番外:下鴨家の人々 「次男」

下鴨弓鷹視点。


 家族仲は良いと思うし、不自由を感じたことはない。
 ただ隣に住んでいる祖父母のことはあまり好きではなかった。
 木鳴の曽祖母は好きだ。
 これはコウちゃんの感じ方のせいかもしれない。
 
 コウちゃんは自分の両親を好きなようには見えない。どこか他人行儀でよそよそしい。逆にヒロくんのおばあちゃんのことは大好きだ。コウちゃんは好き嫌いがすぐに表情に出る。
 
 木鳴のおばあちゃんに対していつも楽しげに笑いかけている。
 これはヒロくんネタで盛り上がれるからかもしれない。
 定期的にヒロくんアルバムを持って木鳴のおばあちゃんはやってくる。
 コウちゃんにとってはうれしい時間みたいなので俺もうれしい。

 毎日顔を合わせる下鴨の現当主であるコウちゃんの父親、俺にとっての祖父をヒロくんは全面的に信頼しているようだけれど俺はうさんくさく感じる。

 それは、おじいちゃんと呼ぶにはあまりにも若すぎるからかもしれない。
 こっそりとコウちゃんに下鴨の人たちと馴染めないと告げると「鈴之介もああなるから許してやれ」と謎な返しをもらった。
 ヒロくんは言葉が足りない。けれどコウちゃんは自分だけに分かる言葉を勝手に作りだしたりする。だから会話が成り立たないことがある。
 それでも、産まれたときからの付き合いなのでコウちゃんが何を言いたいのか何とか理解しようとしてる俺はけっこう偉い。
 弘子は最初から考える気はなく兄貴に至っては考えすぎて遠回りしている。
 きっと兄弟の中で俺が一番コウちゃんを理解している。コウちゃんに一番近いのは俺だ。

 周期的にどんよりしだすコウちゃんを弘子はヒロくんに押しつければ全部解決すると思っている、が俺は知っている。
 
 コウちゃんは動物園か水族館に連れていくと元気になる。
 ちなみにヒロくんは子供服売り場にいくと元気になる。
 兄貴も俺もヒロくんにうんざりしていたが今は弘子がいるので楽だ。
 楽しそうにヒロくんと弘子は服を買っている。妹が生まれて心の底からよかったと兄貴と喜び合った。
 
 

「コウちゃん、ライオンがないんだけど……また盗られたの?」
「ライオンはガオーだからな」

 さっぱり理由にならない返事だったがこれでつまずいたら下鴨ではやっていけない。
 コウちゃんは言葉の前半を聞いて適当に答えてから、頭の中で言葉の意味を考え出すので三回目ぐらいで会話がつながる。
 俺の言葉を聞いていないわけじゃない。ただ頭に染み込んでない。

「がおーって人気あんの?」
「百獣の王だからな、きっと大人気だ」
「作ってくれってヒロくんに頼まれたわけじゃねーんだよね?」
「んー、弘文は『適当に作ったやつ、適当に持ってくからな』って。そして誰もいなくなった」

 レゴブロックを手の中で遊びながらコウちゃんが言う。
 話を聞いてる限りだとヒロくんの仕事に使ってるんだろうけれどコウちゃんは理解していない。
 朝、起きたらレゴブロックで作った動物園が破壊されていたのだ。
 
 俺にこっそりと動物が脱走していると相談してきたときは兄弟の誰かを疑っていないことをアピールするためかと思ったけれど、実は本当にレゴブロックの動物が動くと思っているような気がする。
 コウちゃんは大人だけれど、そういった夢見がちなところがある。「気合いを入れたから動きそう」と言っていたのが冗談に聞こえなかった。

「もう! 適当じゃないじゃん!! コウちゃんの力作じゃんか。俺も手伝ったのにっ」

 コウちゃんはヒロくんに甘すぎる。
 なくなってもまた作ればいいと思ってるかもしれないけど、その場の感覚で作ってるコウちゃんの動物は同じものが出来あがらない。作り方を覚えていたり記録をつけたりしない。
 これは俺がきちんと動物の作り方を残しておかなければいけないのかもしれない。

「そうだな、大きな家を作ってその中のものは持ち出し禁止にしようか」
「じゃあ、家の中に入っていいのは俺とコウちゃんだけね。兄貴も弘子たちも禁止!! ヒロくんも絶対だめだから!」
「深弘は?」
「まあ、深弘はおとなしいから許す」
「おにいちゃん格好いい〜太っ腹ぁ〜」

 コウちゃんが寝転がっていた深弘に「よかったな」と声をかける。
 そろそろ一歳になる深弘はものすごく静かだ。
 弘子がメチャクチャうるさかったので女は全部うるさいと思っていたがほとんど泣かない、騒がない。
 誰に抱かれても声を上げないので連れ去られたりしないか心配になる。

 今はほとんどないが弘子は昔、レゴブロックを蹴り飛ばしジグソーパズルをひっくり返して暴れまわっていた。それを考えると深弘のおとなしさは奇跡だ。それとも大きくなったら深弘も乱暴者になるんだろうか。
 
 弘子はおしゃべりが好きで、深弘はお昼寝が好きだとコウちゃんは言っていた。

 おねえちゃんぶりたくて深弘にちょっかいをかける弘子を阻止するのが兄の使命だとコウちゃんに言われているがなかなか難しい。弘子は飽きっぽいのでレゴブロックで何も作れない。
 
 久道さんがいると弘子の興味というか攻撃対象がそちらに行くので深弘は安心だが以前と違っていつもはいない。大人として久道さんも仕事をしているらしい。
 
「ヒロくんを犯罪者として訴えて勝とうっ!!」
「でも、ライオンはガオーで百獣の王で格好いいからなぁモテちまうんだろ」
「ヒロくんに奪われるならOKってこと?」
「まあな」
 
 照れくさそうな顔をするコウちゃんはダメな人だと思う。
 大前提としてコウちゃんはヒロくんに何をされてもいいという感覚でいる。
 俺はそれに何だかイライラしてしまう。
 
「でも、そうだな。弓鷹との共同作業のを持っていく弘文は鬼畜だな」
「きちく?」
「悪人だ」
「ヒロくんは悪というか脇が甘い気がする」
「鋭い指摘だ。オレもそう思う。昔っから人脈が広くてモテてオレが放置される」
 
 ぐぬぬとコウちゃんが奥歯を噛みしめる。
 かわいかったので頭をなでていると兄貴が帰ってきた。
 深弘を起こさないためか静かにやってきて俺たちを手招きする。
 兄貴の気遣いがわからないコウちゃんは深弘を抱き上げてリビングに行った。
 本当、コウちゃんは空気を読まない。深弘は目が覚めたみたいだが泣くこともなく騒がず静かにまた目を閉じた、良い子だ。
 
「どうかしたか」
 
 コウちゃんは声を小さくしたりしない。
 眠そうな深弘に容赦がない。
 弘子なら癇癪を起して泣いて騒ぐところだが、深弘は空気を読んで無言だ。
 まどろんでいたのを邪魔されても泣きだすこともない。
 
「中学、私立の共学に行くって。おれ」
「下鴨の跡取りとして俺の父親と同じ学園に通うことになる。そういうもんだ」
「俺はヒロくんとコウちゃんが通っていたところがいい」
「なんでだ? 全寮制の男子校にかわいい女の子は居ないぞ」
「二人が通ってた学校がいい」

 兄貴の意志は固いらしい。
 ただコウちゃんはどうして兄貴が頑ななのか理解できない。

「ん〜、弓鷹」
「木鳴のおばあちゃんからは俺の好きなところに通っていいって言われてる!」
「で、鈴之介はオレの父親が指定したところが嫌だ、と」
「いやなんじゃなくて……」
「ヒロくんとコウちゃんがどんな学園生活を送ってたのか兄貴は知りたいって、そういうことだろ」

 俺の言葉にうなずく兄貴と微妙な顔をするコウちゃん。
 学生時代に良い思い出がないのか唸り声をあげる。
 
「私立だから教師とか同じだけどな……どうせあいつらオレの悪口言うだけだろ」
 
 うんざりとした顔をするコウちゃん。
 小学校で聞いた限りコウちゃんは先生受けがいい。
 優秀でかわいかったと昔の写真を見せられた。
 表彰状を持っている写真が学校の廊下に飾ってある。入学式でヒロくんが発見して驚いていた。
 好き嫌いもせず物わかりがよくクラスのまとめ役をしてくれるので先生は楽ができたと言っていた。
 今のコウちゃんみたいにゆったり気ままではなかったようだ。
 
「弘文がハガキ出せっていうから出したら『子供できましたの前に結婚しましたハガキをよこせ』とか電話かかってきて面倒だったし」
「コウちゃん、愛されてる!」
「この場合の愛ってなんだ?」
 
 真面目に言っているところがコウちゃんのダメさだ。先生の生徒愛を受け止められていない。
 兄貴はすこし考えた後に「一緒に高校通おう」とコウちゃんに言った。
 
「まだ先の話だけど、俺がいるならヒロくんも許してくれると思うから高校卒業しない?」
「いまさら勉強とかコウちゃんだって面倒だろ。兄貴どんだけ真面目なんだよ」
「コウちゃんは別に勉強きらいじゃない」
「中高ではサボってたって言ってたじゃん」
「それはヒロくんがいたからだろ」
 
 コウちゃん本人を差し置いて俺と兄貴が言い合う不思議空間。
 兄貴の考えがまるっきりわからないわけでもない。実はちょっとわかる。
 
「でも、兄貴さあ……本当のところは寮生活になるからコウちゃんを連れてこうと思ってるだけじゃない?」
「俺はコウちゃんのために」
「嘘だ」
 
 否定したのは俺ではなくコウちゃんだった。
 笑ったり困ったり拗ねた顔ばかり見ていたので意外だ。
 表情が抜け落ちた顔は弘子が持っている人形のように見える。
 
「鈴之介は弘文に頼まれた?」
「俺は俺の意思で動いてるよ」
「鈴之介の高校進学あたりが、そろそろ会社を大きくしたいとか、そういうタイミングになる。そんなところだろ。弘文は俺が邪魔なんだ」

 何も言い返さないところを見ると兄貴もその可能性を考えたみたいだ。
 ヒロくんは会社の話をしない。
 家で仕事の話をしないくせに仕事のためにコウちゃんの作ったものを持っていく。
 矛盾している。とんでもなく自分勝手だ。
 
「……逆だよ、コウちゃん。兄貴はコウちゃんがそう思わないように手を打とうと思ったんじゃない」

 納得ができないという顔をするコウちゃんと青白い顔の兄貴。
 兄貴はコウちゃんに疑われることに免疫がない。
 ヒロくんが関わるとコウちゃんは結構ダメな人だが兄貴はそれをわかっていない。
 
「コウちゃんの気持ちも分かるけど兄貴を疑うのはかわいそうだってば」
「ごめん鈴之介」
「俺も急に変なこと言った。でも、コウちゃんが落ち込むのは嫌だ。……だから」
「つまり、弘文はこれから俺を落ち込ませることをすると」
「コウちゃんまたネガってる」
「ネガティブじゃない!!」
 
 拗ねた顔のコウちゃんのほっぺたを深弘が叩く。
 軽いぺちんっという音にコウちゃんはバツの悪そうな顔になった。
 空気の読める妹を持って兄として誇らしい。
 コウちゃんが「ごめん」とつぶやいて肩を落とす。
 
「鈴之介の言ったことは考えておかないこともない」
「コウちゃんは帰国子女の顔をしてれば余裕で学生に馴染めるよ」
「なあ、弓鷹。これはさすがに鈴之介に馬鹿にされてよな」
「兄貴はコウちゃんのことを考えすぎてある意味バカ」

 バカ息子とバカ親だ。
 
「兄貴は未来の話より現在のライオン誘拐拉致を問題にしろよ」
「なんの話だ」
「ヒロくんが日々、俺とコウちゃんの愛の結晶を奪っていく。俺たちの仲に嫉妬してるんだ!!」

 コウちゃんはなぜか「そうだったんだ!」と嬉しそうな顔をする。
 こんなコウちゃんだからヒロくんに動物園を破壊されるんだ。もっとしっかりしてもらわないといけない。
 
「弘文には弓鷹と作ったのは持っていかないように話しとくよ」
「そういうことじゃなくって、全部を勝手に持っていかないように言い聞かせてよ! おかしいでしょ!! ヒロくん、泥棒だよ。兄貴もちゃんとヒロくんに言ってよね」
「俺はなんの話かまったく分かんない」

 俺と違って兄貴は勉強ばかりしていた。
 レゴやジグソーパズルをしているコウちゃんを横目で見ながら計算ドリルをする真面目人間。
 遊び心がなさ過ぎて発展性に乏しい。
 昔はジグソーパズルに絵を描いていた気がするのに今はずっと勉強ばかりだ。
 
「兄貴は創造性がねえよな」
「なんだよ、急に」
「だからコウちゃんの気持ちが分からねえんだ」
「弓鷹、鈴之介をいじめるな。一緒にレゴやろう」
 
 兄貴は誤魔化されている気がしてもコウちゃんの提案に流される。
 実はヒロくんに対するコウちゃんと同じかもしれない。
 好きな相手の言いなりになっている。
 
 
2017/07/19
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -