番外:下鴨家の人々 「長女の考察?1」

下鴨弘子視点。


 学校から渡された家族についての調査アンケートを記入しながら私は私で家族のプロフィールを制作した。
 深い意味があったわけじゃない。パソコンの使い方を覚える上で自分に関わりのあるデータを入力するべきだと思っただけだ。
 
 コウちゃんの秘書とはいえ、私が学校を終えて会社に来るとひーにゃんは必ず顔を見せてくれる。
 私のおつきとして数人のマッチョがいるのを確認して去って行ったり、帰宅するまであと一時間半ぐらいと教えてくれたりする。
 
 手が空いていたらコウちゃんかヒロくんも一緒にもう少し待っていてと言いに来ることもあるけれど、毎日のことなので帰るまで顔を合わせない日も多い。
 
 
 私のリクエストに応じてほどほどのおバカとバカに見えて器用なのと何も考えていない筋肉の三パターンが部屋に揃えられている。話をする上で頭が良すぎる相手は面倒くさいと知った。ヒロくんがおバカと仲がいいのは裏表がないので話していて疲れないからだとよくわかる。頭が回りすぎる人は口に出していいこと悪いことを吟味するので会話がテンポよく進まない。
 
 過剰に気を使われるのは気疲れするし、何も気を使われずに雑に対応されるとムッとする。
 三人揃ってちょうどいい切り返しになるぐらいのバランスが作業している時はいい。
 
 
「深弘ちゃんの行動と心理?」
 
 
 ひーにゃんが私のパソコン画面を見て口を開く。
 備考欄みたいな形で私は深弘の気持ちを考えてみた。
 姉としてちゃんと把握していたと後で見せてやるのだ。
 
【深弘の朝は弘文の髭剃りの音から始まる】
 
「洗面台の音は子供部屋では聞こえないんじゃない」
「音が聞こえないのになんで深弘は洗面台に行くの? おかしい!!」
 
 ひーにゃんは「うーん」と悩むように声を上げた。
 私は変なことは書いてない。深弘の気持ちになったように観察した事実を書いた。
 
【低く響く髭剃りの音に苦情を伝えようとしたら「ちょっと待ってろ」と待たされた挙句に濡れたタオルを顔に押し当てられる】
 
「自分で顔を洗わせるのは、まだ危ないからじゃない」
「タオルで顔をふいて深弘もスッキリしてたけど、その後に二度寝するから意味ないじゃない?」
 
 不可解な深弘の行動の真意を私は書き起こさなければならない。
 大変な大仕事だ。
 
【弘文の足を叩けば抱き上げられる。そこからは戦争だ。深弘を抱えたまま朝食の準備をしだす弘文。深弘を子供部屋に戻したりソファに座らせることもなく抱いたまま朝ごはんを作る。狂気の時間だ】
 
「狂気?」
「ひーにゃんがいるとひーにゃんがご飯を作ってる間にヒロくんは深弘を着替えさせたり朝のニュースを一緒に見てるけど、ひーにゃんが居ない日はこんなことに」
「弘子ちゃん的にヒロの行動はNG?」
「だって深弘を抱いたままで居る必要があるのか? そういう疑問を隠せない調査員弘子」
「ヒロに聞いてみた?」
「深弘がお腹空いてるからって、答えにならない答えはダメって言ってるのに」
 
 調理中は深弘を床におろして隅の方に居させるかおんぶしている。
 結局、料理中は深弘が邪魔になるならソファにでも置いておくべきだ。
 
「めだまやき焼いている音とか子供は面白いっていうし」
「それならひーにゃんの調理中だってへばりついてなきゃおかしいでしょ!」
「俺はそんなに好かれてないからなあ」
 
 困ったような顔をするひーにゃん。
 私の中の深弘への疑問というか謎のひとつにヒロくんにだっこされている率の高さだ。
 コウちゃんと一緒にいる場面を多く見る深弘。
 だが、調査を開始した私の目には恐るべきものがデータとして挙がってきた。
 
「一日の大半を寝ていると思っていた深弘が実はヒロくんに一番抱っこされている」
「あぁ、たしかにヒロの方が深弘を抱き上げてるかも」
「これは私、コウちゃんにインタビューしました。コウちゃんは深弘がヒロくんに抱かれたがるって」
「たぶん、筋力的な話だと思うよ。康介くんは腕が疲れて抱き直すみたいなことをするけど、ヒロはずっと抱いたままで居られるし」
 
 ひーにゃんの指摘に私は思わず感心した。その発想はなかった。抱き直されるたびに目が覚めたりすることが深弘としては嫌なのかもしれない。情報に注釈を入れることにした。
 
「あとヒロが言ってたけど深弘ちゃんって目を閉じてる時は眠ってるわけじゃなくて微睡んでるって」
「違いは?」

 私の返しに「むずかしいところだけど違うよね」とひーにゃんは玉虫色の答えを口にする。
 
「ヒロさんはバランス感覚もいいっすよね。全然中身を揺らさないで物を運べる」
「お盆の上に液体のせて運ぶゲームとかガチで一人勝ち」
「ピザ生地を指の上で広げるのもスゲー格好いいっす」
 
 最後は関係ない情報が入ってきたけれど一時期コウちゃんがヒロくんが作ったピザやパスタのブームが来ていた。
 うどんとかも手作りしていたのでそういうものだと思っていたら自宅でするのは珍しいとテレビで特集を組まれていて驚いた。
 長男である鈴之介情報によれば妊娠中に食欲がなくなったコウちゃんはヒロくんが作ったものを求めだすらしい。
 市販品は受け付けないという噂だ。
 
「それより、お嬢」
「どうしたのモンブラン」
「……呼ばれるあだ名が毎回違う気がしやすが、あの、えっと」
「さっさと言いなさい。プリントアウトした書類の中に誤字でもあったの?」
「このヒロさんとこの『疲れたら康介の靴下を脱がす』って……」
 
 なんのひねりもないそのままの内容に疑問が出るのはヒロくんがおかしいのか、理解力の問題なのか。
 
「間違ってないわ。ヒロくんもスーパー超人じゃないから疲れたりするの。人間だもの」
 
 勝手にコウちゃんの靴下を脱がしにかかるヒロくんは疲れている度が高い。
 自分がしてることに自覚がないのか後でコウちゃんに靴下をそこらへんに脱ぐなと言い出したりする。
 
「ヒロはわりと開くのとか剥がすのが好きなんだよ」
「あぁ、ポテチの袋を開けてもらったことがあります!!」
「開けてから渡すと不機嫌になったりする」
「あれって変なのを入れられるのが嫌だからとかじゃないんですね」
「単純に開けるのが好きだから」
 
 ひーにゃんの言葉に社員一同でうなずく姿は上司と部下な感じがする。
 社内勤務としては下っ端な勤続年数なのにすでに古株のごとく馴染みまくっている。
 ヒロくんについて語れると社内地位が上がるというシステムなんだろうか。
 私はこの会社で即高給取りになれる気がする。
 
「割り箸を割るのも好きだし」
「たしかに、食事の席で隣にいると割ってくださる」
「それはお前たちのせいだからな。ヒロが割り箸を与えないと食べ始めないから」
 
 はじまりは割るのに失敗した割り箸を隣の人間に押しつけたことから始まるとひーにゃんは教えてくれた。
 ヒロくんから渡された割り箸ならどんな状態でも嬉しいらしい。割り箸を貰ったことがある人間とない人間では地位が違うという。
 
「コウちゃんに水あめを与えてねるねるさせて自分で食べるっていう禿鷹みたいなことをしてた」
 
 割り箸ネタで思い出したヒロくんの行動。
 コウちゃんがあんなに頑張って割り箸に絡ませた水あめをぐるぐるしていたのに横取りするという鬼畜な所業。
 
「でも、昔から康介くんって知育菓子とかいじるけど口にしたがらないね」
「色がダメなんじゃないっすか。信号機みたいな色のやつはスゲー嫌な顔しますよ」
「あの人、赤々しいうめぼしをグロテスクって言ってました」
「あぁ、ヒロと康介くんから俺がよく梅干し回収してたわ」
 
 懐かしそうに語るひーにゃん。
 人には歴史があるのだ。
 
 
2017/10/31
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