十一
オレが頼めば木鳴弘文はお風呂にもいれてくれる。
身体がだるいのだから当然の権利とはいえ当たり前にオレを抱き上げて移動する弘文に笑いが止まらない。
頭を洗ってもらって背中を流されると王様になった気分になる。
下半身をことさら丁寧に洗う木鳴弘文は変態極まりない。
本人は真面目にデリケートな部分だからと言い出すがシャワーで亀頭責めしてくるのは嫌がらせだ。
オレの下の毛をなくした時、動けなかったがオレは見ていた。
ゆっくりと毛を剃っていくその最中に弘文は股間を固くしていた。
今でもしっかりと思い出せる。
毛のことは絶対に許さないと思いながらオレは木鳴弘文の時間を削っていく。
どこにも行こうという気にさせない。
ずっと傍にいたいと思わせる。
飽きたから妊娠する前にさようならなんて半端なことは許さない。
弘文にぎゅっとくっついて離さない。
言葉にすれば一言だが行動を起こすのはなかなか大変だ。
それでもオレは木鳴弘文を振り回すことができるのは自分だけだと確信していた。そう感じる今が楽しかった。
何も知らなかった頃と同じような満足感。
転校生が来るまでは毎日が楽しく幸せだった。
そこに木鳴弘文がいる、それだけでオレはいつだって満たされていた。十分だった。
多くのことを望んだりしていない。
木鳴弘文がいればそれだけで良かった。
他は何もいらない。
世界はオレと弘文だけで作られている。
楽しい時間は終わるものでオレを我に返らせたのはあの転校生だった。
弘文の部屋で絡まり合ってどれだけ経ったのかわからない。
物凄く長いようにも思えるし、出会って今までの時間を考えれば短いとも言える。
目が覚めると話し声がした。耳をすませると弘文と転校生がリビングにいるのがわかった。
ふたりはオレのことを話していた。
転校生がオレを連れ込んだままにすることをやめるように訴え、そして木鳴弘文が了承する。
目の前が真っ暗になった。
どうして放っておいてくれないのかと転校生に怒りを向けるよりも先に弘文がオレを簡単に手放すことを選んだことが憎たらしい。
手元に置いておこうと弘文は思ってくれなかった。
選ばれなかった自分にオレは絶望するしかない。
悲しくなるのは分かっていたから期間限定として今を味わうつもりでいた。
割り切ったつもりでいたメッキが剥がれていく。全部ただの強がりだ。
心のどこかで弘文が今の時間を望んでくれていると感じていた。オレと同じように楽しんでいてずっと続いてほしいと思っているに違いないと期待していた。またしてもそれはオレの願望だった。思い違いでしかない。
体の中から何かがごっそりと失われた気がした。
満たされていたはずの心が一瞬で干上がった。
感じていた幸せなんてどこにもない。
砂漠の中のまぼろし。蜃気楼のオアシスで喉を潤し水浴びをしていた。
現実のオレは砂に汚れて朽ち果てていくのを待つだけだ。
誰に何と言われても木鳴弘文は木鳴弘文として物を考える。
意にそぐわなければ口出しをするなとハッキリと断る。いつだってあいまいな言い方はしない。
木鳴弘文が自分を曲げるのはオレに対してだけだ。
今までずっとオレだけが例外だった。
口でどういったところでオレの行動だけを木鳴弘文は受け入れる、そう思っていた。それは勘違いだ。
転校生の提案を弘文は受け入れた。
思込みから卒業したはずなのにまだ勘違いを続けている。そんな自分を笑おうとして涙が流れた。
泣いているのに笑えてしまうのは思い込んだままなら幸せだったと偽物の時間にすがりついているからだ。
弱い自分がひどく滑稽で笑わずにはいられないのに泣いている。
転校生とのやりとりなんか聞きたくない。転校生の言葉で意見を変えるような木鳴弘文を見たくない。
オレの知らない木鳴弘文が存在することを自覚したくない。
他人のすべてを知ることなんて出来るはずがないのにオレは木鳴弘文に関してだけは何もかもを把握していないと気が済まない。これが迷惑がられる原因だとわかっていても直せない。
だから、木鳴弘文のそばにいるべきじゃない。
手に入らないなら、オレのものじゃないなら、木鳴弘文を見るのも嫌だ。
以前出した結論と何も変わりのないものに行き当たるだけだった。
弘文の寝室にいた時間は無駄でしかなかったのだと無意識に腹部をさすりながら思う。