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下鴨弘文視点。
 
 
 
『結婚してよかった』
 
 
 言うに事欠いて今更それか。
 子供が三人いて、一人腹の中に居る状態でそれか。
 人として、親としてどんな考えで動いているんだと揺さぶったところで康介は反省しないし変わらない。
 頭の中を覗きたくなったが本人いわく康介の中にいるのは俺らしい。
 
 それはつまり、俺が今まで結婚してよかったと康介に思わせる言動ができていなかったということになる。
 
 康介のせいで職業選択は狭いし、監視を緩めないように気を付けるし、不便で面倒で大変だがこの生活以外の未来を選びたくない。
 
 俺は俺のやりたいように環境を整えて今の状況に持ってきた。
 誰かに押しつけられた場所じゃない。俺が作った俺の場所だ。
 
 息子たちが時に不満気であっても、康介に批判的な発言をすると娘がブチ切れだしても平和な家庭だと思う。
 娘にスリッパで叩かれながら「コウちゃんがおちこむようなことしないで」との訴えをもっと真剣に聞くべきだった。
 康介の気分に構っていたら日が暮れると思って受け流していた。
 
 あんまりにも中学のころの「俺を追いかける康介」を基本にして考えて現在の康介を放っていた。
 康介を放置したらロクな結果にならないと知っていながら俺はまた失敗するところだった。
 とりあえず仕切り直しだ。

 次女を出産後、体調が落ち着いてきた康介を見て、俺は行動に移すことにした。
 
「新婚旅行に行くか」
「急に休みが出来たわけ? 深弘はおとなしいからいいけどさ」
「ちげー。子供たち連れてみんなで行くのは家族旅行だ」
「……弘文がなに言ってんのか分かんない。誰かと新しく結婚したいってこと?」

 思い返せば今まで康介はよくこういったことを言っていた。
 俺は嫌味なのか照れ隠しなのか読み取れなくて康介がバカなんだと聞かなかったことにしていた。
 そばにいたいと言いながら離れようとする矛盾を堂々と口にする。
 支離滅裂な康介の発言をまともに聞く意味がない。
 だが、息子の言葉はさすがに無視できない。
 十歳にもなっていない、生まれたばかりという感覚が抜けない息子が真剣な顔で聞いてきた。
 
『なんで好きって言わないの』
 
 長男っぽい優等生さのある息子の口からまさかの言葉。衝撃的だ。
 どこで覚えたのかと聞くまでもなく出所(でどころ)は康介だろう。
 康介が俺に好きだと言われたがっているのは中学のころからなので言われなくても分かっている。
 あいつは俺を好きだからあれだけ空気も周りも考えずに振る舞えたわけだ。
 そのくせ、なぜか俺を好きじゃないと口にして他の男に走ろうとする。
 貞操観念が壊れているのは下鴨家の教育のせいかもしれないが、どこからどう見ても俺のことを好きなのに否定しだすのは無自覚な嘘つきなのかもしれない。必要なのは道徳の教科書だ。
 
 何のために結婚したんだと説教しても康介の中に残らない。バカだからだ。
 俺が軽口で好きじゃないと言ったことばかり思い返しては切れだすのに妻扱いしても喜ばない。
 
『好きって言ったら死ぬの』
 
 久道が同じことを言ってきたなら「俺のことを好きじゃないなんて言うあいつになんで俺が好きだなんて言わなきゃいけない」と告げて会話は終わりになるが、相手は息子だ。親として俺には答える義務がある。俺は親との対話を何一つしてこなかった。だからこそ自分の息子とは話したい。
 
 好きだと言わない理由が意地になっている以外にあるなら、言おうと思わないからだ。
 思い浮かばない言葉を人は口にしない。それ以外にない。
 
 言おうとは思わないということは俺は康介が好きじゃないのかもしれない。
 それはまあ納得できる。康介のいいところは思い浮かばないがダメなところや欠点はちょっと思い浮かぶだけで百以上はある。書き出してみたら一万以上になるかもしれない。
 
 康介がいくらダメな奴で好きだと言う気にならなくても他の誰かにだって俺は好きだと言う日は来ないだろう。
 ただ子供たちには毎日言っているので自分が無感動で愛情に疎いとは思わない。
 
 好きと言えば康介が調子に乗る。だから言わない。なら、康介が調子に乗って何が悪いのか。答え、周りに対して馴染もうとする努力をしなくなる。それは数ある康介のマイナスの中で上の方に来る厄介な部分だ。
 
 俺しか見えていなくて、周りに俺以外の誰もいない顔をする。そんな状態普通じゃない。
 中学のころからずっと康介の気持ちを知りながら受け入れることもなく生殺しにしたくせに、高校でいざ康介が俺から離れようとしたらそれを許さず子供という名の鎖につないだ。
 
 俺も俺で矛盾していた。自分の行動をきちんと子供に説明できない。
 だが、俺も父親として「出来ない」「わからない」とは言えないのでやっていなかったイベントを消化することにした。
 それで答えが出なくても子供の言い分を無視しないで考える父親の背中は維持できるはずだ。
 
「オレたち新婚じゃないし」
 
 その通りだが他の理由がない。
 誕生日も結婚記念日も康介はケーキを食べる日として子供たちと過ごしたがる。
 子供たち自身にどこかに出かけるように提案されても乗らない。
 
 妊娠中に何かあると困るので遠出もしたことがない。
 二人で旅行は一度もしたことがなかった。
 
 俺たちは結婚式もしていない。
 どうせ面倒を嫌がると思って康介にしたいかどうか聞いたこともない。
 子供たちに「なんで」と聞かれると学生だから節約してという答えになる。
 婚姻届を出した時期を思えば本当のことだが頼めば康介の両親や俺の祖母から資金援助を受けてできた。
 
 理由らしい理由はない。
 
 俺が康介を孕ませたこともそうしなければならないと強く感じたことも。理由なんてない。
 だが、自分の行動をあえて分析するなら発情期の牡鹿のようになっていたのかもしれない。
 気が荒くなっていて康介が人目に触れるのも、康介が誰かと接するのも嫌になっていた。
 妊娠にかこつけて部屋に閉じ込めたのは「やりたいからやった」以上の理由がない。説明になっていないことを子供に言えるわけがなかった。
 
「いいから、行くぞ」
 
 自分探しならぬ夫婦探しは二人で行かないと意味がない。
 戸惑った後に康介は「わかった」とうなずいて、弘子と軽くハイタッチ。得意げな娘がかわいい。
 康介は、はにかんで「デートだ」と嬉しそうにしている。
 新婚旅行だと言った俺の言葉が聞こえないらしい。
 ハネムーンって言わないと通じないのか。前倒しにした銀婚式なら通じるのだろうか。どうせずっと一緒にいるから未来の記念日を先にやってもいい。
 
「デートって日常的にしてるだろ」
「ヒロくん、家族でのおかいものはデートちゃいますのん」
「弘子の言う通りですのん」

 弘子が残念なものを見る目で俺を見てくる。
 康介が悪乗りするせいで娘が冷たくなっていく。
 いいや、よく見ると息子たちの方が冷たい。目が合うとそれぞれ舌打ちをしてきた。
 父親に対して態度が悪すぎる。
 産まれたてと言っていい次女の深弘が「ふー」と呆れたように息を吐き出した。
 偶然じゃなかったら反抗期が早すぎる。
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