番外:下鴨と関係ない人「とある元不良B」

とある元不良視点。


 不良は嫌いだ。でも、中学や高校で俺は不良扱いをされていた。今更、過去を否定できない。
 
 
 木鳴弘文という人は本当に格好良かった。
 男が憧れる男を演じられる人だった。
 そう、演じていたんだ。大人になった今ならわかる。
 あの人はべつに男に憧れられたかったわけじゃない。
 立ち振る舞いのひとつとして理想的な正解を選んでいたに過ぎない。
 
 当時のあの人が欲しかったのが何なのか勝手な想像で語るなら「仲間」かもしれない。
 
 自分の周りにいる人を大切にして、自分に声をかけてくる人もまた無下に扱ったりしなかった。
 対立する相手にすら敬意を払って接する彼は格好良かった。
 そんな彼が邪険にして追い払おうとしたのはたった一人だ。
 
 変な女に言い寄られたり、血の気の多い奴らに付け回されても彼は余裕を崩さなかった。
 きっとそれは彼の想像の枠の中におさまっていたからだ。こういった人間はいるだろうと思っていたに違いない。
 
 下鴨康介。
 木鳴弘文が唯一自分から遠ざけようとしながら失敗した人間。
 妥協と割り切りで敵すら味方に変えていく木鳴弘文が下鴨康介だけをわかりやすく追い払おうとした。邪険にして距離を置こうとすればするほど下鴨康介は遠慮なく木鳴弘文に踏み込んでいく。
 
 中学と高校で校舎が違って会えなくなったストレスからか下鴨康介の木鳴弘文への執着は普通じゃなかった。
 
 高校生ともなれば毎日、外で遊びまわるなんてことはなくなるものだが、木鳴弘文は寮を抜け出していた。許可を貰っていたのかもしれない。彼はそれだけ教師からの信頼が厚かった。自分を探して下鴨康介が不用心に外を出歩くので学園に連れ戻す、そういった役割を買って出ていた可能性はある。
 
 学園の校則を生徒がすごしやすいように改善する努力を木鳴弘文はしていた。
 下鴨康介という規則から弾かれた者を自分の理想の道具にしていたなら、行動が奇妙に見えても木鳴弘文らしいと思えたかもしれない。
 
 けれど、空気が変わっていく。
 
 チームの中に派閥というものが出来ていく。
 以前から人数が多い分、細かくグループがあった。
 木鳴弘文に力を貸してやるという体(てい)で大学生たちもチームには参加していた。
 年長として偉そうに仕切ったり木鳴弘文の名前で女を吊ろうとするゲスは久道さんが人知れず潰していた。
 完全にクリーンな組織とは言い難くてもリーダーとして認められている木鳴弘文は社会からはぐれた子供たちの受け皿でありながら近隣住民や警察や教師などをきちんと味方にしていた。
 不良や暴力はおそろしくとも木鳴弘文がリーダーであるなら集団で行動していても一般人である自分たちには危害がない。そう思わせることに成功していた。
 
 この信頼を得る大変さを渦中にいる不良たちは誰もが知らなかっただろう。
 幹部と呼ばれる久道さんをはじめとする学園の委員長たちなどは知っていたかもしれない。
 苦労を悟らせずにいたからこそ木鳴弘文は格好良かったのかもしれない。
 
 服装によって性別不明状態になる下鴨康介。
 自分が性的な目で見られている自覚もない。
 ただ木鳴弘文以外に興味がなかった。
 木鳴弘文の名前を出して何かをしようとチームの人間が企んでも肝心の木鳴弘文がいないことが察知されれば下鴨康介は騙されない。
 チームの人間の顔など覚えていないので木鳴弘文の仲間だと言われても信じないのだ。無知はある意味で最大の防御だった。
 
 騙されて連れ去られてイタズラされるなんてこともなく下鴨康介は木鳴弘文にくっついて日々を過ごしていた。
 その裏でチームは大きく二つの派閥に分かれた。あるいはそういう形に見えた。
 
 久道さん派と木鳴弘文派だ。
 
 これは以前からの話で元々クレイジーで頭のイカレた奴らが久道さんを慕って集っていた。彼らは木鳴弘文の男気に惚れたとか助けられたとか見た目や強さや統率力に惹かれて群れる人間とはまったく別系統。
 本人たちはともかく派閥に属している人間は水と油だった。
 久道さん派の人々は頭がおかしい愉快犯でも久道さんの言うことを聞くので木鳴弘文に何もしない。木鳴弘文が久道さんと根本的に仲違いなどしないからだ。久道さん以外からの命令は一切聞かないがそれで木鳴弘文と敵対することもない。
 
 木鳴弘文に危害を加えそうな人間をランキングにして上から順番に襲っていくという遊びをしている程度に仲がいいがチームの人間たちはそのことを知らない。
 傍から見ているとチームの仲間を殴って笑っている頭のネジが飛んだ危ない奴らだ。
 
 完全に派閥が別れたとチームの人間たちに印象付けたのは下鴨康介だろう。
 下鴨康介さえいなかったらチームが内部分裂することはなかった。
 
 木鳴弘文は下鴨康介を邪険にした。
 自分たちのたまり場に来ないように再三言った。
 それを見て虎の威を借る狐のように木鳴弘文を慕う人間は下鴨康介を追い出そうとした。
 だが、それに待ったをかけたのが久道さん。
 久道さんは木鳴弘文の言動を笑っていさめて、二人の仲を取り持つように動いた。
 もちろん久道さんを慕っている奴らはそれに賛同するが、反発も生む。
 今までずっと久道さんが木鳴弘文の言葉を無視することがなかったからだ。
 自分たちのリーダーの意向を蔑ろにするような久道さんに不信感を覚えないはずがない。
 
 木鳴弘文のいないところで誰かが久道さんに真意を問いただした。
 下鴨康介はこのチームにはいらない。
 みんなが聞き耳を立てて久道さんの言葉を待った。
 どうしてあんな奴を放っておくのか。
 みんな今のチームの空気の理由が知りたい。
 どうしてあんな奴のために自分たちの居場所が壊れようとしているのか。
 
 久道さんは笑った。
 全力でチームにすがりつく人間を嘲笑った。
 
『ヒロのことは一番俺たちが分かってるなんて、俺を前にして言うなんて良い根性してんなぁ、バカが。
 見て分かんないのか、見たくないから分かんないのか知らないけど、物事には優先順位がある。ただそれだけのことだ。
 どこから見ても天使的なかわいらしさを持つ康介くんを優先するだろ、お前らよりも!!
 人間の分際で天使と同じ立場に立てると思ってんのかよ。どんだけ偉いつもりだよ。
 自分が抱える不安をヒロに押しつけて解決させたり、ヒロと同じ空気を吸ってヒロに近づいた気になって思考停止するやつら、お前らみんな気持ち悪いんだよ』
 
 木鳴弘文を慕う人間を見下す久道さんの立場が悪くならないわけがない。
 いくら木鳴弘文と親しい久道さんでも数の圧力は無視できない。
 多勢に無勢。
 大人数には押し切られてしまう。
 いくら久道さんや久道さんを慕ってるやつらが強かったとしても数には勝てない。
 大規模な争いに発展したらチームは本当に終わりを迎える。
 それを間に入って仲裁したのが久道さんの兄だ。
 包帯を顔に巻いた異色のファッション。
 彼は「まあまあ、みんな落ち着いて」が口癖で久道さんが誰かと衝突するときに割って入る。
 もっと言えば、久道さんと誰かが衝突する原因になる下鴨康介と誰かが揉めた際に声を上げる。
 
 久道さんは完全に下鴨康介側にいて、お兄さんの方は中立を崩さないのでなんとかなっていた。
 下鴨康介は庇ってもらっても誰にも感謝をしないので嫌われ度合いを深めていった。
 それでも、久道さん派や木鳴弘文を神聖視するわけじゃない幹部の連中からは言うほど下鴨康介は嫌われていなかった。
 学校が同じで下鴨康介の学生としての姿を知っているということも大きいのかもしれない。
 
 木鳴弘文と出会う前の下鴨康介の評判は優秀で温和な人形。
 優しいにもかかわらず物事を他人事に語る人間離れした子供。
 物事を俯瞰で見ている言い分からか、見た目からか下鴨康介は人形と陰で呼ばれていた。
 悪い意味じゃない。
 久道さんの言うような天使と同じ意味合いだ。
 自分たちとは違う世界に生きる存在として人間扱いをしなかった。
 
 だからこそ、木鳴弘文とむきあっているときの下鴨康介の言動は異常だった。
 学園での静寂をまとうような姿を捨て、知能指数が低いとしか思えない言動をする下鴨康介。
 生徒会に入り仕事している最中の有能さと外で木鳴弘文にくっついてわがままを訴える姿が重ならない。
 
 それが逆に良かったのか幹部たちは下鴨康介を表立って咎めたりはしない。
 下鴨康介の本質を察したからだろう。あるいは久道さんが木鳴弘文の一番の理解者だときちんと知っていたからか。
 学校が違う一部の人間たちからは反発を招いたので変な動きがあったが、それはいつものように久道派の人間たちが潰していく。
 
 チームの空気に耐えられなくなった誰かが下鴨康介を襲わせようとヒナを動かした。
 バンダナにサングラスの頭のおかしな喧嘩好き。
 躊躇なく暴力を使うのは久道さんたちと同じだがヒナは完全にあぶないやつだった。
 人なんて何人も殺しているという噂がたつほどだ。
 
 そんなヒナを下鴨康介を守るために木鳴弘文は倒してしまった。
 それがきっと俺が不良を止めることになった本当の理由だ。
 
 
2017/08/14
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