前に感じている。
康介の両親が下鴨とはそういうものであると幼少期から言い聞かせている。
完璧に男になる手術や女性として生きていくためにホルモン投与なんていうことを下鴨は一切しない。
下鴨にとって両性は両性であり男のなりそこないで女の部分があるわけではない。
これは下鴨を名乗る上での常識で世間が思い浮かべるものとはズレがある。
両性であることを明かすと同情されたり好奇の目を向けられる。それは一般的な男女の体と違うのなら仕方がないかもしれない。だが、下鴨家はそれを許さない。跡取りを産んだ尊い存在にそんな屈辱を受けさせてはならないという感覚なのだろう。
両性だと知っていても下鴨の親族たちが康介を変な目で見たり過剰に心配することはない。心の内はどうであれ、ごく普通に接していた。
弓鷹も下鴨の人間として康介の体に対して疑問を持たずに生きていたはずだ。
それなのにこの第二次成長期のタイミングでの爆発。
答えは一つしかない。
康介の下の毛がないことだ。
俺が高校の時に剃って、長男である鈴之介が産まれるまでに定期的にブラジリアンワックスで脱毛した。
出産にともなって医者に剃られる可能性があると思うと俺が永久脱毛してやると思っていた。
俺の中の数少ない康介の意思を無視した勝手な行動だ。
泣きわめく康介を力づくで黙らせたので野蛮な行為かもしれないが、浮気防止という極めて重要な役割を持っている。
康介が他人の前で裸にならないために最も効果的な対応をした。家族を守るためには必要だった。
物心ついた子供たちを風呂に入れる段階では康介も無毛な自分に慣れてしまい羞恥心を持っていなかったので気づけなかったのだろう。
俺もこんなことになるとは思わなかった。
小学校高学年になり身体が大人に近づいて弓鷹の毛の量も増加したのだろう。主に下半身回りにもじゃもじゃしてきたはずだ。そしてふと、疑問に思ったことだろう。
康介は事実を極端に狭めて弓鷹に伝えたかもしれない。
自分はイヤだっていったのに俺が勝手に毛を剃った、と。
それを聞いてしまえば弓鷹だって冷静ではいられない。芽生え始めた自分の陰毛があるからこそ、周囲の同級生と生えたか生えてないか、大人か子供かなんて話しているからこそ、俺の行動が悪逆非道に感じられたに違いない。
元々康介が浮気しそうだったという言い訳は子供の前ではできない。聞かせたくはない。
康介が清楚そうな顔で魔性のあばずれであるなんて知る必要はない。
男なら誰でもいいとかバカみたいなことを平然と口に出した康介を悔い改めさせるために剃毛が必要だったというのは子供にはさすがに理解できないだろう。
ここは俺が泥をかぶるしかない。
「悪かったと思ってる。もっときちんと説明するべきだった」
康介の下の毛については戻ってこないし、すね毛もついでのように脱毛しているが嫌がらせじゃない。バカなことを口にしないようにお仕置きとして康介を泣きわめさせたかった気持ちで早まったことをした。子供への影響を考えていなかった。
「なんとなくで伝わる気持ちでいた……甘えてたんだ」
素直に頭を下げる俺に弓鷹の気持ちが解れたのかホッとした顔で涙をぬぐう。
抱きしめようと両手を広げる俺に飛び込んでくる前に弓鷹が言った。
「レゴたちはいつ戻ってくるの? あれはもう、あげちゃったの?」
ここで「レゴ? なんのことだ」と口にせず、目を丸くせずに表情を取り繕った俺はすごい。
康介を見ると首をかしげている。それは弓鷹の言葉の意味が分からないということではなく「弘文もいつ返ってくるのか分からないの?」という問いかけだ。
思い出すとレゴブロックで作ったものを「弓鷹と俺の愛の結晶」だとかなんとか言っていた気がする。
「てめーはもっと全力で意思表示しろよっ」
猫耳を引っ張ってやると「うにゃーん」とほざき出した。
子供の前で康介を叱りつけるのは教育上よくない気がするが、想像通り、康介が原因で俺が弓鷹に嫌われた。これは抗議していかなければならないことだ。
「弓鷹がかわいそうだと思わないのかっ」
「ヒロくんがそれをコウちゃんに言うのは違うっ」
「違っていない! 康介がちゃんと弓鷹の意思を俺に教えるべきだっただろ。持っていかれるのそんなに嫌だったと思わねえだろ。……弓鷹は知らねえだろうが、康介から『力作、すごいでしょ』って話を振ったんだからな」
俺の訴えに弓鷹は首を横に振る。
康介を離すように俺の腰を叩いてくる。
「そんなの力作をヒロくんに自慢したがるのは普通じゃん。いつものコウちゃんだよ」
「俺が『よくできてるな、もらっていいか』って言ったら喜んで差し出したぞ」
「褒められて嬉しかったから……会社に持っていくって言ったからライオン一体を仕事の机に置くのかなって、あんなに大脱走が起こると思わない! なんで動物園が崩壊してたのか全然分かんなかった。時間が巻き戻ったのかと」
康介が逃げるように後ずさる。
俺の表情に恐れをなしている。
自分が今どんな顔をしているのか分からないが、これだけは言える。
「ライオンを一体って言うな。一頭って数えろよ」
俺は康介に「ここの一帯もらっていいか」とそんなことを言ったと思う。
いつになく康介は笑顔で大きくうなずいていた。
後日、見るとライオンが補充されていたので「また適当に持ってくからな」と声をかけた。
それから数日経って、言い難そうに「弓鷹と俺の愛の結晶だから」と言い出して部屋の三分の一を支配する領土への不可侵を言い渡された。
それからは土地に入っていないやつを持っていくようにした。
「作ったレゴを持っていかれるのが嫌なら嫌だって言えばよかっただろ」
「コウちゃんを責めないでよ。コウちゃんは嫌じゃないんだよ。俺が嫌だし気に入らないんだから」
しっかりと弓鷹が嫌がっているとか、自分が嫌だと俺に伝えてくれていればこんなにこじれることはなかった。
レゴの話は昨日今日のことじゃない。
最低でも半年は経っているはずだ。
「コウちゃんはヒロくんに褒められて嬉しくて、ヒロくんが持っていったってことは気に入ったんだろう受け止めてた。……俺はヒロくんがコウちゃんを軽視してるみたいで嫌だった。カフェにコウちゃんと俺の作った動物園の一部があったなんて知りたくなかった」
弓鷹が結構な力で俺の腰を叩いてくる。
子供を大切にしていると言いながら見えていなかったということだろう。
レゴブロックは組み立てるのが楽しいんだろうと思っていた。
康介は作り終わったものは気にしない。置ける場所が限られているからバラバラに直して仕舞い込む。
レゴブロックで何かを作り上げてもどうせ壊してしまうなら仕事のパーツとして使おうと思った。
意外な康介の特技を生かそうと思ったのだが、たしかにそれについての説明はしていない。
俺が考えて勝手に動いていたことだ。
内職になるレベルにルートを作ってから康介に話すつもりだった。
会社として上手く回って行けば康介のレゴブロックは趣味というより仕事になる。
康介を社員として考えるのと外部からレゴブロックのオブジェを買っている形にするのはどちらがいいのかヒナに計算を頼んでいたら、会いたい会いたいうるさかったので放置していた。
レゴブロックの件は弓鷹や康介の問題というよりは会社の人間であるヒナが面倒だというが俺の中の最終的な感覚として残っている。
弓鷹がとくに説明なく自分の作ったものを奪われていると感じていたなんて知らなかった。それに関しては事故だ。
2017/08/21