番外:下鴨家の人々プラス「海問題1」

久道視点。


 
 この家のあたらしい風は長女である弘子ちゃんが連れてきている気がする。
 次女の深弘ちゃんがハイハイをしなくなり、しっかり立って歩くようになったと思った、ある夏の日。
 
 
「そうだ、無人島に行こう!!」
 
 
 弘子ちゃんが部屋の中心で叫んだ。
 さすが康介くんの娘はスケールが違う。
 
 
 レゴブロックで水族館を作っていたらしい康介くんと次男が同時に「いつ?」と首をかしげた。
 長男はひたすら計算ドリルを解いており、次女は寝ているのか起きているのか「うー」と声を上げる。
 
「夏休みって学校に拉致られるんじゃなかったっけ」
「コウちゃん言い方」
「休みにもかかわらず強制的に山でキャンプをさせられるの。なんでやねん、海も選ばせろや」
「弘子ってそんな海好きだったんだ」
「私はどうやら波の感じが好きですね。プールはお風呂の延長っぽいから海がいい」
 
 笑顔で「おわかりか?」と口にする弘子ちゃんはかわいいが康介くんと次男には通用しない。
 弘子ちゃんの言い分が響かないのか「へえー」ぐらいな反応だ。長男に至っては聞いていない。
 
「思い返すと海ってヒロくんが私をマーメイドにしたいって連れてった時にしか行ってない!」
 
 マーメイドっていうのは女の子の下半身に魚の尻尾を装着して人魚っぽくするいってしまうとコスプレだ。
 砂浜や浅瀬で撮られた写真は本当にかわいい人魚姫だった。
 ヒロの親バカもときどき良い仕事をする。
 
「深弘もベランダのプールじゃ物足りなくなる年頃、ならば!」
 
 この家の夏の涼み方というか遊び方は広めのベランダにビニールプールを置いて泳ぐのではなく水風呂に浸かるようなゆるいものだ。
 康介くんのやる気があるときは水風船や水鉄砲で遊んでいたりするけれど泳ぐというより水浴びだ。
 長男次男が小学校に上がってからはビニールプールを出すのも見なくなっていた。
 
「無人島に行こうぞっ」
「落ち着け、弘子。シーズン中は混んでるだろ」
「コウちゃん、ツッコミそこじゃない。行くの? いいの?」
「実は、わたくし、下鴨弘子……ノープランではございません」
「おー、考えたんだー、えらいな」
「そうであろう、そうであろう。子供とは日々進化するのです!!」

 得意げに仁王立ちする弘子ちゃんが俺を見る。
 久道おにいさんにこのタイミングでできることってあるのかなと指示を待っていると視線が扉近くにあるランドセルに向けられた。
 持っていってあげると「見るがいい」とランドセルからパンフレットを取り出した。
 
「無人島貸切プラン? へえ、今ってこういうのがあるんだね」

 俺が感心すると弘子ちゃんは「ただの貸切プランじゃないの」とパンフレットの見出しを指さす。
 日付が来年になっている。
 
「今年はまだレジャー施設なんかの調整中で本格営業はしてないの。つまり、予約待ちになったり人がゴミのように群れていたりしません」
「営業してないところに行くのか」
「プレオープン? 来年の正式開業までにどんなお客がどんな使い方をするのか見るんだって。ほら、このパンフレット料金がまだ載ってないでしょ」
「……で、弘子。誰の回し者だ」
「コウちゃん、言い方! 弘子、自分で調べてオープン前のところに行けるって知ったわけじゃないだろ。学校のセンパイか?」
「うー、うん。海に行きたいけど普通の海だとヒロくん嫌がりそうだし、人が少ないところだと何かあると危ないし」
 
 肩を落として語る弘子ちゃんがかわいそうだった。
 これは全面的にここにいないヒロが悪い。
 康介くんは色白な見た目の印象のままに肌が弱い。
 日焼けすると真っ赤になってかわいそうなことになる。
 だから、海の中に入らず浜でパラソルの中にいたりするのだが、暑さでだるそうにしている康介くんは艶めかしい。
 中学の時はヒロがかわいいデザインのパーカーを着せていたりしたせいか、女の子と間違えられてナンパされていた。
 康介くんのレベルなら男でもいいと思われたかもしれない。
 下心あふれる男に貢がれる康介くんをヒロが放置するわけもなくちょっとした乱闘があったりした。
 知らない奴から貰ったフランクフルトは食べない方がいいと康介くんに言ったら「カラシたっぷりで最悪」と半泣きでかわいかった。ケチャップ多めで頼んだのにカラシ多めで出てきたらしい。
 
 康介くんは、からいものや酸っぱいものを食べると「あー」「うー」しか言えなくなるから、チーム内にはわざとこういう嫌がらせをするやつもいる。ガキだ。黙っていればかわいいというのは失礼きわまりない。康介くんは何していても大体かわいい。
 
 高校は女の子に間違われることはなくても平和にはいかない。OLさんに逆ナンされていた。康介くんからするとヒロを追いかけようとする障壁として立ちふさがる女子軍団。夏の力なのか食われる勢いで海の家に連れて行かれて奢られていた。ヒロを呼んでしまうと女子の胸を凝視している姿を見なければならない。どちらにしても、たぶん苦痛。
 
 俺やヒロ単体だと逆ナンを受けるがいつも周囲にいるのが、ごつかったり人相悪い男たちなので海で声をかけられることは少ない。ちょっと距離を置かれる集団だ。
 康介くんは集団からちょっと離れたり、後ろの方にいて同じチームだと思われなかったりする。
 これはヒロが悪い。
 暑いからまとわりつくなと言って康介くんを遠ざけたりするからだ。
 自分で連れてきておいて放置は酷い。
 水着姿の康介くんに覚えたときめきを考えないようにした思春期的行動なんだろうけれど、俺がソフトクリームを奢って機嫌をとっていたりするとヒロのほうが不機嫌になる。
 
 そして、中高の時代から二人の海での行動に変化はないんだろう。
 
「ここは久道おにいさんが一肌脱ぎましょう」
「やってくれるか、ひーにゃん!!」
「もちろんだよっ」
「ひーにゃんついてこないのに」
「えぇ!! ひーにゃん行けないの? 夏の星座とかメッチャ教えてあげるつもりだったのに」

 俺の叫びに反応したのは長男と次男だった。
 星に興味があるお年頃なんだろうか。
 
「夏休みの自由研究、三人でやって分割して発表しよう」
「兄貴も思ったか? 放っておいたら弘子はやらねえ、いや、終わらないかもしれないから、無人島にいる間に済まさせんのがいいな」
 
 二人の中にある久道おにいさんが居なかったら妹は夏休みの宿題を提出しないに違いないという俺への信頼感、ガッツリ伝わった。弘子ちゃんは集中力がないから漢字の書き取りを数十ページなど一気にやれない子だ。夏休みの大量の宿題を処理するには誘導が必要かもしれない。
 これは弘子ちゃんが悪いというより、男子二人が子供らしくない集中力で予定表通りに動きすぎている。弘子ちゃんは年相応だと思う。
 
「ヒロくんは女の価値は胸と尻とくびれだって言ってた」
「コウちゃんはやらなくても死なないことはやりたくなるまでやらない」
 
 両親が妹の教育にとって不十分な存在だと兄二人は判断したらしい。
 俺は「久道おにいちゃん頑張って」という熱い視線を受けた。断るわけがない。弘子ちゃんに夏休みの宿題をさせる係として家族旅行に同行が許された。
 
 実のところ俺が行くのは弘子ちゃんではなくヒロと康介くんがいちゃつくためだというのは気づいてる。
 夏の夜空を見上げて仲良く五人目を作ろうが、ケンカしてようが俺には関係ない。
 
 彼らは彼らの好きなように生きればいい。
 今までずっとそうだったように。
 
「ひーにゃん、でかした! 見直した!! やってくれると思っていましたっ。ヒロくんを打ち取ったりぃ」
 
 俺はただ矛盾した単語を詰め込んだかわいい褒め言葉が欲しかっただけだ。
 座った俺を満面の笑みで撫でてくる弘子ちゃん。
 無事に任務を達成した俺を盛大に褒めてくれる。
 
「よしよし、ひーにゃんは出来る子」
 
 犬のような扱いだとヒロは肩をすくめるけれど、犬は家族の一員じゃないかと思うと楽しいものだ。
 誰にでも心を開くタイプじゃない相手から気安く接してもらえると普通では得られない幸せがある。
 最初から手に入れているヒロには積み上げた時間の分だけの信頼なんかが見えてこないのかもしれない。
 それは俺だけの役得ってことになるんだろう。
 
 
2017/08/09
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