運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

2:榊原春樹の今後の話「生きていくのはどこでも大変だって子供でもわかる」

 警察で初めにいくつか質問を受けた。
 
 現在の暦、首相の名前、最近の大きなニュース。
 自分の年齢、血液型、性別。
 
 そして、バース性、α、β、Ω、といった単語を知っているか。
 
 最後の質問だけ意味が分からなかった。
 
 α、β、Ωだけならギリシャ文字だ。ゲームの試作品をベータ版と言ったり、タイトルの後にアルファとつけたゲームがあったはずだ。オメガだって、なんとかオメガ、オメガなんとかという商品名や漫画があった。
 
 だが、バース性と聞いて春樹が想像できるものはなかった。
 
 警察官というよりも事務のお姉さんのような人がプリントアウトした紙とそれの元であるらしい教科書を何冊か見せてくれた。小中学生が実際に使っている保健体育の教科書らしい。
 
 軽く見ると人体の構造部分が春樹の知っているモノとは違っていた。
 バース性というものの説明もそこにあるが頭に入ってこない。
 くわしくはプリントに目を通すようにと言われ、春樹は当面の生活に関する話をされた。
 
 ここは春樹から見るなら異世界になる。
 
 春樹のような異世界からの来訪者は稀ではあるがゼロではないので国で予算を組んで対策している。
 大勢の目撃証言と問題行動を起こさなかったことで春樹は国からの保護が受けられる条件が整っているという。
 とくに未成年者なので利用できるものは利用するべきだとお姉さんは言った。
 ありがたく甘えることにしてお姉さんに言われるまま書類を書く。
 病院で検査をして改めてまた説明をするという。
 すこしたらい回しにされている気もしたが、異世界からの人間がこの世界にはないウイルスを持っている場合もあるので隔離されたりしないだけマシだと思った。
 
 聞きなれないバース性というもの以外、異世界であるのが信じられない。
 地名も何もかもが春樹の知っているものと同じだ。
 ただ首相の名前や和暦、昭和や平成といった年号は違っていた。
 
 春樹にとって世界的に有名な人間でもこの世界には冬空(とあ)に該当する人間が居ないので駅前にオブジェが作られない。そういった小さいが確実な違いによって知っていても知らない街並みが榊原春樹の前に広がっていた。
 
 
 
「きみ、見た目が平凡だから検査するまでもなくβだと思ったんだけど」
 
 
 初老の医者のその言葉に春樹は「もしや」と笑った。
 審査結果を待つ間、もらったプリントを読んでいた。
 男女だけではなくバースという性がプラスされた世界。
 
 恋愛も性交渉も男女がするのがノーマルなことではなく、αとΩ、男女のβとβで子を成すのが一般的であるという。
 もちろん、様々なパターンの夫婦が存在するようだが子どもを残そうと思うならバース性は無視できない。
 
 春樹の知っている限り、元の世界では同性愛者は自分の性の対象を公言しない。世間の目を気にして伏せている。
 この世界は違う。
 
 αの男がΩの男と付き合うのも孕ませるのも当たり前のことだ。
 αの女性がΩの男を孕ませることもあるらしい。
 ある意味、男女平等なのかと思ったがΩばかりが産む側でαはあくまでも孕ませる側。
 
 社会的に地位を持ち、優秀な人材であるのがαなのでα上位で社会構造ができているらしい。
 つまりαならそれだけで勝ち組になれる。
 
 医者は「βだと思ったんだけど」と口にした。
 それなら春樹はβではなかったということだ。
 
「きみ、Ωなんだよ」
 
 かわいそうなものを見る目でため息を吐かれる。
 医者がそんなに突き放した態度でいいんだろうか。
 検査費用を国が値切っているから対応が悪いのか。
 
「Ωはαのために存在してるって言われるぐらいにαに依存してるから。いやぁ、これは社会が悪いかもしれないけど」
 
 すぐに社会批判をしだして話が脱線するのは老人の悪い癖だ。
 春樹は深くつっこまず、うなずく。
 
「定職に就くのもむずかしいΩが幸せに生きてこうとするなら高給取りのαを捕まえるのが早いって、きみ、わかるかな」
 
 テストの点がとれない女は良い男を若いうちに捕まえろという昭和的思想だ。高校のころに教師がよく言っていた。
 今は晩婚化が進んでいる上、女性の社会進出も国が後押ししている。
 
「Ωは男女関係なくみんな美しくて艶っぽいものなんだよ。αに求められるようにね。花がきれいなのと同じだ。きれいじゃない花は雑草扱いされるけど薔薇は手入れが大変でも大人気だ。わかるかな」
 
 医者があごひげを撫でながら春樹を見る。
 
「榊原春樹くん、きみは大変な苦労をするだろうね。美しく魅力的なΩたちでさえ自分の体やαたちに振り回されているのに、きみときたら、その顔だ。異世界から来たことなんて忘れるぐらいに他のΩたちの何倍も苦労するだろうね」
 
 苦労の種類が想像できず春樹は「はあ」と生返事しかできない。
 医者は「そうだね」とテーブルを指でトントンと叩いて話すことをまとめたのか「たとえば」と言いながらマウスを操作する。
 春樹の検査結果の画面から薬の写真に画面を切り替える。
 モニターに映った薬は十種類以上にもなる。
 
「これはΩが必要とするポピュラーな発情抑制剤だよ」
「こんなにですか」
「こんなになんだよ。だから、薬代で生活が苦しくなるΩも多くてかわいそうに」
「必ず飲まなければならないんですか」
「公共施設で発情期(ヒート)を起こしたら不測の事態でもΩのほうが犯罪者だ」
 
 発情期(ヒート)というのがΩ特有のものだという知識はプリントから手に入れている。
 犯罪になるなんてどこにも書かれていない。
 
「優秀なαを自分のものにしようとして無茶するΩは悲しいけどゼロじゃないからね。……逆レイプだって犯罪だ。そういうの、わかるかな」
「はぁ、はい」
「確実に誰の体にも合う薬ってまだないから、いろいろ飲んで試してもらうのがいいんだけど、同じ薬ばかりじゃ効かなくなることもあるから発情期(ヒート)を絶対に起こさないようにってなると薬が増えてしまうんだよ」
 
 悲しい限りだと他人事のように医者は言う。
 
「きみ、えー榊原春樹くん。何歳だっけ」
「十九歳です」
「この国は未成年には薬が安く買えるようにしてくれてる。逆に言えば二十歳からは薬代をまるまる払わないといけなくなる」
「医療費三割負担みたいなものですか」
「きみのところは三割かい。まあ、それはともかく一年以内に番(つがい)になれそうなαを見つけるべきだね。最悪、うなじを噛んでもらうだけでもいい。発情期(ヒート)の症状をやわらげるために必要だ。いいね」
 
 
 
 優しく丁寧に何度も言い含められたにもかかわらず、一年後の榊原春樹に番(つがい)はいなかった。
 医者が指摘した通り、平凡な見た目である春樹はβだと思われてαに素通りされる。
 αに自分からアピールする勇気を春樹は持てなかった。
 
 
2017/08/10
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -