番外:下鴨家の人々プラス「海問題8」

下鴨鈴之介視点。
 
 
 コウちゃんの中高の同級生である瑠璃川さん。
 弘子の先輩の叔父さんに当たるらしい。
 意外なところで繋がるものだと巡りあわせに感心しているとヒロくんは通っている学校が学校なので不思議ではないと言った。
 
 俺と弓鷹と弘子は同じ小学校に通っているがこれは下鴨指定の私立校。
 下鴨家から俺は進学先の指定を受けている。小学校はコウちゃんと一緒のところなので文句はなかった。中学高校はそうじゃない。不満を口にする資格はないのかもしれない。下鴨の跡取りとして決定には従うべきだ。けれど、周りにもいるそれぞれの家の跡取りたちはもう少し自由にやっている。彼らを羨ましいとは思わないが、せめてコウちゃんとヒロくんの足跡をたどってみたい気持ちがある。
 
 自分のまだいなかった時間への興味なのか恋しさなのか分からない。
 今後のためにも知っておかなければならないと強く思う。俺の子供がコウちゃんと似たような生き方をしなければならないのだから、わかっていたい。子供として親の昔を知りたい気持ちよりも、未来の親としてまだ見ぬ子供のことへの好奇心があるのかもしれない。
 
 コウちゃんが幸せじゃなかったら将来生まれる俺の子供もまた幸せにはならない。
 そう思うとコウちゃんには常に笑っていてほしい。
 こういう真面目な話を弘子は「好きなら好きって言えばいいのに?」といつかの俺の発言を持ちだして笑う。
 女の子は大人ぶるものなのか「言い訳と保身でコーティングしたのが男ならば、おにいも一端(いっぱし)の男性と認めざるえない」と言い出していた。
 学校で同級生たちを見ていると自分のぬぐい去れないファザコン疑惑に居心地が悪くなる。妹にそれを隠そうとしているのを見破られるのもまた恥ずかしい。
 
 弟である弓鷹が微妙な顔をするようになったのも昔みたいに俺が「コウちゃんコウちゃん」と言わなくなったからかもしれない。俺は同級生の嘘と欺瞞を嫌っていた。それなのにいつの間にか俺は同級生に合わせるように大人の顔をしようとしている。
 
 大人は物わかりがよく理論的で合理的であるという思い込みはコウちゃんによって砕かれる。
 それは小学校高学年になった今の俺も以前と変わらず心地いい。
 弘子の言う通り好きなら好きだと思っていればいい。親を嫌っている周囲に合わせる必要はない。
 
 
 青空の下、ヒロくんを座椅子扱いしてよりかかるコウちゃんは上機嫌だ。
 クッションのように弓鷹を抱いて、弘子や俺にご飯を口に運ばせている。
 
 瑠璃川さんはドン引きしていて久道さんは笑顔で写真に撮っている。
 コウちゃんはバーベキューの串打ちという仕事を終えて動く気がなくなった。
 もっと正確にいえばヒロくんがコウちゃんを働かせる気がない。
 熱中症にならないように日陰に座らせてその後ろに陣取った。
 ヒロくんはこういうことをよくする。自分のそばからコウちゃんが動かないと思ってずるい。
 弓鷹は「俺へのあてつけだ」とつぶやいて深弘をつれてコウちゃんのところに行く。

 このごろ、弓鷹はずっとコウちゃんにくっついている。今まではヒロくんからコウちゃんに近づいていったら俺たちはそれとなく自分たちの部屋や久道おにいちゃんのところに行っていた。その暗黙の了解を勘のいい弓鷹が破るなんて驚きだし、コウちゃんがそれを受け入れていることにも首をかしげたくなる。
 
 弘子は訳知り顔で俺の動揺している姿を笑うが絶対に何も知らないはずだ。
 
 
「瑠璃ドン、あなたには黙秘権があります。口にしたくないことは口にせずとも構いません」
「待って! 俺はこれから何されるのっ」

 
 弘子の言葉に青ざめる瑠璃川さん。
 
 同級生であるだけではなくコウちゃんとは会長と副会長の関係で、ヒロくんからするとコウちゃんにとって数少ない友達だという。ヒロくんの後輩というより元舎弟関係だというからコウちゃんと学生時代に仲が良かったのは本当なんだろう。
 
 弘子は瑠璃川さんに聞きたいことを箇条書きにしてまとめていた。
 兄として止めるべきかもしれないが俺も聞きたい。弘子のように、コウちゃんのように、今の弓鷹のように素直になりたい。
 
「肉と野菜の炒めもの丼をちゃんと食べたじゃん。あれはあれでアリだったよ」
「あなた、シイタケを意図的に鉄板の上に残しましたね。炭と化して廃棄することを前提にした動き。このシイタケ殺しが」
「シイタケは君が食べてたじゃん」
「あなたの悪意の炎に殺される前に私の胃袋へお救いしたのです」

 芝居がかった仕草で溜め息を吐く弘子。
 
「ちなみに弘子ちゃんはべつにキノコ類、好きじゃねえから」

 久道おにいちゃんの援護射撃は瑠璃川さんに効果抜群だった。
 冷たいまなざしが「子供の前で好き嫌いする大人は発言も好き嫌いするんだな」と言っている。
 後輩という立場上なのか瑠璃川さんはヒロくんや久道おにいちゃんに弱い。
 久道おにいちゃんは弘子に甘々なので勝てるわけがない。あらがうだけ時間の無駄だ。

「うっ、……何が聞きたいんだ」
「手始めに、まずはそうですね。……あの光景を見て、率直な感想をどうぞ」
「黙秘権とかねえじゃんか。いや、まあ昔っからではあるよ。たまり場ではあんなんだった」
「ほうほう」
「あいつが他人に勧められて何か口にするってのは……久道さんからの以外は見覚えないかもしれないけど」
「私とおにいが小間使いのように甲斐甲斐しく世話を焼く光景に『うわぁ、こいつらやべぇ』って顔をなさっていたと」
「子供たちを動き回らせて自分は座りっぱなしとかクズじゃねえか」
「それはヒロくん批判ということでよろしいか」
 
 ヒロくんのご飯は瑠璃川さんが焼けたお肉を中心に渡していた。
 冷えたビールを持って行って「ビールを缶から直接飲むとか有り得ねえだろ」と言って凍ったグラスを要求していた。
 嫌な顔一つせずに冷蔵庫や冷凍庫がある施設のほうに走っていく瑠璃川さん。
 コウちゃんや俺たちを立ち上がらせることなく家の中で動くヒロくんの意外な一面。
 ヒロくんは立ち上がった久道おにいちゃんに「ついでに飲み物とって」「ついでに電気消して」「ついでに何か買ってこい」と日常的に言うけれどコウちゃん含めて俺たちは言われたことがない。
 
 コウちゃんが自主的に冷蔵庫から何か取ってあげようとしても自分もわざわざ立ったりする。
 これはコウちゃんへの意地悪ではなく「そっちじゃなくて、こっちだ」と言っていることが多いので、自分の考えをコウちゃんがわかっていないとヒロくんは先読みしている。
 
 それでいうなら瑠璃川さんや久道おにいちゃんを便利に使うのは自分の考えを理解してくれているという信頼からかもしれない。
 
「ヒロ先輩はいつも仕事で疲れてるし」
「あなたが下僕のように媚びへつらうのは当然だと」
「いやいや、俺はもうチームは抜けてるし、不良じゃねえから」

 頭を左右に大きく振り回す瑠璃川さん。
 リアクションが大きいというより弘子のツッコミに始終動揺している。
 ときどき助けを求めるように久道おにいちゃんを見ているが二人の視線は合わない。
 久道おにいちゃんは水着姿で詰問調な弘子を写真に撮るのに忙しい。

「元不良である瑠璃ドンは理由なくヒロくんを持ち上げながらコウちゃんにドン引きするのですね。懐かしい風景なのに」
「中学の頃ならともかく大人になって、あれは」
「中学のときもドン引きしていたのではなくて?」
「正直に言えばな。……そういうのは俺だけじゃない」

 言い難そうな瑠璃川さんに弘子はうなずく。
 コウちゃんに否定的な人間はもれなく嫌いだが、それはそれとして質問予定の項目が終わっていない。
 感情的に見えて弘子はどこか怒りすらも相手を自分の支配下に置くために使う。
 ヒステリックに叫ぶことで相手が言うことを聞くなら恥ずかしげもなくそうするが、無理だと分かっている場合こうして淡々としている。
 妹が意外に単細胞じゃないことが喜べない。
 女の子は裏表があるものかもしれないが、妹にそういったずる賢さを見たくなかった。
 
「根本的な質問に参りましょう。あなたは下鴨康介のなんであると考えていますか」
「俺はまあ、友達とか仲間だと思ってたけど、先日、知り合い以下の烙印を押されましたけどね、あはは、はぁ」
 
 瑠璃川さんの含んだ言い回しに誰も笑うことのないこの空間はヤバイ。
 自分で言って自分で疲れたように笑って濁すとか最高に空気が悪い。
 
 いつもは茶化すようにツッコミを入れる筆頭の弘子と久道おにいちゃんが表情を変えていない。
 公開処刑のような雰囲気に俺がいたたまれずいると肘をつつかれた。
 見ると深弘がいた。口を開けて俺を見上げている。
 そこでふと、自分がバーベキューの野菜ばかりの串を持って固まっていることに気づいた。
 食べたくないが、手に持ったので戻せないと情けない葛藤していると思われた。
 言葉を覚えるのが遅いのか単純に口数が少ないのか深弘はしゃべらないが目で語る。
 お兄ちゃんの野菜食べてあげると目で訴えてきている。
 
 同じ妹だというのに一人は自分の先輩の叔父さんを詰め寄り、一人は兄の気持ちを誤解しながらも優しい。
 弘子が悪くて深弘が良いということじゃない。
 兄として年上の男を追いつめるような女性に育ってほしくないだけだ。
 
「あなたは下鴨康介に性的な興奮を覚えますか?」
「は? はぁ!?」
 
 この場合、年下の女の子に言い負かされている瑠璃川さんが悪いのかもしれない。

 
2017/08/17
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