番外:下鴨と関係ない人「とあるアパレル販売員」

とあるアパレル販売員視点。


 
 最近私はいつになく仕事が楽しい。
 これは後輩も出来て、オーナーに頼られることも増えてきたからではない。
 定期的にやってくる家族を見るのが楽しいのだ。
 
 最初はどういった関係なのか気になっていたけれど、そろそろ十年ほど見続けているので家族なのは間違いない。
 学生時代から私はショッピングモールのいろいろな店でバイトをしていた。
 最終的にオーナーに誘われてアパレルショップの販売員に落ち着いたけれど、学生時代から見かけて気になっていた人たちがいる。
 ショッピングモールのテナントが変わったり季節の物産展フェアが開催されるとほぼ確実にご来店くださる。
 他にもそういったお客さまは何人か思い浮かぶけれど、学生のころの衝撃が今でも忘れられない。
 
 フードコートでドーナツを売っていた私。
 買いに来てくださった垢抜けた美形さん。
 家族連れがひしめくこんな場所ではなく若者が集まる賑やかな街が似合いそう。
 そういう勝手なツッコミを心の中でしながら冷静に注文されたドーナッツを用意して確認してもらう。
 会計の際、彼は一万円を抜いてから財布を勢いよく後ろに投げた。
 思わず目で追うと財布は誰かに話しかけようとする男の後頭部に直撃した。
 財布が手からすっぽ抜けたわけではない。後ろを振り返ることなく仕留めたのだ。
 
 私は内心の混乱を隠しながら「一万円からでよろしいですね」とマニュアル通りの台詞を口にしてお代をいただいた。
 二人分の飲み物を注文されていたのでお連れさまがナンパされたのかもしれないが、それにしても財布を投げたりするだろうか。
 ナンパした側も知り合いなのか三人で仲良くドーナツを食べられていたけれど、私はあの一連のシーンをまだ夢に見ている。
 
 当たり前のように財布を投げつけてしまう美形さんも財布を投げつけられてもめげずに一緒にドーナツを食べてしまう人も美形さんが食べている最中のドーナツを横からかぶりつきに行くお連れさまも三人ともがどうかしていた。
 
 彼らのインパクトは何年経っても色あせることがない。
 美形さんはウチの店にはここ数年ぐらいずっと月に一回のペースで来ていただいている。
 親子コーデと称して子供と一緒に大人も着られるデザインばかりを店頭のマネキンに着せて推しだしている。
 デザインが奇抜ではなく高価格帯ではないことで安定して売り上げがあるウチの店の定番だ。
 反抗期をむかえる前の子供は親にべったりなところがあるのか一緒の服というのは地味に人気がある。
 
 
「すみません、これ、色違いありますか」
 
 
 聞かれて視線を下に向けると勝気な瞳のかわいい女の子。
 手に持っているのは真っ黒の帽子。
 ダークブランの髪の毛は生花を編みこんで右側でまとめている。
 いつもながらに凝った髪型に内心で頭を下げる。ウチの服に合わせてオリジナルのヘアースタイルを作っているのは誰なのかとても気になる。それ以上にかわいく着てくれてありがとうの気持ちだ。
 
「どんな色がご希望でしょう。白、空色マーブル、桜色などございますが」
 
 屈んで女の子の目線に合わせる。
 女の子が持っている帽子のタイプは在庫が乏しいので店頭から撤収させてしまった。
 私の言葉に少し考えた女の子は「このコサージュが似合う帽子がいいの」と自分の鞄を指さす。
 そのコサージュは見覚えがないけれどかわいいと思って私はピンときた。
 以前にオリジナルコサージュ作りの話を私は彼女にしたのだ。
 ショッピングモールのテナントに手芸屋さんがあるのでそこを案内しながら雑談のように良かったらどうぞと言った。
 オリジナルのコサージュは鞄につけるのもいい。
 帽子にだってもちろん似合う。
 女の子の手にあるベーシックな形の帽子はオリジナル帽子を作る土台として大正解だ。
 私は店の外を見る。ベンチにいつものように座っているお連れさまが明るめな色の服を着ているのを見て私はすぐに大人用と子供用の帽子を持ってくる。
 
 色合いは白をベースに黄色と緑が濃淡さまざまに溶け合っている。
 私はハチミツレモンと呼んでいる爽やかな印象のデザインだ。
 そろそろ季節外れになってしまうので奥に引っ込めていた。
 
 コサージュは青や紫などで作られているので帽子と合わせても違和感がない。
 買っていただくのは帽子ではない。コサージュの似合う帽子であるべきだ。
 そして何より、ベンチに座って動く気のないお連れさまに似合うものでないといけない。
 
「失礼、こちら少しお借りしていいですか」
 
 娘の動きを傍観していた美形さんに袋から出した真新しい帽子を横から指さされた。
 最初に見たときは年の離れた兄妹か親戚の子を預かっているんだと思った。
 そんな記憶が薄れるほどに父と娘としか思えないやりとりを見てきたので改めてご贔屓にしていただいてウチの店は幸せだ。
 
 いつもご来店ありがとうございますと心で思いながら「どうぞ、お持ちください」と私は笑顔で帽子を差し出した。
 美形さんが迷いのない動きで帽子を持って店外に出る。
 店の前に設置されたベンチに座っているお連れさまに帽子を乗せて、数歩後退して全身を見る。帽子をかぶった顔だけではなくトータルを確認していて印象がいい。美形さんが美形なのは一つのアイテムに固執するダサい男じゃないからかもしれない。同じTシャツを延々着ている男は本当に気持ちが悪い。
 
 ベンチの近くを歩き回っていたらしい息子さんたちと会話をして帽子を持って店内に帰ってくる美形さん。
 女の子に一言「ありだな」と言った。
 販売員である私に丁寧に話しかけるのに自分の娘にちょっと雑な感じに話しかけるギャップ。
 その上、買うと決めたものは必ず買う決断力と経済力。素敵抱いてと心の中で思うもののお連れさまにあれだけ尽くしているのを見てしまうと入り込める要素がない。
 
 帽子と靴下と珍しく娘さんとセットではない紫外線カットされたブラウスを数点購入された。
 ショッピングモールのベンチに座りっぱなしのあの方が日中に外で動かれるのだろうか。
 いつもとは違う購入ラインナップに心の中で勝手な予想をたてながら仲がよさそうな父と娘を見送った。
 
 しばらくして、怠け者の後輩の雑談が始まった。
 
 店内にお客さまがいないとはいえ無駄口を叩くぐらいなら服のたたみ直しでもやっていろ、そう思いながらも私は適当に相槌を打つ。
 今日はあの家族に何かがあったんだろうと想像に忙しい。
 
「さっきのちょっとあやしい人たち居たじゃないですか」
 
 具体性がなさ過ぎて把握できない。
 店の中での話なのかショッピングモールの外の話なのか。
 
「センパイがわざわざ帽子出してあげた女の子とかの」
 
 数年来のお得意さんに対してあやしいなんて失礼すぎる。
 私だってあやしさを感じたこともあるけれど口に出そうとは思わない。
 
「あの女の子いっつも感じ悪いっすよね」
「はあ!?」
 
 衝撃的すぎて思わず大きな声が出た。
 一度として感じが悪いと思ったことはない上に物わかりがいい賢い子だと思っていた。
 買わない商品を無駄に触れたり泣きわめいたりするところは見たことがない。
 いつだって買うことを前提にして質問をしてくれる幼いながらに上客だ。
 こちらが商品のアピールをしっかりと受け止めた上で自分の希望を乗せて返してくれる。
 大人でもなかなか自分が着たい服や探している服の説明ができないのにちゃんとしている。
 
「いつもコレじゃなくてアレって注文つけてくるじゃないですか」
「お客さまが自分の希望に合った商品を探すのは当たり前でしょう」
「お客さまって、センパイあれ子供じゃないですか」
「子供が欲しいものを親が買うでしょう」
 
 事実、娘が欲しがったものを美形さんが買わなかったことはない。
 
「お金払うのは親なんだから親に説明するもんじゃないですか」
「あの子が納得しないものをあの親は買わないでしょう」
「娘のかわいい姿を父親はみんな見たいですって」
 
 見解の相違は仕方がないが聞いていて嫌な予感がする。
 
「あなたまさか、彼女の言葉を無視したの。商品について聞かれて」
「お客さんはあの子だけじゃないんです。私だって仕事してるし、あっちのお姉さんに聞いてって感じで流してますけど」
 
 後輩を叱りつけたいが、後輩の対応のおかげで女の子が私に話しかけてくれるんだと思うと頭ごなしに考えを改めろと言い難い。年齢に関係なくお客さまはお客さまだと分かっていないのは同じ店員として恥ずかしいが、後輩はたしか縁故採用だ。
 それに接客態度がものすごく悪いわけじゃない。
 学生時代は読者モデルだったらしく見た目はかわいいしウチの服も華やかに着こなしている。
 子供から大人までどころか男女ともに着れるとなると地味で無難にまとる服ばかりになるところを後輩がアレンジすることでティーンにもそこそこ受けている。
 
「あのベンチに座ってる人、奥さんかもしれないですけどサングラスダサいです」
 
 お連れさまは大女優にしか許されない顔が隠れそうな大きなサングラスをしている。
 顔が小さいからサングラスが大きく見えるだけかもしれない。
 
「絶対私の方が若くてかわいいですよねっ」
 
 何言ってんだコイツと冷たい視線を向けても後輩は動じない。
 
「私、玉の輿目指してるんです」
 
 聞いちゃいないことを力説する後輩は私の冷たい反応に気づかないのか「聞いてくださいセンパイ」とうるさい。
 仕事をしろと突き放したいが「あのイケメンってオーナーの愛人なんですよ」と言われて続きを聞くしかない。
 お客さまの個人情報など店員は詮索しません。そう言いたいがメチャクチャ気になる。
 
「オーナーと喫茶店で話してるの見ました」
 
 喫茶店なんていうオープンなところで話していたなら浮気ではない。
 商談とかそういったビジネスの話じゃないだろうか。オーナーはアパレルショップを何店舗も経営している。
 
「私、後ろの席に座って聞いてたんですが、センパイが新しい店で店長を任されるらしいです」
 
 新店舗についての話を二人でしていた理由はともかく愛人疑惑どこいった。
 こんな形で店長になることを知りたくはなかった。
 
「オーナーってばアクセ買ってあげたいとか、家買ってあげたいとかイケメンにメロメロでした。金持ってる勝ち組の女って違いますよね」

 オーナーへの憧れを語りつつ盗み聞きの内容を詳細に話す後輩。
 彼女の口の軽さはいつか自分の首を絞めるだろう。
 
「金銭的に不自由はさせてないって言って断ってました」
「愛人ではなかったのね」
「いえ、でも! イケメンの手をぎゅって握ったりしてたんですよ」
「何かを握らせたとかじゃないの」
「後ろからなんでそこまでは……。でも、格好いいからホストですよ。ホストって親戚の子を遊びに連れて行ったりしてストレス発散してる人多いって」
 
 あくまでお客さま不審者説を崩さない後輩。
 
「ホストやってると身内の子供に何でも買い与えちゃうらしいですからそれですよ」
 
 玉の輿を狙う後輩にとって都合のいい美形さんフリー説を唱えたいようだが、それはない。
 今まで見ていた中で疑う要素が一瞬もなかった。
 ウチの店を贔屓にしてくれているのは服のデザインや価格ではなく、店内からお連れさまが座るベンチが見えるからではないだろうか。
 
「あなたからするとホストって玉の輿なの」
「いやいや、ホストで資金を溜めて何か仕事してるみたいですって。仕事くださいってオーナーに言ってましたから」
 
 やっぱり普通にビジネスの話をしているだけだ。
 ただオーナーとは長い付き合いなのかもしれない。
 
 この店に入荷する服はいつもお連れさまに似合いそうなものが多い気がする。
 
 オーナーと知り合いならぜひ入店してほしい。
 ウチはセミオーダーもやっているので採寸させていただきたい。
 いつも丁寧に断られているけれど裾のお直しは無料でやっておりますのでベンチから数メートル移動してもらいたい。
 
 いつも遠目でしか見ておらずほぼ座っている状態で一方的に見つめているので、新店舗に移動する前にお連れさまを近くで見たい。そんな機会はあるのだろうか。
 
 
2017/08/09
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