番外:下鴨家の人々 「長男」

下鴨鈴之介視点。



 二人目の妹が生まれて少し経ったぐらいのときだ。
 ずっと違和感があったことに答えが見えた気がする。

 人間は普通、男と女がおり妊娠して子供を産むのは女の役割。
 けれど、下鴨の家はそうではない。

 俺を産んだのはコウちゃんだ。
 どこからどう見ても男。
 シュッとした美形という表現になるんだとテレビを見ていると思う。
 コウちゃんと似た雰囲気のハーフタレントがキャーキャー言われていた。

 そういう見た目のことは関係なく下鴨康介という彼を母親だと思ったことはない。
 コウちゃんはコウちゃんであって他の誰でもなかった。
 下鴨という家ではコウちゃんがコウちゃんであることは問題にならない。

 ヒロくんは父親だったが時に母親のような小うるさいところがある。
 でも、周りと比較して若さがあるからか強く父親だと意識したことはない。
 俺と兄だとしても通用する年齢差だ。

 ただ集中してパズルをしているコウちゃんがヒロくんの声だけ絶対に聞き分けるのがズルイと思っていた。
 コウちゃんは真っ白なジグソーパズルを作る。
 それに絵を描くのが俺の仕事だ。
 弟である弓鷹はコウちゃんとレゴブロックを作るが俺はジグソーパズルへの着色だ。
 色鮮やかにすればするほどコウちゃんは喜んでくれる。
 ヒロくんはコウちゃんに「お前は失言が多い」と言うけれど明け透けで裏表のない言葉はいいと思う。
 コウちゃんは思ったことしか言わない大人らしくない大人だった。
 食べ物の好き嫌いはほとんどないのに人や物に対する好き嫌いが酷い。
 ヒロくんに関わる人たちに特にアレルギー反応が出ている。

 小さくても俺も嘘と欺瞞に片足を入れている。
 学校の中で普通の雑談にまぎれて探り合いの気配に触れるときがある。
 仮にぽろっと家の秘密や会社の内情を口にしたなら悲惨なことになりそうだ。
 子供は賢く愚かだから大人の話を盗み聞きしてしまう。
 そうしてどんどん社会に染まっていく。
 周囲に潜む足の引っ張り合いの気配。それが気持ちが悪くていやになる。けれど家に帰れば何も考えてなさそうなコウちゃんがいる。
 コウちゃんはいつだってシンプルで好きか嫌い、良いか悪いをマルとバツで分けてしまう。
 整理できないのはヒロくんへの気持ちだけだ。

 花占いだと称して花弁を散らかしながらときどきメソメソしているコウちゃんはヒロくんへの思いに溢れすぎている。
 面白いけれど苛立つこともある。

「コウちゃんにとってヒロくん以外はぜんぶヒロくん以外なの。ヒロくんもね、きっとそう。そうじゃないと許さぬ」

 妹、弘子はなぜか得意げにそう言う。
 口がよく回る妹の言葉はわかるようでわからない。
 核心であるようで脇道に脱線している気もする。

「それでもね、ふたりに一番好きな相手を聞くと……」

 お互いの名前を口にするのだと思っていたら弘子は「一番好きなのは私たちなのでしたっ」と万歳をする。
 弟である弓鷹はわかったようにうなずくが俺は納得がいかない。
 ふたりは嘘をついている。

「兄貴、なんか疑ってるみたいだけどあのふたりにとってナンバーワンは子どもって、ウソじゃないよ」
「なんでそう言えるんだ」
「おにいはおばかさん。こんなに好き好き言われてるのに疑っちゃうおばかさん」
「弘子、口が悪い」
「あれだろ、兄貴はヒロくんと並べられたときにコウちゃんにヒロくんを優先されるのがムカつくんだろ」

 弓鷹に図星をつかれるが「そういうことじゃない」と長男の威厳を保つために否定しておく。
 弘子は「コウちゃんがヒロくんと比べてヒロくん以外を取るわけない」と笑う。

「このまえお友達になった子が『親は子供という植物にとって太陽と水、周囲の環境は土で才能は肥料』っておしえてくれたました。そのこころはっ!?」
「面白い考えの友達だね」
「兄貴その答えはねーわ。教師かよ」
「植物の育つ環境として適切じゃないと発育が不完全になるように子供も……ってことかな」

 どう返せばいいのか分からなかったので近くにいた久道おにいちゃんに視線を送る。
 俺たちの動画を撮っていたらしい彼はスマホをいじる手を止めた。

「植物は太陽の光だけ当てていたら枯れてしまうね」
「水不足よくない!!」
「でも、水をあげすぎても枯れてしまうんだよねえ」
「根ぐされよくない!!」
「土にも癖があるし肥料も多すぎると発育の妨げになる」
「考え出すと面倒くさい!!」
「それでも、そこで生きていくしかない。そういうの植物だけじゃなくて人もだねぇ」

 いい合いの手が思いつかなかったのか久道おにいちゃんの言葉で締めくくられた。

「植物によっては水も太陽の光もいらない。でも、ないと生きていけない植物もいる。なかったら弱くなったり育てなかったり」
「けつろんから言えば、私のためにヒロくんとコウちゃんはいつも仲良くしてるべきです。ぎむなのです!!」

 弘子の言葉に久道おにいちゃんと弓鷹は拍手する。
 このノリはよくわからない。

「弘子ちゃんの惚れ惚れするほどのエゴイストっぷりは康介くん似だね〜。かわいい〜」
「それは褒めていますか?」
「この私をほめる以外の言葉なんている!? おにいはひどいお人よな」
「めっちゃかわいい」

 久道おにいちゃんが弘子をなでようとして手を叩かれた。
 妹が刻々と暴力女になっていく。

「へんたいはどうでもいいとして、太陽と水がそれぞれ植物を育てる中で太陽は水を好きとか嫌いとか思いますか? 水が太陽を好きとか嫌いとか思いますか?」
「植物、子供の発育が優先ってこと……」
「兄貴は頭でっかちだよなー」

 弓鷹が俺は鼻で笑う。

「太陽も水もあたりまえに私たちは手に入るので、好きとか嫌いとかじゃないであろう?」

 弘子が胸をそらして言う。
 頭が重くてバランスを崩しかけたのか久道お兄ちゃんが弘子の背中を支えていた。
 見下ろそうとして見上げるポーズは首がつりそうだ。

「兄貴いちいち今日の太陽光サイコーとか思わねえだろ」
「今日の水おいしいって思うけど」
「別の水がいいって思うか? 水は結構ちげーけど、別にいま手に入る水でいいだろ。泥水や毒入りのひとはご愁傷さまだけど」
「私はヒロくんとコウちゃんで満足しておりますゆえ謀反は許しませぬ」

 弘子にとっての謀反というか裏切りはヒロくんがコウちゃん以外に目を向けたり、コウちゃんがヒロくん以外を求めたりすることなんだろう。普通の家族の倫理観として正しい。

「まあ、当たり前にあるものに感謝したり何かを思うって難しいよね。なくしそうになって気づいたりするから」
「ひーにゃん、ときどき満点」
「弘子ちゃんにひーにゃん呼びされるために生きてるから!」
「キモい生き方ですね。私には理解できませぬ」
「まあ、水不足により雨のありがたさが分かるってことはあるよな」

 脱線する久道お兄ちゃんと弘子に溜め息を吐いて、話を戻すように弓鷹がまとめた。
 窓を見ると外はまだ明るい。
 弘子は万歳してその場をくるくる回った。

「台風くればいいのよさー」
「弘子ちゃんはかしこいねえ」
「へんたいは去れっ」

 レゴブロックで出来たゾウを久道おにいちゃんに投げつけようとする弘子を弓鷹といっしょに止める。
 おしとやかさと無縁に育った妹を見ていると二人目の妹、深弘も心配になる。

「俺は深弘の日陰になろうかな」
「親が邪魔発言とは兄貴もやるな」
「しすこんってやつです、しってます」

 弟と妹から散々な言葉を吐かれたが産まれたばかりの妹は普通に育ってもらいたい。
 この家だと弓鷹も弘子も普通なのかもしれないが。
 やっぱり世間一般と同じような兄弟が欲しい。
 それには両親が普通になってもらいたいが無理なんだろうか。

「好きなら好きって言えばいいのになにがダメなんだ?」
「兄貴はおこちゃまだな」
「おにいはおばかさんなのでした」

 弟と妹にこんな扱いを受けなければならない理由が分からない。
 久道おにいちゃんを見ると優しく笑っていた。
 首をかしげると頭を撫でられた。

「愛の結晶がこんなに育っているんだから言葉はなくてもいいんじゃない」

 言われて少し感じていた違和感というか疎外感が吹き飛んだ。
 いつも不思議に思っていたことの答えは自分が持っていた。
 太陽だってときどきは雲に隠れることがある。
 気を揉んでも仕方がない。

「ヒロくんのことはコウちゃんに、コウちゃんのことはヒロくんに任せておけば問題はありませぬ!」

 夫婦喧嘩は犬も食わないということなんだろう。
 原因はつまらないことだったり一時的なことだから俺が気にしても仕方がない。
 でも、ヒロくんのことでコウちゃんが落ち込んだりするのを見るのはやっぱり嫌だ。

 ファザコンなのかマザコンなのかわからないけど、嫌なものは嫌だった。
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