魔王討伐のために召喚された勇者であるミナミノさまは何も知らなかった。
この世界で当たり前である男と女以外の性別。バース性をミナミノさまは知らなかった。
バース性がない世界というものを僕たちは想像したことがなかった。
今まで召喚された勇者がバース性に戸惑ったという記録もない。
だから、オメガのヒートに影響されて理性が焼き切れてしまうのは仕方がないことだ。
ミナミノさまは何も悪くない。
僕たちが勝手に世界の事情を彼に押し付けてしまっているだけだ。
「……いっ、いやぁぁぁ! たす、け、て……っ」
頭の隅ではこの状況が仕方がないことだと諦めと共にとらえているが、現実の僕はミナミノさまから逃げようとあがく。
ベータの男がアルファの勇者に犯されるなんて誰も思わない。
僕の口から「わおーん」と悲痛な雄叫びが漏れるが、ミナミノさまはオリジナルの魔術で空間を閉じている。
この部屋の中で起きたことは外には伝わらない。
完全なオオカミの姿になれば欲情する気が失せるかと目を閉じて意識を集中しようとするが、体は変化しない。
くちびるに何かが触れる。目を開けるとミナミノさまがいる。
「口を開けろ。キス、下手かよ」
なぜか怒られた。
震えている僕の耳の付け根を刺激してくる。「これがいいんだろ」と言われるとその通りなので逆らえない。勇者としての特殊能力なのか、本来は嫌悪感がある耳や尻尾に触れられるのが気持ちいい。
雑用係でしかないオオカミの獣人である僕が勇者であるミナミノさまの情けを受けられるのは有り難いことかもしれない。
心のどこかで誉れであると分かっている。
家族一同きっと誇りにして、喜ぶことだろう。
そう思っているのに僕は「こわいよぉ」と無様に泣いた。
自分はオメガの方々をサポートするために勇者のパーティーメンバーとして配属された。
性欲処理は業務外というより、お互いにとって不幸だ。
ミナミノさまの種づけを希望しているオメガの子息令嬢は別の宿にいる。僕は荷物持ちで器用貧乏な調整役だ。
泣き続ける僕を抱きこんで舌打ちをするミナミノさま。
体はつらいだろうに移動の労力を惜しんだのか、部屋の中から動こうとしない。
次第に僕は緊張が解けてしまったのか体から力が抜けて寝入ってしまった。
翌日から僕は獣化したオオカミの姿でミナミノさまの防具の一部になった。意味が分からないが、生きた毛皮として首や肩に置かれるようになる。
この国はそんなに寒いのだろうか。
ミナミノさまの装備品になっているせいで、僕は通常業務ができない役立たずになってしまった。
国から貰っているお金は返さなければいけなくなるんだろうか。