番外:下鴨家の人々 「下鴨康介は12月12日を知っている」

下鴨康介視点。


 扉の向こうから二人分の声がした。
 時計を見ると昼を少し過ぎているが帰ってくるのが遅いと苦情を言うほどではない。

 扉を開いて一拍おいてから二人は会話を再開した。
 まず、オレに声をかけるべきじゃないのか。

「あの女、ホント最低。調子乗りすぎ」
「面倒くさい。できるラインだからこそ面倒くさい」
「いいよ、ヒロ。あんなの無視して」
「そうもいかねえだろ」
 
 肩をすくめたような弘文と軽く怒った様子の久道さん。
 めずらしいような、よく見るような二人は依然としてオレにあいさつもなくソファに座った。そして、そのままお弁当を食べようとする。一声かけて一緒にということが出来ないんだろうか。不作法すぎる。
 
 弘文が深弘に「食べようか?」と優しく聞いている。
 寝ているところ起こしてごめんという雰囲気を滲ませている、それはとてもいいがオレに視線の一つもむけない。ひどすぎる。急に幽霊になった気分だ。
 
「おかえり」
 
 ここに居ますとオレがアピールしていても「ああ」という適当な返事をする弘文。顔をオレに向けてこない。
 久道さんもオレに対してコメントすることなく「いただきます」と用意してあったお弁当を食べようとする。うつむきがちだ。
 急にものすごく苛められているのかと心配になるが深弘がオレの膝に座ってくることで深弘の様子を見ようとする弘文と距離が近くなる。
 
 何かあったのか聞いた方がいいのか考えつつお昼をとっていたら深弘の頭にご飯を少しこぼした。
 いつもならすぐに反応するだろう弘文は久道さんとどうでもいい雑談を続けている。
 深弘に謝りながらもオレから目をそらしている久道さんを見る。
 
「俺さ、弘子ちゃんに連続猟奇殺人犯の疑いをかけられてるんだけど」
「家に住み込みで家政夫やっていた時期と比べれば顔を合わせるのが減ったからな」
「顔を合わせなくなったら連続猟奇殺人犯なの!?」
「要は実態が見えてこないとかってことだろ。昼はニコニコ笑っていても夜はどうだかって」
「そんな風に思われてるならショックだよ!!」
「隣人が殺人犯みたいなドキュメント番組を最近見たからその影響かもな」
「子供に悪影響のありそうなものを……」
「こんな人に要注意っていうチェックシートにお前が当てはまりそうだと俺も思った」
「失礼すぎる。テレビ局にクレーム入れてやる」
「こういうクレーマーがいるから放送の自主規制が強化されていくんだ」
 
 軽く怒った様子の久道さんとテンション低めな弘文。
 いつもと何も変わらないのにどことなく違和感がある。
 
「お前ら兄弟、連続猟奇殺人犯っぽさがあるのは仕方ない」
「どことまとめた!?」
「西垣姉が兄貴に大量のじゃがいもを送りつけたから何か作って返せって」
「自分で作れよ。あの女、ホントろくでもないっ」
「いってこい」
「ヒロって俺に優しくない」
「そんなことねえだろ」
 
 延々と二人だけで話している弘文と久道さん。
 この部屋にいるのは深弘とオレを入れて四人のはずだが二人の世界だ。
 会話の内容に反して弘文は十分すぎるほど久道さんに優しい。それは分かったからオレにも優しくするべきだ。

 意を決してオレはテーブルを叩く。
 いつもならすぐにとめる弘文がオレを軽く見るだけで何も言わない。
 何も言わない。
 あの弘文が。
 オレがテーブルを叩いたのに。
 
「あっちに送ったならあっちからもらえよ」
「十二月十二日は?」
「クイーンの日! って、知るかっ」
「……だよな」
 
 弘文の視線が軽くオレに向けられてそらされた。
 久道さんもオレを見ているような見ていないような微妙な目の動き。
 
「クイーンはなんでも許されるってそんなわけねえだろ」
 
 誰に対してのものか分からないが弘文が口にする。
 久道さんも「あの女、ホント最悪」とうなずく。
 二人が二人だけで分かる会話をしているのがこれほど腹が立つとは思わなかった。
 昔からずっと同じだったかもしれない。
 弘文と目が合わないのがイライラする。
 
「なに? なにかついてる?」

 無理やり弘文の顔をオレに向けて迫る。

「ついてるどころじゃねえだろっ」
「あぁ、ヒロ、ツッコミ入れちゃうんだ。触れないままでいくのかと思った」
「無理だろ。なんだよ、こいつ。なんで平然とS嬢みたいな妖しい仮面してんだよ」
「よくわかったね、弘文。これは女王様!!」
「わかるわっ! お前がその格好である理由は知らねえけど」
「オレも知らない」
「なんだと……」
 
 会社にオレ宛てで届いた荷物に「これを装備して旦那の反応を見よう」とあった。
 差出人が今話題に上がっているんだろう人物だったので悪意はないと思ったが、結果として弘文に無視されるなら嫌がらせだと思うべきだ。冬式少年が母親越しに嫌がらせをしてきたんだろうか。
 
「仮面をつけたままで昼食ってどんな神経してんだよ」
「弘文がなんも言わないからっ」
「しかもマントと仮面だけっていう微妙な仮装は何なんだ」
「知らないっ。写真用なんじゃない」
 
 久道さんはオレが放置していた荷物を見て「スカートあるけど履かなかったんだ」と口にする。
 オレの身体の作りは男をベースにしている。両性と言っても男として育てられたので女っぽい恰好やスカートが好きということはない。
 
 ただ弘文が見たがっているなら着ないこともない。
 けれど、送られてきたものはデザイン的にシンプルさが低くて布地がぺらぺらで弘文が好きそうでもなかったので仮面と赤いマントをつけた。
 赤と黒のケープもあったけれど、変にテカテカとした素材を着ける気にならない。
 
「あいつってセンス悪いよな」
「弘文もそう思う?」
「もっとちゃんとしたデザインのしっかりした布地ならそこそこ見てられるのに安っぽいのが好きなんだよな」
「この仮面も安っぽい」
 
 オレは派手にキラキラ輝いている仮面を外す。
 深弘が何を思ったのかその仮面をゴミ箱に捨てに行った。
 なぜか弘文が「正しい」と深弘を褒める。
 
「あいつは頭悪そうな格好が似あうからな」
「それは康介は理知的だねってことかな? だよね! わかる!!」
「うるせー」
「今日はこういう服を着る日だった?」
「十二月十二日がクイーンの日……働く女性を応援する日ってことらしい」
 
 目を細めた弘文はどこか疲労が滲んでいる。
 何となく読めた。
 
「働いてるあたしを応援してねって無理難題を投げつけられた? 部屋に入ってきたときに何か言ってたやつ?」
「テレビの美術さんって呼ばれる仕事を回してきた」
「……受けられなくもない範囲の仕事だけど、弘文はいや?」

 オレの口の中に煮魚を放り込んで弘文は何も言わない。
 いやだというより困るとか面倒というところなのかもしれない。
 テレビ業界の知識がゼロなオレでは弘文の危機感は分からない。
 
「先輩に言えば即効でなかったことになるでしょ。アホ女はアウトのラインがどこか分かってないけど先輩はヒロの嫌がることはしないよ」
「……久道さん、それって弘文が先輩に打診した時点でいやだっていう表明だ」
「まあそうだけど」
 
 腑に落ちない顔の久道さんだが、オレは何となくわかる。
 弘文はどっちでもいいという気持ちが強いんだろう。
 
 そして、その気持ちのままで選ぶには三手先に厄介事がつきまとう。
 この仕事やその次には意味がなくても、そのうちに足を引っ張られる。
 そんな気配を感じ取って弘文は二の足を踏む。
 選択には覚悟がいるが、決定をうながすほどの情報もない。そういうことなんだろう。
 
「なるほど、NTR」
「おい、何がだ」
 
 弘文にたくあんを食べさせられる。
 黙っていろということかもしれないが、たくあんは美味しい。
 
 弘子から久道兄と何やら話している内容を漏れ聞いているとなんだかんだで元気だ。
 
 もしかしなくても弘子からエネルギーを吸収してるんだろうか。
 もう少し雑用を上乗せしてもいいのかもしれない。
 
「俺、弘子ちゃんにヒロに甘いって言われるんだけど」
「そうか?」

 オレが食べ進めないからか弘文がシイタケを口の中に入れてくる。
 深弘とオレと自分という形で弘文は箸を動かす。
 それに満足しながらオレはNTRを考える。
 NTRとは寝取られという状況の俗語だ。
 
 久道さんも久道兄も、大体にして弘文に甘い。
 
 弘文に面倒がないように事前に取り計らっている。
 今回のようなことは久道兄がいれば弘文が何を選んでも問題がないようにするんだろう。
 口を動かしながらオレは一人でうなずいた。
 飲みこんでから手を挙げて「オレが考える」と告げる。
 
「十二月十二日は泥棒除けの日!」
「唐突だな」

 弘文はそういうが、クイーンの日よりも石川五右衛門が処刑された日の方がオレにとっては馴染がある。
 NTR、弘文を持っていかれないようにちゃんと十二月十二日と書いた札を逆さにして玄関に飾らなければならない。

「そうだね。康介くん、あのバカ女と縁を切っておこう」
「逆に付き合っておくべき」
 
 久道さんの言葉を否定する。
 女性に乱暴はしないという世間的な常識があるせいで彼女らは時に暴れすぎる。
 弘文もそれを知っているからこそ女の相手を女に任せるんだろう。
 オレもそれに倣うべきだ。
 
「いろんな繋がりがある人は悪いところとも良いところとも知らずに繋がっちゃうから上手く使うべきだ」
 
 深弘が拍手をしたかと思えばマントで手をふきだした。
 オレが頭にこぼしたご飯を手でとっていたので汚れていたのかもしれない。悪いことをした。
 弘文がおしぼりで深弘の手を綺麗にする。
 
「……あっちもたぶん、そのつもりだろうな」
「やっぱアホ女、調子乗ってるってことじゃないか、ヒロ」
「一緒に何かしたいってストレートに言っても伝わらねえからな」
「俺は俺で先輩にチクるから」
「それも織り込み済みならバランスがよくて助かるが、あいつ抜けてるからな」
 
 十二月十二日がクイーンの日だというなら、クイーンからの宣戦布告と思うべきだろう。
 深弘を膝の上からソファに移動させてマントを脱ぐ。
 すると、小さな紙が落ちてくる。
 
『裸マントでエロかわいい度あげていこう!』
 
 書かれた言葉を読むにオレはマントを使うタイミングを間違えたらしい。
 オレの手からメッセージカードを奪い取った弘文は「マントは余計だろ」と言って握りつぶして捨てた。
 
「弘文はダイレクトすけべ」

 チラリズムを選ばないのはいつものことかもしれない。
 
「あぁ、クイーンの日ってもしかして、女王様ごっこをするってことだった? オレが弘文を鞭で叩く」
「知るか。クイーンは女王じゃなくて妃じゃないのか」
「同じじゃないか!」

 弘文からするとSMの女王様ではなくガチガチの本気のお妃様になれということかもしれないけれど、結局同じだ。

「康介くん、変な仮面を送りつけてくるような下品な女の考えは気にしないでいいよ」
「そうですね。弘文って叩かれるより叩きたいもんね」
「おい、やめろ。人を変態に仕立て上げようとすんな」
「変な跡が残らなければいいよ」
「いいよじゃない。やらねえよ」
 
 そう言いつつ目つきはいやらしい気がする。
 やるならやるで構わないと思っているのかもしれない。
 

 
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アンケートで12月12日にクイーンの日ってコメントがあったので、
ポッキーの日もやったから書こうかと思ったら別の話の前振りっぽい感じになりました。

12月12日は大泥棒石川五右衛門が釜茹でにされ処刑された日だから、
「十二月十二日」と書いた札を逆さに張り、泥棒避けのおまじないをするとかそういうのも入っています。
2017/12/12
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