運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

4:榊原春樹のあたらしい生活「αやΩは美形が普通ならβの美形が一番偉い気がする」(素人考え)

 榊原春樹が務めることになる「SMクラブ下剋上Ω」はこの界隈では有名高級店であるという。
 新規店がオープンしては潰れていく性サービスをあつかう業界の中では生き残っているとそれだけで信頼される。
 
 店のコンセプトが確立されていて競合店がいないことと、店員に無茶な労働を許容しないので店として質が落ちないし警察の手入れも怖くないという。非合法なことにならない店だからこそお姉さんが春樹に紹介してくれたのだ。
 
 
「榊原春樹くん、今日これから仕事してもらえるかな」
 
 
 店長代理として紹介された年齢性別不詳の麗人ウララは軽く言ってきた。
 緊張に身を固くしている春樹を気にせず「よろしく」と微笑んで、自分が来ているのと同じバーテンダーの制服を渡す。
 横を向いて「着替えちゃって。見ないから」と告げた。
 
 人が至近距離にいる状態での着替えは羞恥心を刺激されるがウララは平気そうなので春樹は退室してくれとは頼めない。
 十九年近く生きていた世界とこの世界では人との肉体的な距離感の近さが違う。
 違和感を覚えるたびに異世界だからだと春樹は自分に言い聞かせる。納得できなくても不思議に感じてしまうのは春樹だけなのだから、折り合いをつけるしかない。周囲から見れば春樹の感覚こそが異常だ。
 
「Ωのフェロモンにβすらクラクラしちゃうから薬飲んできっちりしてるΩは助かるよ」
「βって普通の人でΩとかαとは関係ないって聞いたんですが」
「……ん? あぁ、そっか。春樹くんは異界からの使者さまかぁ。そりゃあ、ちょっと納得しにくいかな」
 
 ウララの笑っている気配に春樹は心持ち肩を落とす。
 同じデザインの制服を着ても春樹とウララの違いは一目瞭然だ。
 スタイリッシュに見えるウララと野暮ったく幼く見える春樹。
 見た目にコンプレックスなどなかったのに自分が恥ずかしくなってしまう。
 
「異界からの使者、ですか」
「春樹くんみたいな別の世界から来たっていう人は昔から居たんだよ。現実逃避や精神病だと思われて表に出なかった。信じなかったにしては国籍のない人間として警察に捕まったり研究機関に連れて行かれたみたいだけどね。むかしは」
 
 春樹は思わず手にした蝶ネクタイを落とす。
 国が予算を組んで自分のような人間を援助するなんて都合が良すぎるとどこかで思っていた。
 急に現れた正体不明の人間の言い分を信用する方がおかしい。
 魔法が使えたりという目に見えた異世界要素など持っていないのだから、自分の言い分を妄想だと思われたらそれまでだ。
 
「法整備が追い付いてきたのは最近になってからのことだ。春樹くんはまあまあ良いタイミングだったね。何も知らない、何もしていない人たちをテロリスト扱いして散々、迫害した過去があるから税金を使って援助しても、当然の賠償というかねぇ」
 
 焦って蝶ネクタイを止められない春樹を見てウララは「ふふっ」と笑う。
 そんな笑い方が似合う人間を春樹は今まで見たことがない。
 Ωの色香というものがやっとわかった。
 今までβの中で春樹は生活していてテレビ以外のΩを知らない。
 βの女子寮にも転々としたバイト先にも「これがΩなのか」という人は現れなかった。
 
「春樹くんはβを普通の人だと言ったね。その考えは改めた方がいい。この世界はきみにとっての異世界さ。わたしたちにとってはΩのように発情期に振り回されなず、才能あふれて優秀なαよりも比較的凡庸な普通の人間がβだけれど、βはこの世界の住人だ。Ωやαのいるこの世界の大多数の人間なのだから、きみの世界の普通の人間と同じ基準で考えるべきじゃない」
 
 ウララは春樹から蝶ネクタイを一旦、奪った。シャツの一番上のボタンを外し、首元をあけてチョーカーをつけた。
 首元にあたるベルトの感触がくすぐったい。
 春樹が何かをたずねる前にウララはチョーカーを隠すように蝶ネクタイをとりつける。
 
「同じ世界にいる人間同士が関係ない、なんてことはないものさ。世界はΩとαだけで出来ていない。βだってΩのフェロモンに惑わされることはある。その先が何もない不毛の時間であっても甘い香りに惹かれるてしまう」
「Ωでも薬を飲んでいなかったら何か症状が出るんですか。Ωのフェロモンっていうのは……」
「発情期(ヒート)しているΩの近くにいると引っ張られて発情期(ヒート)しちゃうとかよく聞くけど、相性やタイミングの問題が強そうだ」
 
 科学的に証明されていない都市伝説のようなものが常識のように語られることもあるのがバース性の厄介なことかもしれない。
 この世界で一年ほどしか暮らしていない春樹には実感の湧きにくい話だ。
 胸は揉んでいれば大きくなるとか、おしりの形で出産が楽かどうかなど下ネタなのか雑学なのかわからないが、当たり前に春樹の記憶にある。誰にいつ聞いたのか思い出せないぐらいどこからか聞いて覚えてしまっている知識。
 
「エッチなものを見てエッチな気分になるのは普通のことのような……」
「それがきみにとっての普通なら気を付けるにこしたことはないね。発情期(ヒート)は生理現象でΩなら誰にでも起こることだ。でも、排泄姿を人に見られたくないように部屋でひっそり発情期(ヒート)の期間をやりすごすものなんだよ」
 
 悪戯そうに笑って「排泄姿を見るのが好きな人がいるように発情期(ヒート)だって見世物として成立はしてるけどね」とウララは言った。 
 
「このチョーカーは仕事中、かならず着けること」
「αに噛まれないようにするやつですよね、これ」
「抑制剤を欠かさない子はΩの発情フェロモンにあてられて理性飛ばしたりすることはないけど、反動が酷いとも聞くからね」

 反動と言われて春樹は薬の副作用を思い浮かべる。
 あれだけの種類の薬を服用しているのだから何か問題が出そうだ。
 異世界から来た自分がこの世界の人間と本当に体の作りが同じなのか春樹は疑っていた。
 Ωとして身体が作り変えられていると内臓の画像を見せられても外から見て以前と同じなので自覚がない。
 
「薬ってよくないんですかね」
 
 医者に脅されるようにして発情期(ヒート)絶対禁止を刷り込まれたが、電車の遅延でΩの発情期(ヒート)が原因だとアナウンスされることがある。日常的に生活していて発情期(ヒート)になるΩはゼロじゃない。
 
「薬に頼るよりも番(つがい)に頼る方が経済的にも精神的にも肉体的にも健全かな」
「あぁ、やっぱりそうなるんですね」
「春樹くんは、うーん……まあ、あれだ。人の趣味っていろいろだしさ!」
 
 ジッと見られたと思ったら同情された。
 平凡な見た目のΩというのは誰が見ても世間的におかしいらしい。
 
「うちのお客さんマゾ野郎しか来ないけど仮面で顔を隠しててもOKな人が多いから店に慣れたらキャストとして出演してみて」
 
 キャストというのは「SMクラブ下剋上Ω」で来店するαのMをかしずかせるS役だ。
 務めている人がサディストというよりもΩに踏みつけられたいMなαが来店するのがこの店。
 
「鞭さばきや踏みつけ方が上手くなったら顔は二の次になるかもしれないから落ち込むのは早いぞ」
 
 ありがたい提案をしてくれているのかもしれないが、番(つがい)という言ってしまえば結婚相手がMでいいと春樹は割り切れていない。医者が提案したように自分の身体のために番を作るという考え方ができないでいた。
 
 十代の名残として結婚に夢を見ているのかもしれない。
 
 
2017/08/11
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