番外:下鴨家の人々プラス「海問題3」

下鴨弘文視点。
 
 
 パンフレットを見ていて俺はふと気づいた。
 
「これ、提案してくれた先輩って瑠璃川か?」

 弘子はうなずいて委員会が一緒だと教えてくれた。
 瑠璃川は資産家で有名だ。
 無人島の一つや二つ、個人で所有しているだろう。
 金儲けをしようとしないせいで逆に儲かったりしている一族で日々、個人資産が増えている。
 あたらしいビジネスにも比較的すぐに参入する。破産しても一族の誰かしらがフォローを入れてくれるので借金苦なんてことにはならない。
 何より気になるのはパンフレットの写真に見覚えがあった。
 
「先輩は瑠璃川ですが、それが?」
「瑠璃川ってうじゃうじゃいるよね」
「いねえよ。お前は黙ってろ」
 
 弘子が首をかしげるのはともかく康介の相槌はおかしい。
 瑠璃川を何だと思ってるんだ。
 不安そうな顔をする弘子に「違うんだ」と訂正する。
 
「瑠璃川はいいやつらだよ。人に騙されやすいけど、自分から人を騙したりしないし、金持ちすぎてズレてるやつ多いけど」
「そうであろう、そうであろう。先輩ちょっとおかしいけど善意の人よ」
 
 弘子は先輩が好きなのか笑顔でうなずく。
 ちょっとおかしいというのは金の使い方が荒いとかではなく、常識を無視したり発想が突飛ということだろう。
 ある意味、康介と似ているのかもしれない。
 瑠璃川にだって稀に真面目なやつや常識人がいるが例外なく苦労している。
 
「海に行きたいって話をしたら無人島を教えてくれて。最初は海外の別邸に一緒に行こうかって。それはちょっとって言ったら、これはって」
「弘子モテてるね」
「女の先輩だよ、コウちゃん」
「瑠璃川で女ってことは相当甘やかされてんな」
 
 比較的、生まれてくる子供には男子が多い。
 跡継ぎとしては男がいいのかもしれないが、自由人な男たちは家を守ろうという気がない。
 瑠璃川の女子は確実に婿を貰い受けるが男子は自由恋愛しすぎてフラフラしている。
 女の子の方が一族の中で大切にされるのもわかる。
 
「女の瑠璃川はどんな無理でも押し通すからな。一族がそれを許してるからだが」
「先輩に迷惑?」
「いや、大丈夫だと思うがあっちの事情も聞いた方がいい」
「弘文は何が言いたんだよ! 弘子の先輩が独断専行で勝手なこと言ってるなら予定はキャンセルでしょ。先輩がちゃんと段取り組んで、こっちにプランを渡してくれたなら無駄に不安をあおってるし、失礼じゃないか」
 
 今回に限っては俺が悪かった。
 弘子がしょんぼりしているので康介の言い分が正しい。
 海に行くのがわがままだという自覚があるのか、いつになく遠慮がちだ。
 
「子供に気を使わせんなよ」
 
 お前に言われたくないと喉元まで出かかる言葉を意識して飲みこむ。
 康介は日常的に子供にフォローを受けているやつだが、今のような微妙な空気をカバーするのが上手い。
 落ち込み気味だった弘子を「まったく弘文は心配性なのか雑なのかわかんない」の一言で笑わせている。
 
「海に行くのは別に好きにしていいじゃん。弘文いないなら久道さんとオレたちで行くし」
「コウちゃんそれは……ヒロくんがかわいそうだよ」
「こんな弘文思いなこと言ってる弘子を責めるとかないでしょ」
「責めてねえよ。ちょっと、瑠璃川が噛んでる話ならあっちに連絡した方がいいと思っただけだ」
「あっち? 弘子の先輩?」
「俺の後輩……お前、まさか。マジか!?」
 
 別に弘子を責めたわけでも、無人島プランが胡散臭いと思ったわけでもない。
 ただ瑠璃川が噛んでいる事業にかすめるなら知り合いに連絡を入れるのが筋だと考えていた。
 
「噛み合わねえと思ったらお前、瑠璃川のこと忘れたのか!?」
「忘れたって何が?」
「いや、だから瑠璃川だよ」
「金持ちのボンボンたちだろ。知ってるって」
「一族の話じゃなくて個人的な知り合いの話だ。ホントに忘れてんのか。この人でなしがっ」
「ヒロくん落ち着いて、コウちゃん本気でわかってないから」
 
 康介が転校生がどうとか言い出した時と同じ衝撃を受ける。
 ちょっとやそっとではあのインパクトを超えることはないと思っていた。
 そのぐらいにあれは「嘘だろ」と思ったが、まさかだ。
 
「まさか瑠璃川が目に入ってなかっただと……。お前、俺より一緒にいただろ。友達じゃないのかよ」
 
 瑠璃川のことを思って泣きそうになってしまった。
 そのぐらい康介の反応は俺にとってありえない。
 
「いや、瑠璃川がそこらへんにうじゃうじゃいるのは知ってるってば。子供たちの学校決めるために見て回ってて結構会ったよ。鈴之介の幼稚園にも瑠璃川の子がいたんじゃない」
「そんなレベルの話はしてねえよ。お前が中高六年……いや、五年間ぐらい一緒にいた瑠璃川の話だ」
 
 同級生である康介より俺の方があいつと親しいってどういうことだ。
 
「年賀状が毎年届いてるだろっ」
 
 なおもピンと来ない康介にリビングの棚から弘子が年賀状の束を出してきた。
 写真や家族関係の書類は置き場を決めている。
 弘子が年賀状の中から一枚を康介に渡すが康介は首をかしげる。
 違ったのかと年賀状を見つめる弘子に「あってる」と伝える。この一言で俺のタマシイが口から抜けていきそうだ。
 
「もう弘文はオレを万能超人だと勘違いしすぎ」
 
 不貞腐れたように唇を尖らせる康介は弘子から渡された俺のケータイを見る。
 弘子が康介に俺のケータイを渡したのは自分のケータイが他人にかからないと知っているからだ。
 年賀状に書かれた電話番号は電話帳にも載せている実家のものだろうから俺のケータイのアドレス帳を見るのが良いと思ったのかもしれない。
 タマシイを飛ばしている間に「瑠璃川 後輩」と登録している番号に康介は電話を掛けた。
 
「もしもし、下鴨康介です」
『は? え、先輩のケータイ? え、マジか』
「下鴨康介だって言ってるだろ、言葉が聞き取れないほど電波状況が悪いのか」
『んだよ、もう。何年振りかってのにそれかよ』
「そのことだが、誰? 弘文の言う通りオレのこと知ってるみたいだけど、オレは知らない」
『冗談やめろよ』
「まあ、それはいいとして、瑠璃川の中に小学校高学年の女の子いる?」
『いるけど。俺の姪っ子かな。……じゃなくてだ、俺のことを知らないってなんだよ。ありえねえだろ! てめぇ、ヒロ先輩出せよっ』
「……………………あ、会長か」
『沈黙しすぎだろ! 電話が切れたかと思ったわっ』
 
 音量を上げているので通話相手の声が耳に当てなくてもしっかり聞こえる。
 かわいそうな瑠璃川はきっと電話の向こうで泣いている。
 あいつは真面目なやつだからショックも大きそうだ。
 本人じゃない俺だって未だに立ち直れない。
 
「ぬぐいきれない三下の香りがする」
『そんな覚え方してたのかよ』
「弘文の型落ち品」
『それはそれで光栄なような……』
 
 照れくさそうな瑠璃川の声に改めて良い奴だと思った。
 
「オレにとって会長は弘文だけど面倒だから会長のことは会長って呼ぶわ」
『今後一切、俺の名前を記憶しない宣言本当にありがとうございます』
「礼には及ばない。それで、会長の姪っ子がうちの娘に無人島プランを提案してくれた」
『あぁ、迷惑だったか? おじちゃん、おねがいって言われたから夏休みのいつに来てもいいように準備できてるぞ』
「おじちゃん呼びされてんの? 老いぼれ?」
『同い年だからな!!』
 
 康介のあんまりな発言に笑えないが瑠璃川はなんだか嬉しそうなのでやっぱり気心知れた仲に見える。
 弘子が康介の服の裾を引っ張った。
 
「礼儀正しいうちの娘があいさつしたいって」
『お、おう?』
「お電話かわりました、下鴨弘子です。今回はわがままを聞いていただきありがとうございます」
『いや、全然大丈夫だよ。俺はお父さん? えっと、お母さん? とは中学高校と一緒のクラスで生徒会でも世話になってたよ』
「不躾なお願いまことに恐縮ですが、お時間頂戴できるのでしたら無人島に来てください」
『はい?』
「細かいスケジュールに関しては、あなたさまに一任しますので私のために時間をとってください」
 
 突然の弘子の言葉に康介は「弘子が会長をナンパしてる」とバカみたいなことを言っている。
 これはそういうことじゃない。久道に懐いているのと同じだろう。
 弘子から自分のケータイを奪って「俺だ」と告げると情けない声で「ヒロ先輩ぃ」と返された。
 
「どうやら娘は康介の学生時代が気になるらしい。会ったら話してやれ」
『それ、俺が行くのも言うのもまずいですよね。ホントに大丈夫っすか?』
「久道に会いたいなら時間作っとけ」
『そこ持ちだすのずるくないっすか。俺がずっと避けられてるの知ってるくせに』
「顔を合わせる良い機会だろ」
『嫌われ度合いが上がるだけな気が……。あ、無人島の件といえば仕事頼めます?』
「大口はいらねえって言ってるだろ。隙間産業で大手と競合せずにやってきたいんだよ、俺たちは」
 
 仕事の話は家でするつもりがないので「細かい話はあとだ」と一旦電話を切る。
 弘子に大丈夫だと告げるが未だに不安げな顔をしている。
 
「ひーにゃんの嫌な人だった?」
「弘子が呼んだって言えば文句は出ないだろ」
「それはダメ、ダメなパターン!! 権力を笠に着て民衆を従わせるのは恐怖政治なのっ」
「あの変態は弘子に踏みつけられたいって言ってるだろ」
「ものには限度がありんす」
 
 弘子が「あやや〜」と謎の言葉を発して自分の部屋に去っていく。
 康介が瑠璃川を知らない人あつかいしたショックが抜けきらずに失敗したかもしれない。
 久道に何かを言われたら弘子を盾にして逃げるしかないが、おとなしく盾になってくれる娘でもないので埋め合わせは考えないといけない。
 
 
2017/08/14
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