勇者様はオメガバースを知らない【β受け】

勇者は犬の心を知らない


 南野と自分の名字を名乗ったのは失敗だった。
 若干、舌足らずな俺の犬が「ミナミノさま」と言うたびに「皆々様」と聞こえる。
 演歌歌手の大仰な前口上を連想するのでいっそのこと「ご主人さま」と呼んでもらいたいところだが、犬は不思議そうな顔をした。

 犬の中で俺に仕えているというよりも勇者パーティーに参加している下っ端気分だという。

 俺からすると召喚陣の周りに犬が居なかったら、勇者の義務など蹴り飛ばして貰えるものだけ貰って逃げた。
 勝手に異世界から人を呼び出して、魔王を倒しに行けとか非常識にもほどがある。
 弟が延々と異世界転移だ異世界転生だとアニメや小説を読んで盛り上がっているが、どの話を読んでも日本最高としか思わなかった。海外にだって行きたくない俺がなんで異世界に強制的に来ないといけないんだ。ありえない。
 異世界に行きたがっている奴らから順番に召喚してもらいたい。弟のような異世界転移大好き人間たちなら魔王の討伐にだって協力的だっただろう。

 そんなことを召喚陣の中で怒りに身を震わせながら思った。

 召喚陣には強力な防壁があり、俺の怒りで空気を変に震わせ帯電させるぐらいしかできなくさせられていた。
 召喚陣の外なら、城が崩壊するほどの魔力の渦が発生していたらしい。
 意味が分からないが、召喚陣はすごいという話だ。

 誘拐犯ども、死ねという俺の気持ちは異世界の魔術理論を知らずとも環境に影響を及ぼすことができるほどだったらしい。

 勇者パーティーとして呼び出されていた犬もそこに居て、空気に当てられて「きゃんっ!」というかわいい声と共に犬になった。
 いいや、本人は「オオカミです!」と訴えてくるので、オオカミかもしれないが「きゃうぅん」とかわいく鳴いて、腹を見せる降伏のポーズをしだした。俺のストレスをゼロにするために現われた幸福をもたらせる存在だ。

 俺の空気が変わったことを察した神官だか王族が犬の無作法を責めようとした。
 くりくりの瞳が泣きだしそうに湿ってかわいそうだったので抱き上げた。するとビクビクしていた犬は硬直したと思ったら失禁した。見ると白目をむいていたので限界だったのだろう。

 とりあえず、着替えるための部屋に移動して、服を着ながら今後の話をする。
 王に対して無礼だとどこかのバカが言い出したが、俺が異世界で王族だったらどうしてくれる。

 護衛もなく誘拐されて重労働を一方的に命じられた上で、この国の知りもしないルールに沿って動かなければいけない。
 ふざけるのも大概にしてほしいというのは俺が口にするまでもなく王は理解していたらしい。「勇者様を信じられないのか」と一喝してみせた。勇者の地位は高いようだが、偉そうなバカがいるということは、形式上とか表向きなのだろう。

 権威というのは、場所の影響を受ける。

 俺が召喚された場所は王城だ。
 つまり、王が一番偉いという空気になるのは当然だ。
 俺は人に頭を下げるのも無駄な時間も嫌だ。

 服を着替えながら話をするのが嫌なら、この国には用はない。
 弟が読んでいた勇者召喚のストーリーを思い出しながら適当なことを言えば、大体当たった。
 勇者を呼び出せるのは、そこそこ大国であり、呼びだした国が勇者の後ろ盾となる。
 俺が勝手なことをすれば国が迷惑するが、活躍すれば国の利益となる。

 全面的なバックアップを約束してくれた上に犬をくれると言ったので、俺は魔王討伐などというバカバカしいことを目指すことになった。

 俺は動物が好きだが、動物は俺のことを好きではない。
 弟ときゃっきゃっと戯れていた犬や猫が俺を見て恐ろしい声を上げて噛みついて来たり、逃げ出したりする。
 さすがに出会いがしらに気絶して失禁する犬はいなかったが、小心者なのだろう。
 犬にだってそれぞれ個性があるものだ。
 この国では俺の犬を初めとする亜人がいる。人間に似ているが違った種族。
 犬の反応だと亜人は人間側が差別的に使うことが多い単語なのかもしれない。犬自身は自分をオオカミの獣人だと自己紹介していた。

 基本的に見た目は耳と尻尾がケモノな人間だが、任意で完全なケモノ形態になる。犬は俺の放つ殺気にビビってオオカミになったらしい。無意識に速く走れる形態に変わるという賢さは精神の弱さにより意味をなさなかった。
 犬は「きゅうん」と鳴くだけで牙も爪も俺に向けてこない希少動物だ。
 ちなみに自分の世界で動物に嫌われていても異世界では違うなんていうチートはなかった。

 魔物が「ぷぎゃっがああぁぁぁ」と叫びつつ突進してきたので、俺は犬以外の愛を諦めた。俺には犬がいるからいいのだ。
 俺の着替えと今後の方針の話し合いが終わったころに犬の意識は戻った。
 人型になった犬が床に頭をこすり付けながら謝るので、耳や尻尾を撫でまわす。
 ちなみに獣化しているときは服はないのに人型になると服を着ていた。

 説明を求めると「完全にオオカミ化するときは服をアイテムボックスに自動収納します。人型に戻るとアイテムボックスから服を取り出して自動で着用します。人型の時に裸だと獣化から戻った後も裸です」という説明をトロけながらした。

 つまり「かんぜ、んにっ、おおかみかぁ、うっ、んんっ」という喘ぎ混じりでのエロ解説だ。

 耳を撫でられるのが気持ちいいのか尻尾が大きく振っていた。
 犬からこんな好意的な反応を貰ったことがない俺だ。
 骨抜きになるのは仕方がない。

 王の隣にいた大臣っぽいそこそこの重役が「セクシャルハラスメントです」と言い出すので犬に「嫌なのか?」と聞いた。顔を真っ赤にしながら「気持ちよかったです」という噛みあわない返事。

 犬が犬らしくはうはうと口で息をしている姿に満足していると勇者のパーティー編成の話になった。

 亜人がいいのかと十人ほどの男女の獣人たちと面会することになった。
 犬は雲の上の人と出会ったような反応をするが、正直わからん。
 獣人のランクは知らないが、プライドが高そうないけ好かない雰囲気のやつばかりだ。
 俺の犬のように抜けている感がない。

 獣化姿を見せるように言うと八割以上が嫌がった。残りの二割は恥ずかしがりながら二足歩行する。
 ある意味カワイイのかもしれないが、毛皮を着こんでいるのに恥じらうように前足で体を隠そうとするのは謎だ。

 俺の犬は石を投げると条件反射で取りに行くというのにパーティー候補のやつらは「侮辱するのも大概にしろ」と言い放ち去っていく。

 俺の性癖を察したらしい神官の一人がパーティーメンバーとして集められているのは、貴族の子女であるという。
 良いところの坊ちゃん嬢ちゃんは人前で裸になる獣化を忌み嫌っている。
 逆に田舎出身で未だに獣化して狩りをして暮らしている俺の犬はふとした拍子に獣化する。
 俺の犬は賢いと思うが、裸体を晒す変態あつかいを受ける場合もあるので時と場合を選ばない獣化は問題らしい。
 勇者である俺と王など国の重鎮の前での獣化は場合により不敬罪として罰則があったかもしれないと青白い顔で言った。
 ともかく、いまいち俺が求める獣はいないし、俺には俺の犬がいるので構わない。
 面倒になったのでお勧めのやつを寄こせと言っておいた。
 
 人を誘拐して重労働をさせようとするバカたちに期待するべきではなかったことを俺は後日、知ることになる。
 魔王を退治しろと送り出したにもかかわらず、非戦闘員ばかりで俺のパーティーは構成されていた。かわいい担当は犬だけでいい。
 すると俺に必要なのは後にも先にも犬だけなのかもしれない。
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