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元・木鳴弘文、現・下鴨弘文視点。



「しゃわんな!! しっしっ!! されっ!」

  

 家に帰ると少女特有の甲高い声が聞こえた。興奮している。
 玄関から近いわけではない子供部屋にいるのなら扉を開けているにしても大声で騒ぎ過ぎだ。
 騒いでいたところで隣に住んでいるのは康介の両親なので気にしないでいてくれるが、甘え過ぎはよくない。

 声の聞こえてくる部屋の中を覗き込むと少女にぬいぐるみをぶつけられている久道がいた。
 近くにはクッションを抱きしめて眠っている康介の姿。
 久道が康介を起こそうと近づいたので癇癪を起したのだろう。
 少女はもうすぐ四歳になる長女の弘子だ。
 
 幼稚園から弘子が帰ってくるのを待っている内に康介は眠ってしまったんだろう。
 弘子の送り迎えは今は久道がしている。
 
「コウちゃんにちかよんなって、なんど言ったらおわかりかっ!!」
 
 ヒステリックなこの長女は生まれる前から康介の周辺囲い込み対策としてこれ以上になく優秀だった。
 わが子ながら惚れ惚れする才能だ。
 
 
 長男が生まれ、翌年に次男を妊娠した下鴨康介は出産目前のある日、離婚届をほしがった。

 バカだアホだと思っていたが性根が腐った人間だと感じたのはこれが初めてだ。
 次男を産んだら自分の役目は終わり。そう思っていたらしい。
 本気で考えられない。
 親としての自覚が全くない。
 人として間違っている。
 
 結婚して家族になったことを忘れたのかと空っぽな頭をのぞいて見たくなった。
 康介の頭の中に一体何があるんだ。
 
 家族はそばにいる他人じゃない。
 運命共同体だ。
 家族というものに夢を見ていることは否めないが夢も希望もなさそうな康介よりもマシだ。
 学生結婚になってしまったので下鴨、木鳴の両家から援助を受ける形で生活しているとはいえ結婚は契約じゃない。
 康介は結婚を書類だけのことだと思っていたようだ。
 正直、どうかしている。
 常識を学び直させるために通信制の学校に通わせるべきか悩んだ。
 長男に絵本の読み聞かせをしているので一般的な道徳心が養われるだろうと思って放置したのがまずかったのかもしれない。
 康介は普通じゃない。
 
 
 高校で目を離した隙に康介は俺の部屋から消えた。

 いつまでも軟禁状態にできるわけもないので自分の部屋に帰るならそれで構わないと思っていたが向かった先は久道のところ。康介は学習能力がない。俺を怒らせるのが好きらしい。思い返せば出会ったころから俺はあいつを怒鳴っていたかもしれない。
 
 人の話を聞かないバカすぎる行動にあきれしかないが手は打っていた。久道の手を取れると思ってるバカに自分の居場所を教え込んでやる。
 
 俺は康介を抱いたその夜に妊娠させたという前提で木鳴の祖父母と下鴨の家に連絡を入れた。

 これは自分でも思い切った行動で若干その場の勢いや熱にあてられ冷静さに欠けていた。
 だが結果的には最善だった。

 一度の行為で着床した証拠はない。とはいえ囲い込んでおけば嘘から出た誠になる。
 康介が俺のことを好きじゃないと意地を張る理由は未だによくわからないが重要なのは俺の気持ちだ。
 俺は康介が産む子供に俺の遺伝子情報が含まれないことが許せない。
 それがシンプルに突き詰めた俺の感情だ。
 これに嘘も誤魔化しもない。
 
 康介が他の誰かの子供を孕ませないようにするのに一番手っ取り早く正しいことは結婚すること。
 俺が康介を孕ませる権利を独占すればいい。
 そして、結婚して家族になったのなら浮気など論外だ。
 夫として俺は康介の行動に口出しできる。二度と「センパイは関係ありません」なんてバカみたいなことを言わせる気はない。

 祖父母というよりは祖母が俺の年齢のこともあり結婚に難色を示したが康介の両親が大変喜んでいたことによって話は丸く収まった。

 中学で俺に会った後に康介はすでに俺の子供を産むつもりだと両親に告げていたらしい。
 つまり今回の話は祖母からすれば孫の不祥事だが下鴨側からすれば息子が有言実行したおめでたいこと、という認識だ。
 康介の妊娠の受け取り方が正反対だったが逆にそれが良かった。
 あまりにも反応が違いすぎるせいで祖母は常識よりもその場の気持ちを取った。
 祖母は人が喜んでいる場面に水を差せる人じゃない。

 俺の結婚の意思を康介の両親は応援してくれ、それを受けて祖母の気持ちも動いた。
 下鴨の家が古くからあり、木鳴よりもいってしまえば格上。下鴨家は安定した会社をいくつか経営をしていて社会的に信用度が高いのも大きい。
 
 木鳴の人間としての打算もあるかもしれないが、最終的に俺が康介以外と子作りするつもりがないと言ったのが決め手に違いない。祖母はそういう人だ。俺に対してどこか引け目がある。父に外れた嫁をあてがったことを悔やんでいるのだろう。
 家として木鳴の血を引く子が必要という話もあるが曾孫の顔が見たいという祖母としての気持ちもあったと思う。
 

 康介のお腹の中に俺の子供がいる前提で話をしたからこそ短期間で説得が済んだ。それは間違いない。
 
 口にした時点で事実とは違っていても嘘にする気はないので罪悪感は持っていない。
 全面的に下鴨木鳴の両家が援助してくれているので生活の心配はまるでない。
 問題がなさすぎるのが不安になるほどに結婚までスムーズに済んだ。
 
 下鴨にとって常識よりも家の存続が最も重要であり康介にもそう言い聞かせていたらしい。
 その結果として貞操観念や倫理観がおかしくなったようだが、康介の両親いわく康介は下鴨でも例外的なので不安があったという。
 俺の子供を作るという宣言は逆に俺以外と子供を作らないという意味にもなりえる。
 下鴨家として俺の協力がないと困った事態になると頭を悩ませていたらしい。
 
 そうなると久道を誘ったのはやっぱり俺に対する罠だったのだ。
 俺の中にあった衝動は未だに名前を付けられないが無視できない。
 康介が俺以外の誰かを受け入れたり求めることはあってはならない。
 仮に本気で久道の子を産むと決めていたとしても初志貫徹させてやったのだから康介に文句を言われる筋合いはない。

 さきに外堀を埋めたことで康介の身動きをとれなくさせた。
 俺に対してくだらない文句はいくらでも口にするのに両親を前にすると借りてきた猫のように静かだ。
 それだけはちょっとだけ意外だった。
 この俺の行動は仲間内でえげつないという評価をもらったが気にしてはいられない。
 バカを放置したらバカげた展開にしかならない。
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