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下鴨弘文視点。
俺の腹筋を「このエロテロリスト」と唇を尖らせ責めてくる康介の頭を洗ってやる。
脱衣所からすぐのシャワーなどが使え、身体が洗える場所にいる。
奥の方に露天風呂に出るための扉がある。
何回でも好きなだけ風呂に入れる。
シャワーから出るお湯も温泉だという。
そこそこ高めの宿だが俺と康介が夫婦と伝えているからか気を回してくれている。
タイミングも良かったのか人気(ひとけ)がないのは楽だ、
「おっきいお風呂入りたいなー」
旅館側が空気を読んでも康介が空気を読まない。
俺が髪を洗うと王様スイッチでも入るのか急にわがままを言いだす。
「ねぇねぇ弘文ぃ。大浴場の方いかない? 朝なら空いてるだろ」
ちょっと甘えたような声を出す康介。ありえない。
万が一にも俺は康介の肌を人に見せる気はない。
「そこの露天も広いだろ」
「大浴場って鏡いっぱいあるだろ」
「それが?」
「鏡に映った弘文がいっぱい」
寝ぼけているのか本気なのか。
康介の頭に乱暴にシャワーをかけながら「鏡に映ってない俺だけ見てろ」と言っておく。
どうせ鏡を見て足元がおろそかになって転ぶんだから、よそ見しないで俺だけ見てればいい。
「康介、痴漢に触られたって場所……どこだ」
わざわざ康介が長湯宣言をしたということは痴漢に触られた感触が身体に残っているということだ。
それを上書きせずに俺が放置する理由がない。
戸惑いながらも左側のわき腹や尻のあたりを指さす。
腰をこすりつけられたらしい。
右側に俺はいたが気づかなかった。
変に俺のことを見てくると思ったが康介が俺を見ているのは今に始まったことじゃない。
昨日の康介は弘子とセットで買ったのでユニセックス的なゆるふわデザインな服の上にずぼらで伸びたままにしている髪と痩せているのもあって男女の見分けがつきにくくなっていた。
長身のモデルだと思えば痴漢ぐらいされるだろう。
ボディソープで一通り康介の体を洗ったが俺の気は晴れなかった。
壁の前に康介を立たせて俺は左側から抱きついた。
顔を真っ赤にして小鹿のように震えだす康介は性別関係なく手を出したくなる理由が見える。
どうせなくすし、お金の無駄だと思ったが指輪の一つでも買うべきかもしれない。
もう学生ではないので経済的に苦しいわけじゃない。
スイッチを押したら俺に連絡が来る指輪はいくらぐらいで作れるのか業者に見積もりを取ろう。
「弘文はやっぱりスケベ親父っ」
「お前の子供の父親だから親父なのは間違いない」
「自分で自分をスケベだと思ってないならヤバイから」
「性欲は強い方じゃない」
勃起したものを康介に押しつけながら言っても説得力はないかもしれない。
胸元が開いた服の女をエロいと思っても下半身は沈黙を保っている。
綺麗、かわいい、エロいと生きていれば何度だって誰にだって思うが股間は康介にしか反応しない。
自分で触ったり誰かに触れられれば硬くなるかもしれないがイケないだろうし気持ちよくはないだろう。
これは確信できる。
目をつぶって顔を赤くしてされるがままの康介は痴漢する男の心理をまるで分かっていない。
こんな状態で目の前でいられたら罪悪感が刺激されてても、もっと先に進みたくなる。
「康介」
耳元で呼びかけると我に返ったように康介は身体を大きくビクッとはねた。
涙目で俺を見る康介は挿入した瞬間のような発情した顔をしていた。
勃起したペニスを握ってやると声にならない声を上げて後ずさろうとする。
隠すように両手を顔の前に出す。
ボクサーの構えのようになっていてかわいさも綺麗さも何もないのに焦って慌てている姿に興奮する。
さっきまでの軽口は消えて借りてきた猫のように静かだ。
震え続けているくちびるは「まだ、朝」と動いている気がしたが無視する。
観光で外を歩き回ることになっても景色を見ているのは俺だけでとうせ康介は俺だけを見ている。俺しか見てない。