15

元・木鳴弘文、現・下鴨弘文視点。
 
 
 次男出産前の離婚届よこせ事件があったので何か起こる気はしていた。
 バカは放置するとロクなことにならない。わかっていたので俺は俺で手を打ち続けている。
 次男が順調に育ち、しばらくすると康介は黙り込むことが多くなった。
 康介は基本的に騒がしいので妊娠している時と考え事をしている時が分かりやすい。

 何か言ってくるのを待っていたら康介は失踪した。バカの行動はいつでも同じだ。どこにも行けないのにどこかに行こうとする。俺に何も言わずにバカバカしい道を選ぼうとする。康介はいつでも考えが足りない。

 失踪といっても康介の携帯電話の位置情報は俺が握っているので完全に行方知らずというわけじゃない。
 逃亡先である久道に「オレは失踪したことにして」とわけのわからないことを康介は頼んでいた。どうかしている。
 
 失踪理由は腹の中だ。
 そんなことだろうと思った。
 
 俺は離婚届を欲しがるような康介に説教をしてやりたかったが、バカは拗ねているのか聞こうとしない。
 だから分かりやすい形として第三子を仕込んだのだが康介は混乱していた。
 
 久道のもとを訪れた理由が「失踪」なんていうアホみたいな話ではなく女の子を妊娠したとおめでたいことを報告しているだけならいい。だが、康介は違う。お腹の子が女の子だと知られると俺に殺されるという被害妄想を抱いたらしい。
 どこの時代の男尊女卑文化なのか正座をさせて聞き出したいがバカの思考は理解できないだろう。深い追求せず、家に連れて帰った。
 
 康介の考えがおかしいのは今に始まったことじゃない。
 以前に嫌になるほど俺をつけまわしてきたというのに今では目を離すと失踪したがる。頭のねじでも抜けたのか、康介は異常だ。
 とはいえ、康介が俺から離れるなんて認めるわけがないのでいろいろと考えていかなければいけない。
 
 子供がいるので先送りに出来ない問題として仕事の話になる。俺の仕事の選択肢は狭い。年齢的なものじゃない。仕事が忙しいとほぼ確実に康介が浮気をする。その可能性を潰すために時間が自由に使える職種でないとならない。公務員のように定時で帰る仕事だと逆に俺がいない時間帯を康介に学習させてしまう。それは避けたいとなると選択はシビアだ。
 
 考えていくと希望の職種形態はなくもない。
 会社を立ち上げる資金も人手もなくもない。
 となればあとは目標に向けて頑張るだけだ。
 
 必要になる資格などは学生の間にとることにした。だが、勉強にばかり集中すると康介から目を離すことになる。バカげた行動をしそうなので頭が痛い。長女がお腹の中にいると知った直後に謎の失踪を企てていた。穴だらけで計画性が皆無にもかかわらず思いつきで行動するのが康介だった。おとなしく家にいればいいのに危なっかしい。
 
 バカにバカをさせないために悩みは多かったが長男、次男の時とは違い長女である弘子を妊娠したことで康介は体調を崩した。
 
 これが良かったと思っている俺を久道や仲間たちは非人道的なんて言うが事実だ。
 バカが動けない間に会社を作る準備を進められた。
 康介は家の中で俺が電話をしているとあからさまに機嫌が悪くなるので段取りを間違ったり緊急事態で俺の判断が必要な時に困るのだ。
 
 弘子が康介の腹にいる間ずっと寝込んでいて苦しそうではあったが、放っておいてもソファかベッドで寝転がっているのがわかるので俺の心は穏やかだ。家に帰って康介が居なかったら自分でもどんな行動に出るか分からない。
 久道のところならまだいい。あいつは俺が来るまでの雑談に付き合うぐらいの気持ちで康介に対応するだけだ。どうせ康介の味方しかしないので俺から引き離そうとは考えない。康介の幸せを考えるなら今の状態がいいに決まっている。
 
 弘子が腹にいる間の記憶が康介はほとんどないという。
 ほぼ寝たり吐いたりしていたということだ。
 苦しかろうが二人を健康的に産んでいたので三人目だって普通に産めるだろう。
 弘子を妊娠している間、長男と次男は下鴨や木鳴の家に預かってもらうことが多かったので苦労はさせていない。
 ともかく弘子は生まれる前から俺の味方だった。
 
 八つ当たりなのか康介は勉強や免許のために家を空ける俺に合コン三昧かと斜め上なことを言い出していたが平和な時間だ。
 その時に産まれていなかった弘子を含めて三人の子供とを最優先にして行動しているのにこんな罵りをする康介は常識が欠如している。俺の家族愛を理解していない。
 将来のために活動しながら最大限に家族のことを思っている。
 納得しない康介がおかしい。
 
 元々、康介は夜中ずっと手を握っていろとか訳の分からない願いを聞いてやっても朝には覚えていないという恩知らずだ。
 多少ヒステリックに騒いだところで昔から嫉妬深く面倒なやつだったので気にならない。
 
 
 それも長女である弘子が生まれて変化していった。
 一人産むたびに康介は少しずつどこか変わっているのかもしれない。

 長男は康介の祖父母と両親、次男は俺の祖父母が主に面倒を見ていたが長女は俺と康介が中心になって子育てをした。
 産まれる前に予定を詰め込んでいたので俺に時間的余裕ができたこともあるが一番は両親たちやベビーシッターに弘子が懐かなかったからだ。
 俺と康介以外に抱きあげられると泣いて暴れだす。
 それは四歳になった今もあまり変わらない。
 弘子はとても攻撃的だった。
 
 長男と次男が一緒ならある程度は落ち着いているが、弘子は手のつけられない癇癪持ちで暴力的で口が達者だ。
 ややヒステリックではあるが中学の頃の康介と似たようなものだと思ったのであまり気にならない。
 適当に言うことを聞いてやれば納得する。怒っていても尾を引かないのですぐに笑いだす。昔の康介もそんなアホっぽい感じだった。




 今までのことを思い出してしみじみしていると弘子にぬいぐるみで叩かれている久道が助けを求めて情けない声を上げた。
 無視し続けるのも後々めんどうになるので弘子を呼んで抱きあげた。
 俺は何歳になっても娘が望む限り抱きあげるつもりでいる。ウエディングドレスを着た娘をお姫様抱っことかしたい。

「ヒロってば、もぅ!! もっと早くたすけてよぉ」
「だまれ、げろうっ」

 四歳児に見下される久道。
 だが、これはこれで嬉しそうだ。久道はダメなやつだ。

「下郎か。弘子は難しい言葉知ってるな」
「こやつはふとどきものなり」
「久道、なにしたんだ」
「康介くんが寝てたから写真撮ろうと」
「はれんちきわまりない」

 子供の考えが突拍子もないのは今に始まったことじゃないのでツッコミはいれない。
 康介の写真は破廉恥らしい。
 
「埃を立てると康介が起きてから咳きこんでつらくなるからぬいぐるみはやめろ。次は自分のこぶしでいけ」
「女の子にこぶしはないでしょ。教育間違ってるよ!! 暴力反対っ」
「張り手か?」
「かかとおとし?」

 俺たちの意見に久道は涙目で首を横に振る。
 どうせ弘子の手形が背中に出来たらそれはそれで喜んで写真を撮りだす。久道はそういうやつだ。
 
「ヒロコ姫が乱暴なのはヒロのせいだっ」
「コウちゃんにちょっかいかけようとする人には何してもいいの」
「ほら、こんなこと言ってる!! 育て方間違えてるっ」

 弘子は宅配便の人間にも康介が長話をしていると割って入って「やめて」と訴える。
 この「やめて」は自分を構ってほしいから他人と話すな、ではなく「ヒロくん以外と話すのやめて」という意味だ。
 メチャクチャ俺思いな娘に育ってくれている。
 放っておくとそこかしこで男をひっかけてきそうな康介だが娘から度重なる指摘を受けて常識を学びだしている。自重を覚えるのは大切だ。

「コウちゃんはヒロくんの!! だから、勝手したら、めっ」
「ちいさい子に叱られるってカナリいい」

 久道が気持ち悪く笑う。

「へんたい、めっせよ」
「久道、さっさとメシを作れ。追い出すぞ」
「されっ」
「飯当番にもっと優しくしてよね。酷い親子だよ、まったくさぁ」
 
 肩を落としながら久道は部屋から出て行った。

 久道は職場の同僚からストーカーされたようで俺の家に逃げ込んできた。
 仕事を辞めても自宅のマンション周辺にいるので帰れないという。
 仕方がないので半年前から俺の家で家事と育児をするのが久道の仕事だ。
 意外にも天職なのか俺の子供たちが大人なのか上手くいっている。
 
 家事全般、各種サービスや下鴨の両親たちがやっていてくれた。
 一日家にいても康介はジグソーパズルとレゴブロックしか作れない男だ。
 家事能力は向上の兆しを見せない。意欲が低いからだろう。

 料理の話をすると康介は自分は離乳食が作れると自信満々に言い放つ。
 どんな食材でも味の薄い雑炊もどきを作りだすのは、ある意味才能があるのかもしれない。
 康介の離乳食もどきを元にハンバーグを作ったりミネストローネを作ることもあるので下ごしらえだと思えば問題ない。
 とはいえそれは二度手間になるので一人暮らし歴の長い久道に料理をさせている。
 久道が作るものの味は悪くないはずだが弘子は気にいらないらしい。
 ときどき理不尽なネタで久道を攻撃しだす。
 おいしいからこそ久道へのあたりがきついのかもしれない。
 
 娘の微妙な気持ちを放置している未熟な父親だとしても俺は康介にとって良い夫だと思う。
 家の中で仕事の愚痴は言わないし、育児も家事も積極的というか久道が居ない場合ほぼ俺がしている。俺の手が行き届かなければ業者がやる。
 
 世間知らずで考えなしな康介は俺の頑張りを理解しないが、俺はできることをちゃんとしている。
 それなのに、だ。
 またしても康介は「離婚しない?」と言いだした。
 
 食後に子供たち三人を久道に押しつけて俺と二人っきりになったと思えばこれだ。
 ちょうど弘子の妊娠発覚などを思い出していたのでさすがにパターンは読めた。女の子を妊娠したんだろう。
 なぜ康介は喜んで妊娠報告ができないんだろう。バカなんだろうか。
 
「俺が男じゃないといやだって言ったか」
「じゃあ、予定通りでよかったですね」
「なんで他人行儀なんだよ」
「……他人だし」

 拗ねたような顔をしているが康介が拗ねる理由が分からない。
 
「俺の名前を言ってみろ」
「弘文」
「フルネームで」
「木鳴弘文」
「違うだろ。下鴨弘文だ。他人じゃない。お前の夫で家族の一員だ」

 俺の言葉に感動するでもなく抱え込んできてクッションをぶつけてきた。
 四歳児と同じ行動をするのはどうなんだ。
 そして、ホコリが立って苦しくなったのか激しく咳きこみだした。
 こういう自爆行動は昔からずっと変わらない。
 背中をさすってやろうかと手を伸ばそうとして届かなかった。

「うそつきっ、ぜんぶ嘘のくせに」

 叫ぶように言って、なぜか走りだそうとする康介。慌てて手をつかまえて引き留める。
 ドジなので走ったら転んだり壁にぶつかったりする。直線的にしか動けないイノシシのようだ。
 
 昔からずっと猪突猛進で俺を見つけて走りよるついでにガラの悪い奴に肘鉄をかまして絡まれていた。
 十割以上わるいのは康介だが俺はいつも康介が殴られるより先に相手を追い払っていた。
 二、三発殴られたりして痛い目を見るべきだと思っても反射的に康介を庇ってしまう。
 それは多分いまも変わっていない。

「お前がどれだけバカでも俺の言葉は覚えてるだろ」
「なに、なんのこと」
「俺はお前と違って嘘はつかない」
「それはうそ」
「なんでだ」
「……好きじゃない相手と結婚するとか、ふつうない」

 苦々しく康介は言葉を吐き出す。後半は聞き取れないほど弱々しい。
 政略結婚も見合いもおかしなことじゃない。今も昔もよくある。
 誰もが恋愛を経て結婚するわけじゃない。打算の関係のあとに愛が産まれることもある。

「結婚の理由は人それぞれだろ」
「好きな相手が他にいるのに別の相手と結婚するなんて、そんなの偽装結婚じゃん。さいっていっ。弘文、最低だっ」
「偽装結婚は最低だとして、俺には関係ない話だろ」

 なんで偽装結婚の話になったのか理解できない。
 昼間にワイドショーでも見てたのか。
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