番外:下鴨家の人々プラス「海問題4」
久道視点。
ヒロが買い物に一緒に来ないなんて槍でも降るのかと思っていたらやってきたのは特大の地雷。
お昼を食べてまったりしていたらヒロが海で着る水着を俺と買いに行くように子供たちに言った。
となりに見ることのないと思った顔を連れて。
「ヒロ先輩がこれから仕事だって言うから俺が運転手兼荷物持ちするから」
「こきつかっていいし、奢らせてもいい。欲しいものはおじちゃんに買ってもらえ」
「年上の男性を財布扱いするのは、あと十年経ってからだって先輩が」
「お前の姪っ子、うちの娘にいいこと吹きこんでるな」
ヒロのからかいに苦笑しながらチラチラ俺を見るが無視。
弘子ちゃんと握手しているとか死ねばいい。
「会長が奢りならバナナボートがいい。二、三人乗れるやつ」
「下鴨、ホント空気読まねえよな。娘が遠慮したのにお前というやつは」
「弘文は一回しか使わないやつ買わないから、会長買ってよ」
「しかも今回限りしか使わないって宣言した上で更にねだるのかよ」
「どうせ買うんだからもったいぶらないで二つ返事で了承しろよ。面倒くさいな」
「お前だけには面倒くさいって言われたくねえなぁ」
康介くんの手のひらの上で転がされているのはいつも通りを感じさせる懐かしい風景だが、子供たちには新鮮なようなで瑠璃川を見上げている。
俺というか、ヒロと瑠璃川の出会いは意外にも康介くんと同じパターンだ。
制服で学外を出歩いてカツアゲされそうになっていたところをヒロが助けて懐かれる。
もちろん、康介くんのようにわき目もふらずにヒロに突進するようなことはない。
生徒会長をしていたヒロに学校でも尊敬を前面に出して顔を覚えてもらって、周囲に後継者として認められて次の生徒会長になった。とても正攻法だ。会長であったヒロといる時間を増やすために副会長を力技でもぎ取ったような康介くんとは違う。
街を出歩たりしない全寮制のひきこもり男子たちに康介くんの人気は高かった。
ヒロさえ絡まなければ綺麗で大人しくて有能に見えるのだから副会長になるのは難しくない。
よく「久道さんを差し置いて」なんて言われたが、実質やることがない会計の肩書きで俺は十分だ。
会計業務は前年度のコピペでOK。ヒロがあたらしく何かをしたがったらヒロ自身が計算して予算を捻出する。部活に振り分ける予算配分の見直しだって部長たちに直談判を受けたヒロの仕事。だから生徒会会計といったって楽だった。
「それで、私たちはあなたを今後継続的にこき使っていいのかしら?」
「すごいこと言うな、この娘」
「うちのひーにゃんは使われたがりだけど、あなたは?」
「ウチのって言われた!」
「ひーにゃんよりも筋肉レベルが高そうだけど忠誠心が低いと荷物を安心して持たせられないでしょう」
「えぇ……久道さん、ここでどんな扱いを受けてるんすか」
ドン引きした瑠璃川に大量の鍋の食材と眠ってしまった弘子ちゃんという秋口の悲劇を思い出す。去年のことだ。
俺しかその場にいなかったので寝ている弘子ちゃんを車に残して食材を移動するためにベンチを往復するなんて出来ない。
食材を全部捨てる覚悟で弘子ちゃんだけ抱き上げて車に向かったら助っ人として来てくれた弓鷹くんに救われた。
次男坊は冴えている。
「弘子ちゃん以外、すべてを捨てる覚悟?」
秋口なので放置すれば盗まれなくても生鮮食品は傷む。
欲しいとか食べたいと言われて買い込みすぎて持ち運べないなんてあの日はバカなことをしたものだ。
チームで活動している時は常に数人を引き連れていたから荷物運びが大変だと思ったことはなかった。
ひとりになってからの毎日の食事は二十四時間スーパーで少量ずつ購入していたのであんなことになるとは想像できずにいた。子供たちは小さいとはいえ家族で消費する食材の量とひとりで食べる量は全く違う。
「まこと、ひーにゃんは忠臣蔵」
「忠臣蔵に良い印象ないんだけど」
「会長って野暮だよね。空気読めない」
「下鴨に言われたくねえっ」
「ちょっと、いいかしら」
弘子ちゃんが手を上げるので「どうぞ、お嬢様」と告げると一回うなずいた。
この謎の大物感は康介くんの娘といった感じだ。
「コウちゃんを下鴨下鴨と言いますが、ここにいるみんな下鴨なんですけど」
「え、久道さんは」
「……まあ、ひーにゃんもすでに下鴨のようなもの。下鴨である私に従属するのが喜びなので準下鴨」
「下鴨に準とかそういうシステムないけど久道さんが良かったらオレの子供にしてあげようか」
「何この展開っ!! 喜びで死ねる! でも、ヒロが父親はちょっとね」
顔を手で押さえて「きゃー」と言っていると弘子ちゃんも一緒に「きゃー」と混ざってくれた。深弘ちゃんは俺たちの仕草だけ真似して無言。息子二人は出かける準備をしていて俺たちのやりとりは無視だ。何を思ったのか瑠璃川に軽く「今日はおねがいします」と頭を下げている。礼儀正しい子たちだが、俺はそんな扱いを受けた覚えがない。準下鴨だからかな。
「ま、会長のことはうるさい空気だと思って適度に無視しつついくよ」
「俺に金を払わせる気なのにそんなことよく言えたなっ」
「お昼は食べたけど、どこかでおやつ、立ち寄ろうか」
「早速、無視しただと!?」
瑠璃川のツッコミを一切触れずに深弘ちゃんに出かけるように帽子をかぶせる康介くん。弘子ちゃんが深弘ちゃん用の靴を持ってきてつけてあげている。これ以上になく和む癒しの空間だ。
「じゃあね、弘文。オレは会長に命を預けてくる」
「やめろ。安全運転に決まってるだろ」
「ゴールド免許だぞ」
「ペーパードライバーと同義か」
「なに、この娘(こ)怖い!!」
弘子ちゃんのツッコミにたじろぎながらヒロにあいさつをして出ていく瑠璃川と康介くんと子供たち。
俺も行かなければいけないけれど何だか癪に障った。
「どういう心境から? リハビリっていうなら最悪だね」
「ここ何年も転職失敗してるだろ」
痛いところを突かれた。
仕事が長続きしないわけじゃない。
トラブルが起こってしまうと嫌になって投げ出してしまう。
社会人としてまずいのだが、空回っている。
仕事のない時期にこの家に入り浸って、それで気持ちを楽にしていた。
いつまでも続けられるわけがない。ここはヒロの領域であって俺の場所じゃない。ヒロが作り上げたヒロの場所だ。
「うちに、うちの会社に来るか、それが嫌なら瑠璃川のとこで雇ってもらうのもいいんじゃねえか」
「余計なお世話って言いたいけど考えておく」
瑠璃川と話す康介くんを見て引っかかっているのは俺だけなのかもしれないと冷静になった。
いいや、最初から分かっていたことだ。
康介くんにとって価値があるのも感情を揺さぶるのも全部ヒロ。
だからこそ、思い出しても胸が締め付けられる。
一人の生徒会室で康介くんは泣いていた。
役員たちがアレの周りにヒロと一緒にいる間ずっと康介くんは一人だった。
一人であることなど気にならない、そう思われていた。
仕事を押しつけられていることすら意に介さないような康介くんが泣いていた。
俺はあの日、何と言っただろう。何が言えたんだろう。
うすっぺらな慰めの言葉だっただろうか。真摯に相手に寄り添ったアドバイスだったのか。
その後の康介くんの言動によって俺はあの日の記憶があいまいだ。
康介くんの涙よりもインパクトのあるものを見てしまった。
だが、それとはべつに康介くんの涙が許せなくもある。
追い詰めることを意図して、仕掛けられていた。
全容を知らなくても片棒を担いだ瑠璃川に悪感情がないわけがない。
会長のくせに生徒会室を開けて副会長の康介くんを一人にした。
あいつがいたからといって康介くんの心を慰めることなんて出来るわけもないのは知っている。
ヒロじゃないとダメなのはわかってる。
それでも、康介くんの気持ちとは関係なく俺があいつらを許せない。
数年前にヒロを集団でどうにかしようとしてたやつらも、康介くんが泣いたあの時も気持ちが悪い粘りつく悪意の香りがする。悪いことをしていると思っていない実動部隊とそれを上から見ている悪意のかたまり。
悪意を愛と言い換えようとする自己満足を極めた連中には不快感しかない。
2017/08/14