番外:下鴨と関係ない人々「久道とヒナの11月11日」
久道視点。
弘子ちゃん待ちの筋肉たちが室内で筋トレを始めて暑苦しかったので一旦、部屋から追い出した。弘子ちゃんがメモっていた内容を見ていると筋肉と入れ替わるようにヒナがやってきた。
基本的にヒナは誰かと揉めるのが分かりきっているからか、人と顔を合わせる可能性がある時間に出社することも廊下を出歩くこともない。
以前は、と但し書きがつくんだろう。
今は社内に康介くんがいるので自分の部署の部屋以外でも見かける。
弘子ちゃんの様子を見るためか夕方頃に廊下を歩き回ることが増えたかもしれない。
暑苦しい野郎たちがいないと思ったからかヒナは壁にかかったパイプ椅子を広げて座った。
俺ではなく弘子ちゃんに用があるんだろう。
気づけば何かを頼んでいたりする。
間が持たないというか二人いて無言でいるのが気まずい気がして「ポッキーゲームってあるでしょ?」と話を振る。ヒナは意外とこちらの話を聞いてくれる。聞いた上で殴るし、聞かなくても殴るので話しかけ初めはドキドキしてしまう。何度一緒に飲みに行っていても緊張する。
ヒロがいたらヒナが暴れても抑えられるが、俺は一発KOだ。
それなのにヒナに話しかける俺はどこかチャレンジャーなのかもしれない。
「あ、ヒナとポッキーゲームやりたいって話じゃなくて」
俺の言葉を気にしていないようで気遣い屋さんなのか話題を流さず拾ってくれる。
ポケットからプリッツの袋を取り出して開けた。
タバコを勧めるようなやりとりだと思いながら手を伸ばす。
「なんかごめん。ありがとう。もらうね」
俺が取りやすいように袋を傾けて数本プリッツが飛び出る。
なおのことどこかタバコっぽさがあるが目の前にあるのはお菓子。
健全さが笑えるが、急に笑い出すやつを不快というか不可解に思ってヒナが蹴り飛ばすことはよくあるので抑え込む。
ヒナはいいやつだ。理由なく人を殴りつけたりしなければ。
持ち歩いているプリッツがバキバキで粉になっていないところもポイント高い。
「康介くんがポッキーゲームをポッキーを食べさせることだと思ってるみたいで」
「うん?」
「でも、それのどこがゲームって弘子ちゃんが言っちゃって」
「ああ。ホントのポッキーゲームを知ったのか」
プリッツを口にくわえながらヒナは納得したように軽くうなずいた。
室内だが薄い色のサングラスをしているヒナの目線の先は分からないが、想像上の康介くんに向けられているんだろう。
康介くんの勘違いの元は中高あたりのゲームにあるんだろう。
ヒロや康介くんとポッキーゲームがしたい層なんていうのはそれこそ数えられないほどにいたが、やるわけがない二人だ。
盛り上がりに水を差したりしないヒロは自分以外がやっている分には馬鹿騒ぎも容認する。
康介くんはヒロが興味のないことはやらないと思っているのでヒロが乗らなければポッキーゲームなんて康介くんの世界にもない。
気まぐれだったのか食べたかったのか面倒なのか、ヒロが康介くんの手にあるポッキーを食べた。
前後の会話でポッキーゲームの会話をしていたので康介くんとしてもいいというヒロなりのアピールだったのかもしれないが、なぜか康介くんがヒロにポッキーを食べさせて終わった。康介くんにとってそれがポッキーゲームになっていた。
11月11日はポッキー&プリッツの日としてポッキーをただ食べてもいいが、それはポッキーゲームじゃない。
「噛まないで」
ヒナが俺の口にプリッツを突っ込んでくる。ビックリして口元が緩んだのが良かったのか怪我はしなかった。喉まで突っ込まれたわけじゃない。プリッツをくわえさせられた。
「噛みきらないぐらいに歯ではさんで」
言われた通りにするとヒナが俺の口にあるプリッツを舌に向けて引っ張って折った。
何が始まったのか聞く前にヒナが口にくわえたプリッツを俺に向けるようにアゴをあげる。
ヒナがやったようにプリッツを折る。
「折れた長さを競うゲーム」
これで成立するかはともかくただ食べさせるよりもゲーム要素はある気がする。
お互いに自分が口にしていたプリッツの折れた方を無言で食べた。盛り上がりには欠けても地味なゲームを康介くんが記憶違いしていたと言い張ることができるかもしれない。
「普通のポッキーゲームはヒロはやりたがらないからなあ」
「ふーん?」
「やめて。無理やりしかければっていう圧でしょう? やめてマジやめて」
「順々に相手が変わるのはありだというが」
「誰が最終的にキスしちゃうかってやつね。わかるけど、それ、メインがヒロでも康介くんでも……」
まずいと言おうとしてヒナの考えが分かった。
ゲーム参加者として表向き俺たちが参加して実際は二人だけにやらせようという魂胆だ。
ポッキーを折った方と交代するというルールにすれば俺たちと交代することがないように普通にポッキーゲームをしてしまうだろう。
俺やヒナとポッキーゲームがしたくないというよりも、康介くんならヒロが、ヒロなら康介くんが誰かとキスする可能性があるのが嫌だと思いそうだ。
そういう負けず嫌いな部分を刺激すれば話は成立しそうだ。
「康介くんがポッキーゲームをしたくて、ヒロがやりたがらないから微妙に空気がピリピリしちゃってて」
「あ」
「そうそう。ヒロは俺とならポッキーゲームしてもいいって。もうさあ、康介くんのテンションだだ下がり」
「ダブルイジメ」
「そうね。お菓子食べる話しないで仕事しろっていうヒロのパワハラ。いや、正しいけどね。ちょっと食べてあげればいいのに。まあ、やらねえだろうけどさぁ〜あ〜あぁ〜」
康介くんを焦らすことにかけてはヒロの右に出る者はいない。
悶々としている康介くんが、かわいそうだが、かわいいのが問題だ。
自分でリードを持ってきて外に散歩に行こうと誘ってくる犬のような健気さがある。
ヒロは運動したいなら庭で走り回っていろと返すようなところがあるくせにいざ散歩に行って迷子になった犬を必死で探したりする不器用さがある。
あの状態の二人を弘子ちゃんに見せるわけにもいかないので適当に理由をつけて通称弘子部屋にやってきた。
ヒナが来たのは偶然だけれど、ちょうどいいのかもしれない。
「ヒナは康介くんとポッキーゲームしたい? ヒロはヒナならOK出すでしょ」
弘子ちゃんには書き置きを残してヒナと一緒に康介くんたちのところに行く。
期待しているのか少し早足なヒナの耳は真っ赤だ。
クールビューティーに分類されるヒナがあからさまな態度になるのはおもしろいが、からかう度胸はない。
空気の読まない馬鹿は「風邪か」と声をかけて蹴られていたが、吹き飛び方がいつもより控えめだ。
ヒロなら照れ隠しで人を蹴るなと言うところだろうが、俺は俺以外の誰が蹴られても基本的にどうでもいいので見なかったことにする。
「あ、久道さんっ!! おかえりなさい」
社長室でうれしそうな康介くんがいた。
輝く笑顔に目を細めて拝みたくなるが、俺が部屋を出る前と違いすぎる。
俺が気を揉んでいたポッキーゲームの件は解決してしまったのだろう。
ヒナのテンションが一段階下がるのを感じて俺は少し距離をとる。
やつあたりで全く関係ないものがべこっとへこんだりするかもしれない。
「弘文がじゃがりこならいいって」
康介くんがじゃがりこをくわえた瞬間、ヒロが康介くんの頭を押さえこんでじゃがりこを食べ始めた。
ガリガリ音がするのと長さが短いせいで色気などないが、康介くんはじゃがりこを口にくわえて笑っている。
くちびるは触れあっていないのでヒロの勝ちなんだろうがゲームになっていない。
ただ単にヒロがじゃがりこを食べているだけだ。
康介くんからするとヒロの顔が自分に迫ってくるのが嬉しいんだろうか、すごい笑っている。
「康介、ちゃんと口にくわえろ」
「ふあっ、うっ」
三本一気に口の中に入れられる康介くん。
笑っていられなくなって目を閉じてヒロに身を任せている姿はどうしようもなくエロい。
鼻から抜ける息が艶めかしくピリピリとした空気とは別の意味で室内に居づらくなる。
ヒナを見ると康介くんではなく深弘ちゃんの寝顔を見ていた。
心を浄化しているのかもしれない。
俺も深弘ちゃんの寝息に耳を集中することにする。
舌足らずに「そんなにたべられない」というエロにしか聞こえないワードは考えないのが一番だ。
2017/11/11