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下鴨弘文視点。


 
 二泊三日の小旅行は初日から計画が頓挫(とんざ)した。
 
 康介が熱を出したので旅館に連絡を入れて早めにチェックインさせてもらう。
 観光予定は全部白紙になった。
 どこかでこうなる気はしていた。
 昔からずっと康介は長距離の移動が苦手だ。
 乗り物酔いなのか知らない場所に行く不安感なのか具合を悪くしてしまう。
 修学旅行は中学は欠席して、高校では俺たちの学年に混じるという荒業をしていた。
 一年二年合同だったとはいえ学年が違えば同じグループで動くことはない。
 そういった前提を無視してまで俺と一緒に居ようとする異常なやつだ。
 異常を許してしまって同じグループで行動しても体調を崩して自由時間を棒に振る。
 
 親として気を張っているのか不思議と子供たちがいると康介は体調を崩さない。
 康介ではなく子供たちが優秀だからかもしれない。
 長男である鈴之介が康介用の折り畳み日傘を持ち歩いていることを先日知って驚いた。
 康介のダメさは子供の自立心を育てる役に立っている。
 あんなやつになってはいけないという反面教師として才能がある。
 
 俺が手を握って添い寝をしていたら翌日にはケロッとした顔で元気に朝食を食べていた。
 修学旅行のときもそうだった。
 体調を崩してもあっさりと元に戻る。
 康介の気分も同じだ。
 拗ねようが不機嫌になろうが俺がそばに居たら気づいたら直っている。
 家から出て電車に乗ったあたりで体調を崩していたので一旦、帰っても良かったが何だかんだ言いながら康介も楽しみにしていたのか帰りたいとは言いださなかった。
 
「もう、昨日は痴漢されて最悪だった」
 
 部屋についている露天風呂に入ろうと準備をする康介。
 ご飯を食べて口がゆるんだのか「まったく、ふざけんなだよ」と愚痴ってきた。
 
「なんで今言った」
「え、……思い出したから? 気持ち悪いから長湯するかも」

 服を旅館の用意した浴衣に着替えて薬だけ飲んで寝ていたので康介は風呂に入っていない。
 俺はシャワーだけ浴びて温泉に浸かっていないので観光どころか旅館のうまみも味わっていない。
 康介は俺の写真を撮りまくってから「じゃあ行ってくる」と脱衣所に向かおうとする。
 
「お前さあ、俺の言ってることを一ミリたりとも理解しねえよな」
 
 康介の手を取って思わずひねり上げると痛い痛いと大げさに喚く。
 次女出産後に体重が戻りきっていないのか手首が細いかもしれない。
 
「こんなので痛かったら子供なんか産めないだろ」
「出産で死ぬ下鴨の両性は一人も居ないの! 神のご加護があるからね」

 なぜか自慢げな康介。
 俺が医者に聞いた話だと女性とは違うので普通とは違う問題が発生するかもしれないというものだ。
 本人はいつも自信満々で妊娠出産で自分が死ぬわけないと笑っていた。
 長女の弘子が腹にいる間はもがき苦しんでいたが確かに死んでいない。
 
「医療設備が整っていなかった時代でも長男は絶対に生まれてたって記録に残ってるんだから!」
 
 先祖のことを自分のことのように誇らしげに語る康介。
 事実はともかく康介のように信じ込ませることで現実にしてしまうのは実際にありそうだ。
 治らない病気だと伝えれば治る病気も治らない。
 治らない病気のはずが治ると教えていたら治ってしまう。
 そういった人体の不思議は事実ある。
 
「オレ、朝風呂はいるんだけど」
 
 握ったままになっていた手を離すと康介の手首に赤い跡が残った。
 思ったよりも握る力は強かったかもしれない。
 康介を無理やり犯した日を少しだけ思い出す。
 
 あの日の焼けつく衝動はあの瞬間だけだと思ったがそうでもない。
 今も康介が痴漢をされたと聞いて気が立っている。
 
「ちょ、なんで弘文ついてくんの」
 
 驚いたような嬉しいような微妙な表情の康介の顔を両手ではさむ。
 頬の肉があまりない。
 出産後は何度か点滴を受けたがまだ細い。
 神のご加護とやらがあるならもっと健康的でいいはずだ。
 
 キスをされるのを期待したのか目を閉じたので頭突きをしておく。
 康介の中に反省という文字がない。
 
「痴漢されたら俺に言えよ。近くにいて何で言わないだ」
「だって言ったら怒るじゃん」
 
 今みたいにと恨みがましい目で見られる。
 おでこが赤くなっていた。
 
「旅行なしになるの嫌だったし」
「そんなに楽しみにしてたのかよ」
「だって弘文を独り占めできる」
 
 会社からの連絡用として二台持っているケータイとタブレットPC、俺個人のスマホが鞄に入っていなかった原因は康介だった。会社で何かあったら最悪、康介のケータイに何か連絡があるだろう。
 いや、康介の両親と俺の祖母と俺のスマホからしか連絡できない設定なので会社から連絡は無理かもしれない。康介の番号も会社の人間は知らない。
 
「弘子が弘文のケータイでオレにメールしてきた」
 
 まだ小学生にもなっていない娘の仕業だった。
 家の中でスマホが迷子だと思ったら弘子がタオルに包んで靴箱にいれるという奇行を物心ついたときからやっていたのでこのぐらい余裕かもしれない。
 
「食べ物にすると深弘が仲間外れになっちゃうからお土産は写真」
「俺の写真じゃなくて風景でも撮れよ」
「風景なんて面白くないし、なんて言って子供に見せるの? 空が青かったよって? どこでも空なんてそんなもんだよ」
「俺だっていつでも俺だろうが」
「弘文は外に出る前しか鏡をじっくり見ないから分かんないだろうけど、今日は左側髪の毛はねてる」
「お前の手を握って寝てたからだっ」
 
 俺の髪の毛がはねてる写真を見せられた子供たちのリアクションに困る姿が簡単に想像できる。
 青空の方がまだいい。
 
「とにかく、風呂には俺も入る」
「寝癖は濡らしたタオルでぽんぽん」
「俺じゃねえ。お前を洗ってやるよ」
「スケベ親父か。娘のお風呂を任せられなくなるね」
「バカみたいなこと言ってんじゃねえよ。お前以外をそういう意味で触れたことなんかない」
 
 性的な欲求を覚えたのも行動に移そうと思ったのも康介だけだ。
 娘も息子もかわいいし愛しいが俺が抱くのは一生康介だけだろう。
 
「……じゃあ、オレって弘文の童貞もらってた?」
 
 脱衣所で服を脱ぎながらチラチラと俺を見る。恥ずかしいらしい。
 何度裸の付き合いをしたかわかってるのかと問いただしたいが照れている。
 
「知らなかったのか」
「知ってたかもしれないけど、でも、わかんないじゃん」
「ヤれそうな女なんかいなかっただろ。男は有り得ねえからな」
 
 何度も言っている内容だが康介は「どうだか」と不貞腐れる。
 いつまで経っても俺の潔白を認めない。
 逆に俺が誰かを好きでいてほしいみたいだ。
 
「俺が風俗行ったら嬉しいのか」
「安全な場所なら気にしないようにするけど……」
「気にしまくってんじゃねえか」
「商売女の方が商売でやってるから優しいし上手いに決まってんじゃん!!」
「急に切れんなよ。お前と風俗嬢を比べるなんて話してねえだろ」
「商売でやってるのに弘文のことを好きになって家に押しかけてきて家庭崩壊させられる」
 
 勝手に口に出した被害妄想に苛立ったのかタオルも持たずに浴室に向かう。
 絶対に転ぶと追いかけて手を出すとその場で一回転したのか俺の胸板に突っ込んできた。
 
「ちくしょう! 弘文格好いいなぁ! なに! なんなんだよ、もうっ」
 
 理不尽な文句を口にして「みんな弘文を好きになるんだっ」と拗ねだした。
 
「お前、俺のことメチャクチャ好きだな」
「はあ? 別にそんなことないけど」
 
 さすがに、そんな嘘が通るわけない。
 本当、康介はバカだ。
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