番外:下鴨家の人々プラス「海問題10」
下鴨弘文視点。
自分が性欲を抑えられないかと問われたら全面的に否定できる。
巨乳だろうが貧乳だろうがセクシー女優が裸で迫ってきても振り払う自信がある。
それは結婚しているからというよりも相手に勃起しても突っ込みたいと思えないからだ。
身体がムラッとして反応しても康介以外を抱く気にならない。
元々、俺が何かを見てムラッとしても康介がこの仕草をしたら、康介がこの服を着たらという、すげ替えが頭の中で自動的にされている。
一般的な美醜の判定以外、自分が相手をどうにかするかで考えると康介以外は当てはまらない。
CMでよく見る女優が人気があって売れているのだろうから、かわいいと判断できるが彼女にベッドに誘われてうなずくかといえば、ありえない。
割れたスイカを手でとって食べるという野蛮な行動に出ている康介。
指についた汁を舐める仕草が下品だと感じられない。
「皿に移してから食えよ」
割った直後の姿のスイカをしゃがみこんで食べだす非常識な姿を注意しながら指や口元に視線がいく。
いつの間にか髪の毛を切ったせいでうなじが露わになっていて噛みつきたくなる。
久道がタオルと一緒に用意した大きめなサイズのTシャツ。
海パンを履いているのが分からないぐらいに丈が長い。
その分、首元が開いていて、角度によっては胸元も見えてしまう。
シャツで隠しているはずが裸同然の露出度になっている。
いつものように海用のパーカーを着させればこんなことにはならなかった。
めずらしく康介が海の中に入って遊んでいたので気づけなかった。
海から出てそのままバーベキューをすると身体をふいてからシャツを着てもいつもの状態とは違う。
身体の線が見えないぶかぶかのTシャツはじんわりと濡れている。湿っているという表現になるのかもしれない。髪をふいていなかったせいか、海から上がったばかりだからか、大きめのシャツの中にある康介の身体が見える。
一時期よりも肉がついてきた気がするがまだまだ細い。
その身体がTシャツの中にあるのが、ふわっと伝わってくる。
短くピッタリとした服よりもぶかぶかの服の方がいやらしい。
久道を見ると瑠璃川のやらかしで怒っていたのを脇に置いて頷き返してくれた。
良い仕事をすると思わず告げれば「だろ」と短く笑ってきた。
正面から見ていると欲望が刺激されるので俺の前に康介を配置したが、濡れた髪がこれはこれでそそる。
肉を食べているのに康介を食べているような擬似的な感覚を得ていたら、スイカ割りをしようと言われた。
瑠璃川と弘子が話していることに少しの興味もないらしい。
康介の中でバーベキュー前にいる瑠璃川や弘子たちとパラソルの下でまったり食べている俺たちは別世界にいる。
あっちはあっち、こっちはこっち。
自分が食べ終わり、弓鷹も手持無沙汰なのでバーベキュー班が依然として肉を焼いていたとしてもスイカ割りという次のステージに進みだす。
昔から変わらず自己中心的な奴だが久道も弓鷹も二つ返事で了承して準備する。
俺の前に座り込んだ康介に焼けた肉や野菜を持ってきながら「コウちゃんはスイカ割りの応援以外もうここを動かないと思うの」と弘子は言っていた。その通りになっていた。
結構あっさりと俺の前からスイカ割りをする弓鷹を応援するポジションへ移動する。
弓鷹が瑠璃川を攻撃しそうなのもフォローして「まっすぐだ、がんばれ」と声をかける。
子供に嫉妬などしないし、康介が瑠璃川についでのように声をかけるのも構わないのだが、つい引き寄せて抱きしめたくなる。
さすがにそれはないと思って大人な対応をしていたら、康介はスイカを素手で食べだす。
大きな塊を口の中に入れきれずに汁があごを伝って落ちていく。
野蛮で汚くて下品というより子供っぽく無邪気だからこそエロティック。
「康介、意地汚い」
配慮して耳元で告げると反省したのか顔を真っ赤にして俺から飛びのいた。
鈴之介が「コウちゃん、真ん中の甘いところが良いんだよね」と皿にとって渡していた。
久道と弓鷹が割ったスイカだけでなくカットしたものも皿に乗せていく。
さすがに多いと思って瑠璃川を見たらまだ弘子と話している。
島に着く前の船で鈴之介から兄弟で夏休みの宿題を合同ですると教えられた。
虫や植物などの写真を撮って山で見かけたとしてまとめるらしい。
取ったり触れてはいけないものがあるのか瑠璃川に聞いているのかもしれない。
元々、夏にこうやって遊ぶ以外に放置していた島だというから瑠璃川の無駄な金持ちぶりがわかる。
使わない土地にも税金などが発生するだろうに気にしない。土地を寝かせていてもったいないという意識がない。
カメラは久道が俺以外の家族を撮っているものと康介が俺だけ撮っているものと昔買ったすぐに写真が出来上がる弘子の持っているカメラがある。
鈴之介と弓鷹はスマホで写真を撮っていくんだろう。
どんな自由研究にするのか詳細は知らない。
夏休みの課題に親が口出しするのは野暮だ。子供たちの好きにすればいい。
学校の先輩に行ってよかったと話すにもこの島のことをネタにするのはお礼が言いやすいだろう。
「康介、食べるか」
スイカを持って声をかけると目を泳がせた後に近づいてきて口を開けた。
俺のスイカを食べながら照れたように「なんだよ、もう」と康介はもごもご文句を言いだす。
いつになく顔が赤い気がするのは日焼け止めが不十分だったからか。
俺が塗りたかったが弓鷹と弘子が康介の全身に日焼け止めを塗っていた。
肌が紫外線に弱いくせに昔から日焼け止めも化粧水なんかも康介は嫌がった。
べたべたとした感触と化粧の独特な香料が苦手だという。
痛い思いをするのが自分だけではなく子供たちもだと気づいてからは多少は直ってきたが、昔は酷かった。
良かれと思ってチームの女連中が康介に日焼け止めやその後のフォローで化粧水を塗ろうとするのを全力で嫌がって逃げていた。
涙目で「スースーするのいやだ、痛いよ」と泣きついてくる康介と子供たちに日焼け止めを塗られてきゃっきゃっ笑っているこの違いは何だろう。やっていることは同じだが康介の反応は正反対だ。
自分と子供たち全員が同じ日焼け止めということで仲間意識があるのだろうか。
ともかく、クーラーボックスからアイスノンを取り出して康介の首元につける。
「うっひゃん」
思わぬ衝撃だったのか康介が飛び上がる。
ギリギリで皿の上からスイカは落ちなかったが、プラスチックの先割れスプーンは砂に刺さった。
恨みがましい顔で見られるが、日焼けは火傷と同じだ。冷やしておくに限る。
「気にするな。スイカ食べたいんだろ、食べてろよ」
耳の後ろからうなじを撫でたり、服の中にアイスノンを滑らせたりするが、康介の顔の赤みは減らない。
スイカを食べているから顔が赤いなんてことはないだろう。
ぶるぶる震えて口の端からスイカがこぼれている。
だらしがないと思いながら舐め取ってやった。
2017/08/19