番外:下鴨家の人々「下鴨弘文と百本の薔薇」

下鴨弘文視点。


 康介から珍しく「薔薇の花を買ってきて」とメッセージが来たので、何店舗か回って百本の薔薇をそろえて、花束を作った。康介は興味がなくても、弘子や深弘が二次使用をするだろうとリボンを買った。
 
 花が主体なので飾りのリボンが曲がっていようと誰も気にしないだろう。
 そう思ったが相手は康介だ。
 普通じゃない。
 
 
「花束を持って帰ってくる弘文のイケメンっぷりも気になるけど、なんか、リボン歪んでる?」
 
 
 買ってきた花束に対する礼もなく、手渡した瞬間にリボンについて言い出した。
 目ざといというよりも面倒くさい。俺が小言魔だというが、康介の方が小うるさい。
 
 深弘に花束を見せながら「大量だ」と言っているあたり、本当はそこまで気にしていない。だが、気づいたことは必ず指摘してくる。
 
「弘文、自分で花束にしたの」
「百本とか、そんな大量のは一店舗じゃ買えねえんだよ。事前予約が必要だ」
「え、これって百本もあるわけ? なんで?」
 
 なんでじゃないと言い返す気力は湧かない。
 鏡の前で深弘が服につけられた薔薇を見て喜んでいたので、買って来てよかった。
 
「一本あればそれでよかったっていうか、一本かなって思ってた」
「普通は薔薇って言ったら花束を想像するだろ」
「弘文にとって花束は百本なの?」
「薔薇に関してはそうじゃないのか? 千本ぐらい欲しかったってか?」
「弘文はオレを何だと思ったんだよ。オレは別に薔薇好きじゃないし」
 
 花瓶を渡せば花が他よりも開いていると平均的な形のものとほぼ閉じた状態のものを六本入れて食卓に置いた。
 もしかしなくても家族ということなんだろうか。
 
「で、弘文が花束をラッピングしたの?」
「だから、どうした」
 
 もうすこし時間をかけて綺麗に巻いておけばよかったと若干後悔する。
 
 薔薇の花を活けている花瓶や家の中で日常的に使っている食器などはすべて俺が作った物だ。
 陶器もガラス小物も箸も問題なく作れるが、刺繍などの手芸、ラッピングなどになると苦手意識が先行するのか不格好になってしまう。学校の課題が出たとしても久道に丸投げしていたせいかもしれない。康介は器用で吸収も早い。だから、歪んだリボンを見落とさないんだろう。
 
「弘文はオレのために頑張るのが好きだよね」
 
 一ミリも肯定できない意見だが、深弘が康介の膝の上に頭を置いてまどろみだしたので、否定しないでおく。
 そろそろ意味のない言い合いは卒業すべきだろう。
 
「赤い情熱の薔薇は弘文っぽい」
「薔薇って言ったら赤だろ? 他なんかあるか?」
「オレは白薔薇の君とか言われてなかった?」
「その二つ名は知らねえが、白薔薇って言われるとコーヒー牛乳が飲みたくなるな」
「弘文はまったく情緒がないなぁ」
 
 呆れたように言いながら康介は笑っていた。何だかんだ言っても数本の薔薇よりも百本のほうが貰い甲斐があったんだろう。
 
「深弘はいばら姫にご執心」
「だから薔薇だったのか? 薔薇園にでも行くか」
「古城のほうが喜ぶかも」
 
 茨が張り巡らされた城はないかもしれないが、薔薇の庭を持つ城ならきっと知り合いが別荘に持っている。
 渡されたいくつかの鍵と連絡先を思い出していると康介に顔を覗きこまれた。
 
「すでに候補ある?」
 
 何も悪いことをしていないのにどこか悪いことをしている気になった。
 手軽なところで済ませようとしたのを見抜かれたからかもしれない。
 
「いいや、深弘と二人で決めるか?」
 
 康介は俺よりも予算や日程に対してシビアな考えを持っている。優先順位を定めたら絶対に妥協をしない。
 鞄からパソコンとタブレット端末を取り出してテーブルに置く。
 
「日付と費用の範囲は?」
「このぐらいだな」
 
 名刺の裏に書いて渡した。
 
「オレ、弘文の名刺はじめてもらった!!」
「そりゃあそうだな」
 
 ショックを受けた顔をする康介に溜め息を吐く。
 不満気な言葉が出てきそうなので話を薔薇に話題を向けることにした。
 
「これ」
「ミニ薔薇ブーケ?」
「無農薬らしいからジャムにでもするか?」
「弘文が作る?」
「一緒に作るか、深弘も一緒に」
 
 興味深そうに康介の膝に頭を乗せながら俺を見上げる深弘。
 
「いいね。実験みたい? 今から?」
 
 今日は早く帰ってきたので夕飯の準備をすぐにする必要はない。
 ブーケの状態ですこし飾っているかと思ったが、とくに康介は気にすることなく包装を解いて薔薇を取り出した。
 リボンや紙を深弘に「いる?」と聞いていて、最初に渡した薔薇のリボンがどこに行ったのか見渡すが、ゴミ箱にもない。
 IHクッキングヒーターを食卓の上に置き、鍋と水と砂糖を用意した、その時間で康介がどこかに仕舞ったのだろうか。
 
「弘文はいばら姫をどう思う? 王様の目線で」
「むしろ、お前じゃないか? 誰かを招待しない、誰かを外側に置くことで……結果として悪い方向に行ってしまう」
 
 深弘が首をかしげているのでこの話題を続けるのはマズイ気がした。
 だが、言いたくもなる。
 
「弘文は気に入らない、よくない物を連れてくるかもしれない魔女でも自分の子供の誕生パーティーに呼んじゃうんだ?」
「それで平和ならな」
「平和かなぁ」
 
 納得いかない顔の康介だが、その時はそれだけで終わった。
 薔薇の効果で機嫌がよかったのかもしれない。
 このタイプの話は苛立つことが多い。
 
 
2018/05/12

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