十九

「……全部間違ってた、間違いだった」

 一目見てオレは弘文を自分のモノだと確信した。
 下鴨として子供を産まなければならない義務があるから、当然相手は弘文だと思った。
 それはオレの一方的な願いだ。
 弘文が付き合い続ける必要がないオレの義務の話。
 そして、子を産む義務だって、すでに終わっている。

「弘文がオレを好きじゃないなら、こんなこと、いけなかったんだ。久道さんは精子だけくれそうだけど弘文はそうじゃない。今みたいに好きじゃないオレにしばられて不自由になってる。オレのことを迷惑で面倒だって思ってるくせに家族だからって我慢してる。ぜんぶ、おかしいことだ」

 やはりオレには親の資格も責任もない。
 ひたすらに弘文に嫌われないために別れたがっている。
 これ以上はごめんだと心が悲鳴を上げていた。
 それでもまだ弘文に良い顔をしていたいのだ。
 
 子供たちがどう思うのかよりも弘文が今の生活をどう感じているかを気にしている。
 出会ったときからオレはずっと弘文のことを考える自分中心にしか動けない。

「俺は今の生活がいやだって言った覚えはねえぞ」
「いま、楽しい?」
「かわいい子供に恵まれて頭がおかしいが健康な妻がいるし会社はそう悪くない滑り出しだし、毎日新鮮でいい」

 オレの頭をなでながら弘文が言う。
 頭突きをしたおでこが赤いのかもしれない。

「会社で現地妻作ってたらそりゃあ刺激的ですねぇ」
「気持ち悪いこと言うな。八割が男の職場だぞ」

 オレの嫌味に弘文は吐く真似をする。
 いつもの弘文に見えるがオレは誤魔化されたりしない。
 おでこにキスしてくる仕草が格好いいが騙されない。

「ゲイじゃないとかいってオレのお尻にちょっかいかけてるから弘文は男もイケる人だろ。さいあくっ、不潔っ」
「なんでお前は俺が浮気するって思ってんだよ。誰でもいいからって精子を求めたお前と一緒にするな。たとえ誰かを抱くにしてもお前以外だったならゴムつけてた。男なら裸の段階でアウトだしな」
「親衛隊のやつといちゃついてた!! 生徒会室で!!!」
「試してみませんかって言われただけで何もしてねえ。お前が乱入してあの話は流れただろ」
 
 何を言っても言い返される。
 弘文に口で勝てる気がしない。
 でも、ここまできたらオレだって引き下がれない。

「弘文はさ、オレじゃなくて家族がほしかっただけだ。自分が想像する幸せな家庭を作りたいだけでオレはどうでもいいんだ」

 きっと胸に広がる痛みは補欠合格しているみたいな立ち位置のせいだ。
 本当の弘文の特別は転校生であってオレじゃない。
 オレは本人がいないから置かれたおままごとの人形だ。

「弘文にとってオレはずっと一番じゃないし転校生と会社作ってるし浮気者だしオレに全然やさしくない」

 家から追い出されるレベルの致命的なことを口に出した気がするがこの際なのでぶちまける。
 一生黙っているのがお互いのためだった。
 それをするのが人形の役目だ。
 大人しくそこにいるだけの人形。
 
 弘文と一緒に居れば居るほど欲が出て好き勝手に動きたくなる。
 自分の思うままに堂々と理不尽をとなえる弘子のように、昔のオレのように心のままでいたい。
 楽しかった学生時代に戻れなくても自分の中の願望は消えない。
 
 オレは出会ってからこれまでずっと弘文の特別でありたかった。
 特別じゃないと意味がなかった。
 好きとか嫌いとかそういう話じゃない。
 弘文の全部はオレのものだ。そうあることが当たり前だと思った。
 けれど、現実は違うから叫びたくて逃げだしたくて吐き気がする。

 弘子が地団太を踏んでオレと弘文を隣にあって座らせるような勢いが今のオレにあったなら別れたいとか思うことはなかった。
 
 無理やりに弘文の隣に居座っても本当のところ隣は空席だ。弘文はオレの隣にいない。こんな悲しいことはない。
 娘を子供だと思うからこそ中学の頃の自分の言動の幼稚さに気付く。
 弘文以外は見てなかった。
 他人の迷惑なんてどうでもよかった。
 弘文がどんな風に注意しても今現在、オレと弘文が離れた席に着くのを弘子が許さないように昔のオレはTPOをわきまえないで自分の考えを主張していた。それを弘文が許してくれるのが誇らしかった。

「弘文がオレのじゃないなら全部意味がない」

 義務だから子供は必要だけれど相手が弘文じゃないならどうだっていい。
 相手が弘文だとしてもオレのことを特別じゃないならどうだっていい。
 人間として動き回るのを覚えると人形としてお行儀よく座っていられない。

「オレの人生の意味がない」

 弘文が手に入らないことを自覚してこの先も生きていかないとならないなんて最悪だ。
 今ここで死ぬわけでもないのにオレは自分の未来を黒く塗りつぶした。
 絶望しかないことを認めてしまった。
 
 言葉に出してしまえば取り消せない。誤魔化せない。

 弘子がオレと弘文が話しているのを見てうれしそうに笑う、その幸せは昔にオレが感じていたものだ。
 偽物だと気づいてしまえば心はすり減っていく。いずれは弘子も現実を知ってしまう。
 今はまだお腹の中にいる子もそうだ。女の子は勘がいいというから、このままならきっと傷つけてしまう。

「言ってることは、訳が分からねえことも多いが……俺が娘に嫌われてる原因がお前だっていうのは分かった」

 不機嫌そうにオレを見る弘文に首をかしげる。
 オレから見ても弘子は弘文にべったりで全身で好きだと伝えている。
 弘文が帰ってきたら飛びつくし、一緒にお風呂に入るし、絵本も読んでもらいたがる。
 手持無沙汰なオレがジグソーパズルを作っていると弘子がやってきて弘文とオレを隣り合った状態にする。
 まるでバラバラなのがおかしいというような弘子の反応がくすぐったい。
 いつだってこのままずっと続いてほしいと思う時間だった。

 弘子が弘文を嫌うなんてあるわけがない。
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