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木鳴弘文視点。
「ちくちく、するっ。……ちくちくするの、いやっ」
すこし舌足らずにぐずる康介は俺の知る下鴨康介だ。
木鳴弘文が近くにいないときに限り完璧な副会長と呼ばれている落ち着いた空気はない。
俺のいない時の康介は康介じゃない。
余裕があり落ち着いた完璧な副会長の姿など見たことがない。
いつだって俺を見れば笑って飛びついてくる。それが下鴨康介だ。
たしかに年相応の落ち着きや気配りが出来れば俺だって康介を一人前として扱うが、いつまで経ってもバカはバカのままだ。
「なぁ、らっ、あぁ、もうっ」
ろれつが回らず意味が分からない。
それでも康介は俺に自分の言葉を理解しろと訴える。
わがままないつもの目で俺を見る。
最初に押し倒したときの逃げようと拒絶した顔じゃない。
いつもの俺の前よりも、もっと表情はぐずぐずに崩れている。
それでも、言動はとても下鴨康介だった。
眠いと言いながらお腹すいたと喚いて、そのくせ俺のペニスをほしがる支離滅裂。
「やだっ、なんで抜くんだよ、だめっ!!」
子供のわがままだ。あれもやりたい、これもやりたい。
自分の言う通りにならないのが嫌。
強欲なかわいがられて生きてきた子供の言い分。
俺は康介のそういった部分が出会ったときからずっとムカついていた。
だが、コアラが木にくっつくように俺に密着してくる康介は今に始まったことじゃない。
以前は裸じゃなかっただけで対面で抱き合うなんて珍しくなかった。
康介が勝手にこの体勢で眠ったりする。
俺の意思など気にせずに自分本位なヤツだ。今までずっと康介といったらこうだった。
久道の手を取ろうとしたり俺に敬語を使うなんておかしい。ありえないことだ。
康介とこうして密着しても挿入するなんて選択肢はなかった。
俺の中になかったものを強引にでもあったことにするのが康介だ。
身勝手で俺の言葉も反応も周りの空気も気にしない図太すぎるのが俺の知る下鴨康介に他ならない。
「ひろふみ、が、わるいんだから、ちゃん、と、して」
自分勝手なことを言いながら対面座位でむきあっているので近くにある康介の顔が近づいてくる。
唇が重なることに違和感を覚えなくなったのはマズイ気がするが下半身のつながりを考えればキスなんかあいさつみたいなものかもしれない。
腰を揺らすというよりも俺に押しつけてくる康介。
俺を「ひろふみのばかっ」と文句を言いながらも乳首は尖らせ、ペニスは勃起させている。
けれど、体の反応を指摘しても枕で叩かれるだけで俺に得はない。
しかもホコリで咳きこんで苦しむのは俺ではなく康介。
信じられないぐらいに浅はかなアホ。
自分で自分を平気で追い込んで反省しない。
アホとはいえアホな行動をとられるのは困る。
俺の隣に居座るアホだからアホすぎてはいけない。
いくら言っても康介からアホっぽさが抜けないとはいえ放置するわけにはいかない。
そう思った俺は初日に康介を風呂に入れながらあることを思いついた。
簡単に人の前で下半身を晒さないように康介の下半身の毛を剃る。
それは俺が思った以上に康介にダメージが大きかったらしい。
他人行儀に「センパイ」なんて似合わない呼び方や余所余所しい後輩の口調をやめた。
愚痴ぐちと「ふざけてる」「最悪」「お嫁にいけない」とベッドの上で暴れたかと思えば咳きこんだ。
ホコリに弱いのに自分でホコリを立てて苦しむ康介はどう贔屓目に見てもバカ。
俺は悪くないのにイジメている気分になる。
康介が一人でのた打ち回っている姿の方が俺が無理やり犯した姿より罪悪感をもたらすのはどうしてだろう。俺が望んで手に入れた結果と偶発的なものだからだろうか。康介の身に起こることに俺が関わるかどうかで気分が違うのかもしれない。
処女を失ったときよりも陰毛を失ったときのほうが康介の嘆きは深いような気がした。
無毛の秘所を撫でながら「弘文は頭がおかしい」「最悪の意地悪」と語彙力のない罵りを続けた。
そして、最終的に俺の陰毛が自分の陰毛だということで康介は精神のバランスをとった。
俺の下半身に密着させて上から見て、自分の陰毛はまだあると思い込む。
バカなんだろうが出会ったころからずっとわけのわからない自分のルールを押しつけてくるやつだったので今更だ。
毛を奪った俺と密着すると安心するということの意味を康介は分かっているんだろうか。
翌日に少しずつ生え始める陰毛。それに喜ぶどころか康介は憤慨した。チクチクして気になる、気持ちが落ち着かないと俺の脚に康介は下半身を押しつけてくる。
犯してほしがっているようにしか思えない態度の康介は見た目と中身が一致しない。
こんなどこからどう見てもアホなのに康介を外側で判断するやつは多い。何もわかっていない。
「タネづけするならちゃんとしろ! おまたが、かわく隙間もないぐらいして!! 年上だって、いばるなら、しっかりイカせて」
偉そうな口調に反して俺を見る瞳は涙目で必死。
そのアンバランスさがとても康介らしい。
もっと健気で慎ましやかなら俺だって対応を変えた。
だが、康介はそうならない。
自分で首輪を持ってきて早く散歩に行こうと尻尾を振る犬のようなところがある。
従順さはないくせに俺以外に懐かないどうしようもないやつ、それが下鴨康介。
久道に何か言っていたのは俺の聞き間違いだ。
そうに決まっている。そう思っておく。
康介はいつもの康介だ。
無駄に俺にくっつきたがるやつ。
俺の仲間から構われるくせに周りにそこまで馴染まず俺にだけすり寄って周囲を威嚇する。
いつだって俺にかまわれたくて仕方がないという顔をする康介こそ俺の知る下鴨康介。
食事は好物だけを食べるように好きなもので腹いっぱいにしたがる康介は快楽の味を覚えてしまうとそればかりを求めだした。
剃った下半身の涼しさ以上に気持ちの良さに夢中になっている。
下鴨康介は下鴨康介だった。