番外:下鴨家の人々 「長女は未だに○○を知らない?」

下鴨弘子視点。


 どこで何を誰に口にするべきか、大人はきっと考える。
 私は子供なので考えなくていい、とまでは断言しなくても、ある程度は無視していい。そう思っている。
 自分の立ち振る舞いを許されていることを知りたいのかもしれない。
 
 
「みんな忙しいの」
「弘子ちゃん?」
 
 疑問形になりきらない私のつぶやきをひーにゃんはいち早く拾ってくれる。
 お雛様と事務的なお話をしていたというのにこの反応の速さはもしかして異常なんだろうか。
 わがまま娘は放置しているとすねることで有名なのかと卑屈な気持ちが芽生えたりするのは学校で人とぶつかったりするからだろう。
 
 心持ち気持ちがしょんぼりしている時にひーにゃんはそこに触れることもなく接してくれる。
 対等な話し相手というよりも抱き心地のいいクッションのような都合の良さがある。
 プレイボーイ、遊び人、女ったらし、すけこまし、ホスト的な人種。
 マイナス要素を含む単語が浮かぶけれど、正しい気がする。
 
「ひーにゃんがヒロくんをダメにしたの!?」
「え、急に……? えぇ?」
 
 人さし指をひーにゃんに向けると大げさなリアクションでのけぞる。
 本心から驚いているのか、とりあえず話に乗ってくれているのか。
 この辺りを疑いだすのが大人なのか、大人とは建前も本音も考えても見抜きすぎないものなのか。
 
「何かあった?」
「さすがお雛様は淡々としておられる」
「弘子ちゃんってヒナのこと好きだよね」
「嫌う要素が特にない」
「……そうなの」
「ひーにゃん、好きだよ?」
「ごめん、すみません。言わせましたね。ありがとうございます!!」
 
 頭を下げるひーにゃんの頭をなでると「なんで?」と話が戻る。
 
「私はそっと社長室を覗きました」
「堂々と行かなかったんだ」
「室内に漂う食べ物の香り」
「今日はちょっと時間の関係でヒロのお昼がなかったから……ヒロがいないから康介くんはケーキだけ食べてて深弘ちゃんは家から持ってきたお弁当だったけど」
「夕飯前の間食として肉まんとあんまんは許しましょう。構いませんよ?」
「そうなんだ」
 
 思った通りに食べ物の差し入れ犯はひーにゃんだった。
 でも、私が言いたいことはそこじゃない。
 
「肉まんとあんまん、どうやって差し入れました? おいくつ?」
「肉まん二つにあんまん一つかな」
「男子は肉好きだから?」
「よく考えてなかったけど……」

 首をかしげるひーにゃん。
 ひーにゃんはあの光景を見ていないのだから仕方がない。
 
「ヒロくんがあんまんとおぼしき存在の皮をはいでおりました」
「……あ、あぁ〜」
「なんですか、その微妙に納得したというお顔っ」
「ヒロはさ、何か根詰めて作業してるとそういうことするんだよ。食べやすいところだけ食べるっていうか」
「あんまんの皮が食べやすいの?」
「餡の部分が熱くてすぐに食べられないって無意識に判断して外だけ食べたんだろうね」
 
 私の中のヒロくんのイメージは半分こ。
 何かを食べるときに個数が人数分なかったら半分くれる気がする。
 皮だけを食べてしまうなんて半分に出来ないことはしない。
 あんまんが一つしかなかったなら、なおさらだ。
 
「コウちゃんはどうするのかと思ったら肉まんの皮をはいでヒロくんに渡していましたっ」
 
 私の驚愕が口からの解説で伝わるのだろうか。
 ヒロくんの食べ方に文句をつけることもなくコウちゃんは肉まんの皮をむいていた。
 そして、ヒロくんは肉まんの具が薄皮に包まれたものを食べていた。
 とくに何も言わずに。
 
 肉まんの皮をちまちまと口に入れていたコウちゃんはふと気づいたように薄皮に包まれたあんまんのあんこを半分にして肉まんの皮につけて食べだした。
 
 食べ方が下品だとか独創的だとかそういう話じゃない。
 ヒロくんはときどき肉まんの皮についたあんこという似非あんまんをコウちゃんの手から奪って口にしていた。
 これは暴君なのだろうか。
 コウちゃんはなぜかちょっと嬉しそうにしていた。
 
「肉まんとあんまんの皮を分離させること自体もどうかと思いますが、結局合わせんのかいっていう驚き」
「たしかにツッコミどころがあるかも……」
「ひーにゃんのご様子ではありそうなことだとお思いか」
「うん、まあ……。食べやすい皮を食べておいて、あんまんを放置したって言ってもヒロは餡が嫌いじゃないから康介くんが皮に餡をつけて食べてたら、ヒロも食べるかな? ほどよく冷めていただろうし。康介くんとしてはヒロが自分のあんまんに食いついて嬉しかったんじゃない」
「二人の心境を説明されたところで特に納得もしないまま時は過ぎる」
「あ、わからないか……」
 
 言い方を変えようかと思案するひーにゃん。
 お雛様はテーブルに置かれたペン立てからボールペンを私に見せる。
 
「これ、線がガクってして好きじゃない。書きにくいのでボールペンは苦手です」
「シャーペン?」
「そうですね。これはいいものです」
 
 ペン立ての中にあったシャーペンを見せるお雛様にうなずくとポケットから一本のペンを取り出す。
 何かと思えば「あげる」と言われる。
 気の利いた男が何をくれたのかと私はメモ帳を取り出して下鴨弘子と自分の名前を書いてみる。
 
「よい書き心地でございます」
「うん」
「こちら、ボールペンですね」
「そう。こういうこと」
 
 なにがだとツッコミを入れないだけの頭は私にもあります。
 
「お雛様が私を喜ばせたい気持ち、しかと受け取った」
「うん」
「ひーにゃんは知らないところで連続猟奇殺人犯でも、あー、そうかもってなるけれど、お雛様にその疑いがないのも分かり申した」
「分かんないで!? なんで、ヒナっていうか、俺が!? えぇ!!」
「肉まん二個、あんまん二個じゃないあたりが気になる名探偵弘子」
「ヒロが四つは多いって言いそうだなって」
「コウちゃんが食べる分を適当に勘定に入れて三個という答えを出す謎の行動」
「謎かなあ」
「ひーにゃんはヒロくんがお腹を空かせていて、コウちゃんは特にお腹を空かせていないことを見破っていた」
「そうだね?」
 
 自分の行動の何が問題なのか気づかないあたりがひーにゃんのひーにゃんなところだ。
 問題は何もない。
 
「人の分を勝手に取っちゃダメでしょ」
「ヒロじゃなくて康介くんもだけどね、それ」
「コウちゃんもとりますが、あれはヒロくんが分け与えないからです」

 ヒロくんはとっちゃダメ、コウちゃんはとってイイ、そんなことは言いません。
 ただ、ヒロくんは私たち子供に分けても自分からコウちゃんに半分あげることが少ない。本当に少ない。
 
「そっかぁ、そうなんだけど……うーん」
「ひーにゃんの意見も分かる。コウちゃんが禿鷹のようにやってくるからヒロくんが与えないと言いたいのかもしれない。それも一理あるのです」
「ヒロは別に意地悪してるわけじゃ……してることもあるけど、康介くんが自発的に食に目覚めるとかがないなっていうのがヒロにしてみればあるからさ」
「食に目覚めるとは何ぞよ」
「食べるのが嬉しいとか楽しいとか、好きなオカズとか」
「コウちゃんはないのです?」
「少ないかな? ケーキ屋通いも会社の近くのところで続いてるけど、甘いものが特別好きってわけでもないみたいだから」
 
 毎日一種類ずつ頼むというルーティーンが楽しくないのに続くなんてコウちゃんは僧侶なんじゃないだろうか。
 けれど、よくよく考えると真っ白のパズルを作り続けたりするコウちゃんは祈りをささげる神官気質なのかもしれない。
 結果や成果として目に見える何かがなくても出来てしまうというのはどこか機械的だ。
 
「自分の口に入れるか入れないか、舌で味わうかどうかは関係ない」
「お雛様、それはお酒飲めないのに飲み会に参加する人の言い分?」
「そういうようなものかな。……重要なのは誰と食べるか、誰が食べるか。それさえ満たされていれば何を食べるか何を食べないかは問題にならない」
 
 聡明なる次男が口にする「ヒロくんがいればいいんだよ」というコウちゃん評。
 温和なる長男が口にする「近いか遠いかしかなくてちょうどいい位置がない」という夫婦評。
 それぞれ思い出しながらひーにゃんのヒロくん甘やかし疑惑を疑惑ではなく事実として認定する。
 
「ヒロくんが食べたいものとか食べたい量が最低設定なあたりがひーにゃん」
「そういうのはあるかも……」
「甘やかしである」
「甘やかしかなあ」
 
 首をかしげるひーにゃん。
 みんなヒロくんに甘い。
 
「愛され男子ヒロくん?」
「社内にいるとそういう空気を強く感じるかもね」
「誰かではなく君のことですよ! 人の話はしておりません」

 私の言葉に困った顔のひーにゃんは「覗き見したことは内緒ね」と言った。
 ヒロくんが肉まんやあんまんを皮を分離させることはなかった。そういうことにしておくのが大人だというのだ。

「疲れてたり集中してるといつもと行動が違うから、そこはツッコミ入れないのがいい」
「お雛様は大人」
「同じこと言ってるよね!?」
「ひーにゃんには連続猟奇殺人犯の疑いがある」
「嘘でしょっ」
「嘘だけれども」
「だよね!」

 ホッとしたような顔をするひーにゃんにどこか距離を感じるのは会社の中で顔を合わせているからかもしれない。
 よそよそしくないのに他人行儀な雰囲気がある。
 きっといつでもどこでも変わらないお雛さまやコウちゃんがいるせいかもしれない。
 
 ヒロくんとひーにゃんはみんなの前と家の中ではちょっとだけ違う。
 
 
2017/12/12
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